医療保険、地域外清算制度が9省で試行

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2013年11月

中国の医療保険は地域別に管理されており、他地域の病院で受診した場合、医療保険の「即時清算」ができず、医療費の全額払いが義務付けられている。その仕組みを是正する医療保険の地域外清算制度が10月、北京市、吉林省など9つの地域間(省、直轄市、自治区)で試行された。中国政府はこの制度を2015年までに全国に拡大することを目標としている。「流動人口」の増加への対応策といえるが、地域間格差の拡大を懸念する声もあがっている。

全国レベルの「機構」をつくり「即時清算」

中国の医療保険制度では、ある地域の保険の加入者が他地域の医療機関で受診する場合、受診地の地域政府が指定する医療機関に限定され、そのうえで、医療費は全額を支払わねばならず、その後に領収書と明細書を持参して、加入地域に戻って清算しなければならない。

こうした不便な仕組みを是正するために、中国政府は10月に、「中国国家レベル新型農村合作医療保険情報機構」を設立した。この全国レベルの「機構」(情報プラットホーム)によって各地域の保険情報の「機構」をつなぐ。北京、内モンゴル、吉林、江蘇、安徽、河南、湖北、湖南、海南の9地域の「機構」がこの全国レベルの「機構」に参加し、医療地が違っても、「即時清算」(「医療異地受診即時清算」という)を可能とする。2012年に発表された社会保障分野の五カ年計画は2015年までにこの制度を全国に拡大すると表明している。

地域別管理の根底には、中国独特の戸籍制度の存在がある。近年、戸籍の取得条件は緩和される方向だが、医療保険と年金保険の仕組みはそれと並行した動きを見せていない。

北京市を例にとると、子女が北京市戸籍を持つと、定年退職した直系両親は北京市戸籍に変更できる。バス料金の65歳以上無料や公園入場料の無料などの待遇を受けることが可能となる。しかし、北京市の年金制度と医療保険には加入することができない。仮に、北京市の病院で受診した場合、窓口で医療費を全額払って、元の戸籍地へ戻り、当地の「機構」で医療費を清算しなければならない。

このような両親を対象に、医療保険への参加を可とする都市も一部にはあるが、参加のハードルが極めて高い。例えば、深セン市では、医療保険加入の際の費用額が膨大だ。同市の社会保険管理局長は「深セン市在職者の平均賃金は月額3000元、戸籍変更の老人の初回医療保険費用は7万元が必要」と述べている。

背景に流動人口の増加

全国に「機構」を設立し、地域間清算をスムーズ化した背景には、「流動人口」の増加がある。「流動人口」とは、戸籍登録地を6カ月以上離れる者を指す注1。改革開放下での経済発展に伴い、人の動きは以前に比べて非常に活発化した。人口の流動は主に農村から都市、中西部から東南沿海部、発展の遅れている地域から発展地域へという傾向がある。1988年の流動人口は0.7億人程度であったが、2012年には2.36億人に達している(図表1)。これは現在の中国居住者の約6人に1人が流動人口であることを示している。

図表1:流動人口の推移
  2009年 2010年 2011年 2012年
流動人口(億人) 2.11 2.21 2.30 2.36

出所:中国流動人口発展報告各年版

流動人口の特徴としては、下記の三点を挙げることが出来る。

  1. 現在は新世代流動人口注2が流動人口の中心になっている。2012年の流動人口のうち、生産年齢人口の50%以上は1980年代以降生まれである。また流動人口全体の平均年齢も約28歳であり、新世代に該当する層が全体の平均となっている。
  2. 新世代流動人口の生活スタイルは、生活必需品の購入のための消費形態から、いわゆる贅沢品も含めたそれ以上のものを求めての消費形態に切り替わっている。また就労についても、ただ単にお金を稼ぐのではなく、その就労経験が自身のキャリアアップに繋がるか否かを重視している。
  3. 新世代流動人口は労働者単身ではなく家族化する傾向がある。若年夫婦がまず都市部に移動して、その後に子女や両親を呼び寄せて定住する方式が広く見られる。

経済発展に伴い人口の流動が活発化し、特に一部の大都市では流動人口が地元住民の数を上回るほどに増加しているため、従来の医療保険制度での対応が困難となっており、新たな対応策が求められていた。

新制度、格差拡大の懸念も

都市・農村の発展の格差は各分野で問題視されているが、医療保険の地域外清算制度でも問題を引き起こす可能性がある。出稼ぎ労働者は農村から都市に流動し、また小規模都市に居住する新世代流動人口とその両親は小規模都市から大都市に移動する傾向にある。仮に全国レベルでの医療保険の地域外清算制度が実現した場合、大量の患者が大都市の病院に移動し、それとともに地方の医療保険基金財源や(人的・物的)医療資源も大都市の病院にだけ集まる恐れがある。一方、発展が遅れている地域では医療保険基金の財源が外部に流出することで財政が悪化する事態も懸念される。

出所

  • 新華網、北京晨報、広州日報、新京報、中国流動人口発展報告各年版

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