欧州諸国からの移民労働者が増加
―EU域外からの流入は減少

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2013年10月

移民流入の削減を目指して政府が実施している移民政策により、EU域外からの就労・就学目的の移民の流入が減少する一方で、EU加盟国からの移民労働者が増加傾向にある。また来年には、ルーマニア、ブルガリア移民の就労自由化も予定され、移民の増加が予測されている。従来は、主に農業労働に限定して受け入れを認めることで、国内の農業労働者数の3分の1を両国移民から供給する政策を採ってきたが、自由化により他の業種でも仕事に就けるようになることから、農業分野では人手不足などの影響も懸念されている。

経済危機国からの移民が急速に拡大

統計局が8月末に公表した移民関連統計によれば、2012年通年の移民の純流入数(流入数から流出数を差し引いたもの)は17万6000人で、前年の21万5000人から大きく減少した注1。近年の移民制度の厳格化を背景に、EU域外からの就労や就学目的、また家族の帯同・呼び寄せによる流入数が減少していることが主な要因だ。一方、EU域内からの就労目的による流入は増加している。2004年にEUに加盟した旧東欧諸国からの移民労働者が主流である傾向は変わらないものの、不況以降はこうした加盟国からの純流入数が緩やかに減少する中、旧加盟国(EU14)からの移民労働者は増加傾向にある(図表1)。

図表1:就労目的の純流入数の推移

図表1

出典:" Migration Statistics Quarterly Report, August 2013", Office for National Statistics

国別の労働者の年々の増加については、移民統計の一環として公表されている国民保険(国内で就労・給付申請を行う場合に登録が必要となる社会保険制度)の新規登録数注2に関するデータから推測することができる(図表2)。2012年度には、前年度に続きポーランド移民による登録件数が最多となったほか、スペイン、イタリア、ポルトガルといった南欧諸国からの移民の登録が大幅に増加する一方、前年度は上位にあったインド、パキスタン移民の登録は3~5割減少している。アジアからの移民労働者が急速に減少する一方で、不況により雇用状況が悪化した南欧諸国からの移民労働者が増加している状況が窺える。EUでは現在、景気回復の兆しが報じられているが(2013年第2四半期のGDP成長率は0.3%)、雇用は引き続き厳しい状況にある。8月時点のEU全体の失業率は10.9%と前月から横ばいで、スペインやギリシャでは労働力人口の4分の1以上が依然として失業状態にある注3

図表2:出身国別国民保険新規登録者数 (2012年度、上位20位)
順位(カッコ内は前年度) 国名 新規登録者数(千人) 前年度からの増減
1(1) ポーランド 91.36 15%
2(5) スペイン 45.53 50%
3(6) イタリア 32.80 35%
4(2) インド 31.25 -34%
5(4) リトアニア 27.32 -18%
6(10) ハンガリー 24.67 36%
7(11) ポルトガル 24.55 43%
8(8) フランス 21.23 -2%
9(7) ルーマニア 17.82 -22%
10(3) パキスタン 16.16 -58%
11(12) アイルランド 15.54 -2%
12(9) ラトヴィア 13.60 -27%
13(13) 中国 12.01 -19%
14(14) オーストラリア 11.78 -17%
15(19) スロヴァキア 11.48 16%
16(17) ドイツ 10.95 -7%
17(15) ナイジェリア 10.51 -24%
18(16) ブルガリア 10.40 -17%
19(18) アメリカ 9.03 -10%
20(24) ギリシャ 8.68 44%

出典:"National Insurance Number Allocations to Adult Overseas Nationals Entering the UK - registrations to March 2013", Department for Work and Pensions

なお同レポートは、既存の国民保険登録者に関する情報と社会保障給付申請者のデータとのマッチングにより、就労年齢層向け社会保障給付の国別(登録時点の国籍)の申請者数も推計している(図表3)。上位を占めているのは、パキスタン、ポーランド、ソマリア、インド、バングラデシュなどで、アジア・中東やアフリカ諸国からの移民の申請者が多いほか、従来から移民受け入れが行われてきた旧加盟国やその他欧州諸国からの移民についても、就労困難者による給付申請者の比率が相対的に高い。一方、EU新規加盟国からの移民の給付申請者は、ポーランド移民を中心に求職者が6割を占める。

EU加盟国及び一部の欧州諸国(スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)からの移民には、EU法によりイギリス国内で求職活動を行う権利が認められており、滞在中はイギリス人と同種の条件の下で求職者手当や低所得層向け給付を申請することができる注4。なお、仕事を得る見込みがなく、路上生活に転じるなど生活を維持できない状況にあると認められた場合、国外退去を求められることとなる。

図表3:地域別・就労年齢層向け給付申請者数
(2013年3月時点、千人)
受給者種別 計(不明含む) EU旧加盟国 EU新規加盟国 その他欧州 アフリカ アジア・中東 その他EU外
求職者 142.27 25.17 34.93 4.88 34.58 33.43 7.06
就労困難者 139.48 23.68 13.13 10.67 29.61 49.78 6.96
一人親 40.23 3.77 3.09 2.33 18.05 9.95 2.76
介護者 41.27 4.2 4.14 2.03 6.16 22.03 1.73
その他低所得 9.36 1.29 0.61 0.41 2.05 3.61 0.37
障害者 17.38 2.94 2.47 0.77 3.06 6.28 1.12
遺族 7.14 1.27 0.57 0.22 1.2 2.95 0.71
397.13 62.32 58.94 21.31 94.71 128.03 20.71
  • * 「その他EU外」には南北アメリカ、オーストラリア・オセアニアなどを含む
  • 出典:同上

農業労働は域外移民より国内の失業者に

また2014年には、2007年にEUに加盟したルーマニアおよびブルガリアに対する就労規制が廃止される。両国からの労働者は現在、一部の職種等で雇用が認められる以外は、低賃金の肉体労働のためイギリス人労働者を調達しにくいといわれる季節労働(SAWS)や食品加工業限定(SBS)の受け入れスキーム、あるいは自営業者(登録制)としてのみ就労が認められている。ブルガリアからの移民労働者は季節労働や業種限定の就労スキームを通じて就労する比率が、またルーマニアからの移民労働者は自営業者の比率が高い(それぞれ6割程度)。就労自由化により、業種・職種を問わず就労が可能となるほか、社会保障制度についても他のEU加盟国民と同等の権利が認められることから、両国からの移民の増加が予想されている注5

イギリスは、ポーランドなど旧東欧諸国の2004年のEU加盟に際して移行措置として認められていた就労規制を導入しなかった結果、予測を大幅に上回る移民が流入し、移民急増に対する国民の懸念の拡大を招いた経緯がある注6。こうした懸念に応える形で、移民流入数の削減策がここ数年実施されてきたが、域外からの移民については就労や就学、家族の呼び寄せ等に関する制度の厳格化の効果が表れてきているものの、欧州域内からの移民の流入には同種の引き締め策を導入しにくいのが現状だ。

政府は、ルーマニア、ブルガリアに対する就労自由化により、公的医療サービスや社会保障制度の利用を目当てとした移民(「社会保障ツーリズム」)が増加しかねないとして、加盟国民等の権利を制限する方策を検討している注7。また、ドイツやオランダなど同様の懸念を持つ加盟国とともに、欧州委員会に対策を講じるよう要請している。しかし、欧州委員会や貴族院のEU政策に関する特別委員会は、政府のこうした主張はデータによる裏付けがない、と批判的だ。

また就労自由化をうけて、2007年以降両国を対象に運用されてきた受け入れスキーム(SAWSおよびSBS)は、12月をもって廃止されることが決まっている。このうちSAWSは、年間2万1250人を上限に国内の農業労働者(収穫作業従事者)の3分の1を供給しており注8、スキームを通じた労働者の確保が困難になれば、労働力不足のため数年のうちに農作物価格の上昇を招く可能性も指摘されていた注9。政府は廃止を決めた理由について、国内やEUでは未だ失業者が多く、未熟練労働者の需要は域内で充足すべきであると述べ、EU域外からの労働者受け入れの必要性を否定している。また、ジョブセンタープラスや業界団体などと共同で、国内の失業者に対して農業労働の訓練や就職面接の機会を提供するプログラムを試行、成果を上げていると述べ、失業者により労働力不足の緩和を図る意向を示している。

若く高学歴な移民が未熟練・短期の労働に従事

政府の諮問機関である移民提言委員会(MAC)が7月に公表した2本の報告書は、近年の移民労働者の流入による経済や社会への影響を分析している。その一つは、統計データから現状分析を行ったものだ。近年流入している移民労働者は、国内労働者や従来の移民労働者に比べて平均年齢が低く、より高い教育資格を持ち、未熟練業種の仕事や一時的な雇用、あるいは派遣事業者を通じて仕事に就く傾向がより強い。こうした就業率の高い移民労働者の増加により、従来イギリス人の男性労働者に比して低かった男性移民労働者の就業率は、不況期以降逆転している(ただし女性については、移民労働者は依然として国内労働者より就業率が低い)。

もう一方の報告書は、移民労働者に対する未熟練業種の需要の高さ、労働供給の決定要因などを分析したものだ。従来、移民労働者はイギリス人が望まない仕事を引き受けていると説明されているが、イギリス人は必ずしも不規則な労働時間や短期的な仕事、最賃による仕事を忌避しているわけではなく、特に不況以降は、後の仕事につながるのであれば最低賃金による仕事も厭わないと述べている。また雇用主や人材業者は、移民労働者について勤勉で柔軟な利用が可能な労働力として評価している注10ものの、直接雇用にはつながっておらず、むしろイギリス人の若年労働者の雇用の妨げになっているのは、若者に対する「怠け者」というステレオタイプである。一方、派遣事業者を通じた就労は新たな移民に就業機会を提供している側面があるが、事業者側は不況以降、従来より受け入れ対象を選ぶ傾向が強まっているとみられる--など。

参考資料

参考レート

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