公務員労組をめぐり、各州で攻防激化
―知事らリコールで労組側反撃の例も

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2012年2月

公務員労組の労働条件や権利問題をめぐる攻防がいくつかの州で激化している。団体交渉事項の制限や年金削減など州政府の攻勢に対し、ある州では、知事や共和党議員のリコールによって労組側が対抗している。こうした労組側の反撃が効を奏している州がある一方で、労組側が窮地に立たされている例も見られる。

ウィンコンシン州で知事、議員リコールへ

ウィスコンシン州では共和党スコット・ウォーカー州知事をはじめとして5人の共和党州議会議員のリコールのための署名集めが進んでいる。

ウィスコンシン州は2012-13年の2年間で35億ドルの財政赤字を予測する。そのため、州知事および共和党は、州公務員の人件費を総額で3億ドル以上削減することを提案した。その方法は州公務員の年金と医療保険掛金の自己負担額を引き上げて州政府負担分を減額することだった。内訳は給与の5.8%を年金へ、12.6%を医療保険掛金に振り分けるというものである。

州知事および共和党州議会議員がリコール対象となるほど反発を招いたのはこれが主たる原因ではない。州公務員労組側は自己負担額増額を受け入れる妥協案を提示していたからだ。

問題となったのは、団体交渉権の制限という州公務員労組としてはもっとも受け入れがたい要求だった。

具体的には、次のとおりである。

  • 団体交渉を賃金のみに制限する
  • 賃上げは消費者物価指数上昇内に留める
  • 消費者物価指数を上回る賃上げは住民投票による賛成を必要とする
  • 労働協約の期限は一年単位とし、新協約が締結されるまで賃上げを凍結する
  • 団体交渉単位認定投票を毎年行うこと
  • 組合費チェックオフ制度の廃止
  • 組合員は組合費を任意に支払えるように(任意に支払わなくてもよいように)すること

順を追って解説しよう。

団体交渉を賃金のみに制限されれば、医療保険、年金、労働条件など労働組合が取り扱う様々な問題を使用者と交渉できなくなる。しかも、賃上げは消費者物価指数上昇内という天井を設けられれば、団体交渉で協議できる事項はほぼないに等しい。

一見すれば、賃上げを消費者物価指数上昇の範囲内に留めるという施策は合理性を持つように感じられるかもしれない。しかし、その前提となる基本給や手当の水準が職務内容や求められる学歴、資格と見合うかどうかという議論はここでは置き去られているのである。

ついで、労働協約期限についてである。交わされる労働協約の期間はアメリカでは3年から4年が通常である。その期間を一年にするということは、現在の労働協約を無効にしたうえで、消費者物価指数の上昇範囲内に押さえ込んだ賃金にするという意味が背後にある。

団体交渉単位の認定については、日本とアメリカの違いを確認しておかなければならない。アメリカの労働組合は日本のように無条件で使用者と団体交渉が行えるわけではない。労働組合が団体交渉を行うためには、全国労働関係局から団体交渉の適用対象となる適性交渉単位について認定を受ける必要がある。そのうえで、その適性交渉単位に属する従業員が投票によって労働組合に団体交渉を委ねるか、否かを決定するのである。投票で過半数を獲得できれば、適性交渉単位に該当する従業員の利益を代弁して労働組合が合法的に団体交渉を行うことが可能になる。

したがって、もちろんのことではあるが従業員の中には合法的に団体交渉を行うことが認められない労働組合の労働組合員もいる。日本と異なり、労働組合だとしても団体交渉権があるとは限らないのだ。

団体交渉で賃金しか協議できず、賃上げが消費者物価指数の上昇範囲内に押さえ込まれるという実質的に団体交渉が有名無実化してしまう労働組合が、毎年、団体交渉認定選挙を義務付けられた場合、従業員の支持を労働組合が受け続けることは非常に困難であろう。

さらには組合費のチェックオフ禁止である。労働組合にとって組合費を確実に徴収できるか否かは死活問題である。チェックオフ制度は使用者側が労働組合費を毎月支払われる給与から天引き(チェックオフ)し、総額を労働組合に提供するものである。このチェックオフ制度を禁止されれば、労働組合が毎月の組合費を徴収することは著しく困難になることは想像に難くない。ましてや、任意に組合費の支払いをしなくてよい、という制度ができればなおさらである。

これはつまり、団体交渉を実質的に骨抜きにしてしまう法制度に他ならない。

スコット・ウォーカー州知事はじめ共和党はこの制度改革を州法の制定によって実施した。これを可能にしたのが2010年11月の中間選挙における共和党勢力の大躍進である。共和党は州知事、州上院・下院のすべてを独占した。

労務コスト削減で州公務員労組が妥協案を提示したにもかかわらず、団体交渉を有名無実化する共和党の施策は労働組合そのものへの攻撃であるとして全米中の注目を浴びた。

少数派に転じた民主党は法案の成立を阻止するため、法案審議に必要な議員定数を満たさせない作戦をとった。議会への出席を拒否したのである。

これに対し、共和党側は特別委員会を設置することで対応した。委員会の議決を議会の議決の代替としたのである。この結果、3月10日に法案が可決した。

民主党および労働組合を中心とする反対派は特別委員会の設置方法が州憲法違反にあたるとして州最高裁で争ったが、4対3の僅差で政府側に軍配があがり、法案が6月に成立した。

これにより、反対派は州知事および共和党議員をリコールし、再選挙を行う戦略へと移行した。

ウィスコンシン州法では、在職期間が一年を超えた議員に対して、その議員の選挙区民の25%から署名を集めることでリコールが可能になる。この運動を主導するのは民主党、労働組合、オキュパイ・マジソン、オキュパイ・ミルウォーキーらを中心とする勢力が結集した「ウィスコンシン連合(United Wisconsin)」である。

この運動によりまず6名の共和党上院議員がリコールされ、8月には出直し選挙で民主党が2議席を獲得した。その結果、上院議員定数33のうち、16まで民主党が獲得した。

2012年1月になり、州知事および5名の共和党州議会議員がリコール対象となるにあたり、「ウィスコンシン連合」はリコール手続きに十分な署名を集めた。

1月17日に「ウィスコンシン連合」が発表したところによれば、スコット・ウォーカー州知事のリコールを支持する署名は必要数54万人程度のところ100万人以上集まっている。州知事が当選した際の得票数が112万票ほどであったことからウィスコンシン連合側はリコールの成功だけでなく、出直し選挙の勝利も確実視している。共和党で法案制定を強く推し進めた有力議員にも84万5000人以上の署名が集まっているほか、リコール対象の共和党州議会議員に対するリコールに必要な署名数も確保している。

ノースカロナイナ州、チェックオフ禁止差し止めの判決

ノースカロライナ州でも労働組合側が失地を回復する動きがあった。

ノースカロライナ州は州法で教員労組の団体交渉権、争議権を認めていない。そのため、労働組合は教員協会(North Carolina Association of Educators; NCAE)という名称で活動している。NCAEは現役および退職した会員から会費を徴収しているが、その徴収方法は給与からの天引きによるチェックオフによる。このチェックオフを禁じる法律が1月5日に施行された。ノースカロライナ州もウィスコンシン州と同様に2010年の中間選挙で共和党が上下院で優勢となった州である。

この法律についてノースカロライナ州裁判所は憲法違反となる報復的差別に該当するとして法施行の差し止めを命じた。

NCAEは団体交渉権を有していないが故に賃金、年金、医療保険やその他の労働条件に関して議会に対してロビー活動を行う。その相手先は民主党議員であり、その見返りとして民主党を支持する。このNCAEの活動に対する報復を共和党が行なっていると裁判所が判断したのである。

インデアナ州で、ライト・トウ・ワーク法成立

インディアナ州ではウィスコンシン州、ノースカロライナ州とは逆に労働組合側が窮地に追い込まれている。下院議会が1月25日にライト・トゥ・ワーク(Right to Work)法を可決したからだ。2月1日には州知事(共和党)が署名をして法律が成立した。発効は3月14日の予定である。

アメリカの全国労働関係法は団体交渉を合法的に行う方法について規定している。団体交渉を行う権利を獲得した労働組合は排他的交渉権を有する。これは同一の交渉単位に対して競争相手となる別の組織の存在を許さないことを意味する。なお、同一の事業所内でも複数の交渉単位が認定されれば、複数の労働組合が存在することはあり得る。

ライト・トゥ・ワーク法は労働組合に排他的交渉権を認めるものの、その交渉単位に属する従業員が労働組合員にならないという選択肢を認めるものである。ライト・トゥ・ワーク法がない州では、労働組合が排他的交渉権を獲得すれば、その交渉単位に属する従業員はすべて労働組合員として組合費を徴収される。しかし、ライト・トゥ・ワーク法のもとでは、労働組合が排他的交渉権を獲得しても労働組合費を払いたくないことを理由として労働組合員にならない自由を認める。この法のもとではチェックオフも禁止される。労働組合にとっては、苦労して獲得した労働条件向上の恩恵を、組合費を払わない従業員にも分け与えることになる。これは労働組合に対する求心力にとってマイナスになる。また、チェックオフを禁じられれば安定した組合費の確保が著しく難しくなり、労働組合にとって致命傷とも言える打撃となる。

ライト・トゥ・ワーク法はもともと労働組合の勢力の弱い南部で採用されていた。最近では過去12年間にわたり新しくライト・トゥ・ワーク法を採用した州はなかった。

インディアナ州もウィスコンシン州、ノースカロライナ州と同様に2010年の中間選挙で共和党が躍進しことがこの法律が成立した背景にある。

近隣のミシガン州とオハイオ州も州知事、上院下院ともに共和党がおさえており、同様の法案を作成するかどうか検討中である。インディアナ州を含めて近隣の州は中西部に位置しており、もともと労働組合の勢力が強いこの地域での反労働組合的な施策は大きな対立を産んでいる。

イリノイ州、公務員年金制度の改革

イリノイ州では州公務員の退職年金に関する改革が州公務員労組との対決を引き起こしている。ほかの州と異なる点はイリノイ州の州知事は民主党ということである。

その原因は、必要な年金積立額が1264億ドルのところ、49%が積立不足となっていることである。額、率ともに全米でもっとも深刻である。

債権格付け機関ムーディーズは1月6日にイリノイ州の格付けをA1からA2へ引き下げ、長期債務削減の必要性を指摘した。

このような状況のなかで、イリノイ州知事は2010年4月から州公務員の退職年金に関してさまざまな改革を実施してきた。満額の年金受給に必要な年齢の引き上げ、年金受給計算に使用する給与額上限の設定、年金受給に必要な在職年数の引き上げなどである。

さらに、2012年中に次の3つの改革のいずれかを実施することを州知事は検討している。

  • 年金給付額の削減
  • 個人負担額の増額
  • 確定拠出型年金401Kへの移行

なお、イリノイ州では年金給付額の減額を憲法違反としているため、労働組合の合意が必要にならざるを得ない。現在、労働組合側は強硬に反対している。

労働研究者、公務員バッシングを警戒―冷静な研究を

全米に拡がる州公務員労働組合への攻撃には2つの背景がある。

一つには州財政の悪化に伴う財政規律を理由とするものである。州財政が悪化するなかで、共和党は企業減税による景気刺激策を優先する。そのため短期的には州財政がさらに悪化し、財政規律を理由として公務員給与、医療保険と年金の水準低下や自己負担増額を強いているのである。

もう一つは、本年の11月6日に迫る大統領選挙をにらんだものである。州公務員労働組合は民主党の大きい支持基盤の一つである。この州公務員労組の勢力を削ぐことで共和党候補の選挙戦を有利に進める意図がある。財政規律重視による州公務員の労働条件の低下は選挙民の支持を得やすいという背景もある。

そのなかで、マサチューセッツ工科大学(MIT)トーマス・コーハン教授はシカゴで1月7日に開かれた労働雇用関係学会(the Labor and Employment Relations Association; LERA)のセッション、「公共セクターに関する大議論(The Great Debate about the Public Sector)」において、大統領選挙が近づくにつれて州公務員労組や公務員の労働条件に関する不当なバッシングの勢いが増すとして、参加者に「プラグマティックな研究をすることこそが求められている」と呼びかけた。

そのほか、コーネル大学カッツ教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校レビン教授、ラトガース大学キーフ教授とルーベンシュタイン教授など労働研究の重鎮が報告を行なった。その内容は、職務内容と処遇に関する客観的データをもとにした報告や、州公務員の多くが教員に集中しており、州公務員へのバッシングはアメリカの教育水準の低下を引き起こすとした報告、公務員の労働条件の引き下げは全国民の安定した年金制度の維持にとって一時しのぎにしかならず、抜本的な改革として増税が必要だとする報告などであった。

(国際研究部 山崎 憲)

参考

  • Democratic Activists Submit Signed Petitions For election to Recall Wisconsin Gov. Walker, Jan.17, Daily Labor Report
  • Illinois Gov. Quinn Vows to Solve Funding Crisis for State’s Pension Plan, Jan.12 Daily Labor Report
    Indiana House Approves ‘Right to Work’ Bill Day After Senate Clears Companion Measure, Jan 25, Daily Labor Report
  • Indiana House Democrats Trying to Stall Right-to-Work-Bill, Seek Voter Referndum, Jan.19, Daily Labor Report
  • Indiana Governor Signes ‘Right-to-Work’ Bill Prohibiting Mandatory Union Dues or Fees, Feb1, Daily Labor Report
  • North Carolina Court Temporarily Blocks Ban on Teachers’ Association Dues Deduction, Jan 10, Daily Labor Report
  • Occupy Wisconsin, As the recall effort against Wisconsin Gov. Scott Walker goes into swing, the Governor isn’t backing down, Nov 21, The Wall Street Journal
  • United Wisconsin ウェブサイトリンク先を新しいウィンドウでひらく2012年2月2日閲覧

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