匿名履歴書、移民・女性にプラスの効果
―連邦非差別局パイロット調査
連邦非差別局(ADS)はこのほど、氏名・年齢・性別などの項目を削除し、職業能力だけを記載する「匿名履歴書」の効果を判定したパイロット調査の結果を発表した。2010年11月~11年末に実施したもので、「匿名履歴書」を使用した場合、移民や女性が書類選考を通過し、次の面接に進む機会が増えることが判明した。連邦非差別局は、面接では偏見が緩和されるため、「書類審査の通過」が差別の克服に決定的な効果をもたらすとしている。
公正選考を目的に、英米などで普及
匿名履歴書は、氏名、年齢、性別、顔写真、配偶者・子の有無など採用差別を生じさせる項目を削除し、資格や職業能力のみを記載して公平で客観的な選考を促すことを目的としている。ドイツではあまり普及していないが、アメリカ、イギリス、カナダなどではほぼそれに近い形が一般化しており、ヨーロッパではスウェーデン、フランス、オランダ、スイス、ベルギーなどで試験的な導入が進んでいる。
トルコ系、氏名で書類選考不利に
パイロット調査の主なきっかけとなったのは、それ以前にコンスタンツ大学が発表した「トルコ系の名前を持つ応募者が書類選考から面接に進む割合は、他の応募者より14%低い」という調査結果だ。ドイツでは、1960年代に労働力不足を補うためトルコなどから大量の移民を受け入れた経緯があり、人口の約2割に上る移民やその子孫のうち、トルコ系が最大のエスニック集団となっている。現在約300万人のトルコ系移民やその子孫がドイツで暮らしており、コンスタンツ大学の報告は社会的な注目を集めた。
また、ニーザーザクセン州ゲッティンゲン裁判所は5月9日、求職時の差別を避けるために改名を希望するイスラム系家族の申請を却下したものの、判決の中で求職時に外国籍の名前が差別につながる可能性があることを認めた。
連邦非差別局(注1)では、匿名履歴書はこうした移民系の名前を持つ求職者のチャンスを改善すると同時に、女性も大きな恩恵を受けると評価している。高学歴で十分な職業経験がある者でも、女性であることや配偶者・子の有無だけで書類選考を通過できない可能性があり、匿名履歴書はそうした事態を防ぐ効果があるという。
調査に8企業・組織が参加
今回パイロット調査に参加したのは、ドイツポストDHL、ドイツテレコム、ロレアル、P&G、Mydaysの5社と、連邦家族・高齢者・女性・青年省(BMFSFJ)、ノルトライン・ ヴェストファーレン州職業安定所、ツェレ市の3機関の計8企業・組織である。調査期間中246ポストの採用があり、8,550人が匿名履歴書を用いて応募した。
調査終了後、参加した企業・組織の採用担当者からは概ねポジティブな評価が寄せられ、求職者の75%が匿名履歴書による選考を支持した。
ネット販売会社MydaysのCEOは、「パイロット調査に参加する前は、履歴書の顔写真などを重視していたが、従業員の採用方針を見直す良い機会となった」と述べ、今後も匿名履歴書による選考の継続を表明した。
また、ツェレ市には期間中30ポストの求人に1900人の応募者が殺到。ツェレ市長は「パイロット調査に参加したことで、多くの人に差別に真剣に取り組む職場であると認識してもらったためではないか」と分析している。同市も匿名履歴書による選考の継続を表明している。
一方、フランス系企業のロレアル社は、「わが社の管理職はすでに4割が女性で、社員も40カ国に及ぶ多国籍で構成されている。匿名履歴書による選考は我が社の多様性を尊ぶ選考方針に沿ったもので違和感等はなく、改めてそれを再認識した」という書面を発表した。
試験的導入を検討の企業・自治体も
連邦非差別局によると、ラインラント・プファルツ州とバーデン・ヴュルテンベルク州では現在、職員の求人に匿名履歴書を使用する準備をしており、その他いくつかの企業・自治体でも試験的導入に興味を示しているという。
連邦非差別局とともに調査・分析を行った労働の未来研究所(IZA)のウルフ・リンネ研究員は「匿名履歴書は、女性や移民など差別や偏見を受けやすい求職者が次の面接段階に進みやすくなるというプラスの効果をもたらすと同時に、選考する側の企業・組織にとっても、正しい人材の確保につながりやすいというプラスの効果をもたらす。実際、誤った人選によって生み出される損失は年間数十億ユーロに上り、その損失を減らす経済的効果もある」と結論付けている。
連邦非差別局では、現時点で法律によって匿名履歴書の使用を義務付ける予定はなく、あくまで企業の自主性に任せながら、匿名履歴書の普及促進に取り組みたいとしている。
注
- 連邦非差別局(Antidiskriminierungsstelle des Bundes:ADS)は、一般平等待遇法(AGG)を根拠法として、連邦家族・高齢者・女性・青年省(BMFSFJ)に設置されている。同局は主に、一般平等待遇法第1条に規定される人種・民族、性、宗教、信条、障害、年齢、性的嗜好による差別の防止や除去、関連の学術研究などに取り組んでいる。
参考資料
- Antidiskriminierungstelle des Bundes(Pressemitteilungen 17.04.2012),IZA 2012 Anonymisierte Bewerbungsverfahren, Deutsche Welle(17.04.2012 ,19.04.2012), SPIEGEL ONLINE(18.04.2012)
関連情報
- JILPT海外情報(2010年10月)「新たな移民の社会統合案、12月中の成立を目指す」
2012年7月 ドイツの記事一覧
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