分かれるハルツ改革の評価
―実施から10年

カテゴリー:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2012年10月

2000年前半に実施されたハルツ改革と呼ばれる一連の労働市場改革に対するドイツ国内の評価は、10年経った今でも分かれている。失業者を早期に職場復帰させる強化策が、失業者が大幅減少につながったとの評価がある一方で、僅少労働(ミニジョブ)などの低賃金労働者を増やし、社会の格差が広がったとの批判も根強い。

2002年8月に始動

就労促進を目的とする規制緩和や失業給付の見直しなど労働市場改革案を提示したのは、フォルクス・ワーゲン(VW)の労務担当役員であり、シュレーダー首相の顧問(当時)も務めていたペーター・ハルツ氏である。

2002年8月16日に発表されたこの労働市場改革案は、ハルツ氏の名にちなんで「ハルツ改革」と呼ばれ、ハルツ第Ⅰ法からハルツ第IV法の4段階に分けて広範囲に行われた。現在は、ドイツの労働・社会制度の大部分がハルツ改革の影響を受けているといっても過言ではない。

高失業率と硬直した労働市場の是正を目的に

ドイツは1990年の東西統一以降、特に旧東独地域を中心に雇用情勢が悪化の一途をたどっていた。それまでに築いてきた労働市場政策は、労働者を守ることに重点が置かれ、解雇や有期雇用契約に対する厳しい制限、失業者に対する手厚い保障など、流動性に乏しい労働市場となっていた。2002年8月にハルツ委員会の改革案がシュレーダー政権に提出されたのも、こうした高失業率と硬直した労働市場システムの弊害の修正を求める声の高まりがあったからだ。

ハルツ改革案が発表されて以降は、この案を基本的な拠り所として次々と新しい法律が制定された。具体的には、表のような基本的考え方を土台として、連邦雇用エージェンシーや職業安定所など行政組織の再編、失業保険の受給期間の短縮、失業保険と生活保護の融合を行い、失業者が起業しやすいような仕組みなどが導入された。

表:ハルツ改革の基本的考え方
労働市場サービスと政策の効率性/効果の増強 失業者の労働市場への統合 労働市場の規制緩和による雇用需要の喚起
  • 職業紹介組織の再編
  • 準市場の導入(部分的に市場原理を導入)
  • 改善目標
  • 評価委託
  • 給付システムの再編
  • 罰則規定
  • 失業行動を見据えた新しい混合政策
  • メイク・ワーク・ペイ(税・保険料負担を働くことに見合うようにする)
  • 派遣労働分野の規制緩和
  • 有期契約制限の緩和
  • 解雇規制の緩和

資料出所:IABZAF1/2007

だが、ハルツ改革については、当初から市民団体や労働組合などが「社会的格差を招く恐れがある」として強い懸念を表明しており、特に2005年1月に施行されたハルツ第IV法による失業給付の大幅な引き下げと給付期間の短縮、長期失業者に対する給付と生活保護給付の統合については、強い反対が出され、最も激しい議論が交わされた。

失業者減少と評価の反面、社会格差拡大の批判

ハルツ改革から10年目となる今年8月16日、シュレーダー元首相は取材に対して「この改革を実施したことによって失業者が200万人近く減少した」という成果を強調した上で、「改革を始めた当初は痛みの方が強かったが、結果として改革を実施する価値はあったと思う」と述べた。また、社民党(SPD)のミュンテフェーリング元党首も「ハルツ改革は行われなければならない改革で、不足した部分はあったがパッケージとして実施する価値はあった」と述べて、今後は不足しているすべての産業に対する最低賃金の導入や派遣労働者の待遇改善を行うよう現政権に対して要請した。さらに、現政権の労働社会相であるフォン・デア・ライエン氏は、「ハルツ改革はドイツの底辺層を労働市場に戻そうとする画期的な政策だった。改革によって、職業紹介サービスは近代化され、失業者や生活保護受給者は大幅に減少した。現在は東西統一以来、最多の就業者数となっている」と評価した上で、「今後は長期失業の根本的要因をさらに探る必要がある」とコメントした。

EU委員会が5月に発表したワーキングペーパーを見ると、ハルツ改革は、特に長期失業者の減少に貢献した、と評価されている。労働市場・職業研究所(IAB)が2010年に行った実証調査の結果を見ても、「ハルツ改革を包括的にみると、大きな雇用効果を生みだした」として、概ねポジティブな評価をしている。

一方、ケルンドイツ経済研究所(IW)は、ハルツ改革について一定の評価をしつつも、いくつかの政策は失敗した、としている。例えば、全ての地域の職業安定機関に民間の人材派遣会社を活用したサービス機関(PSA)を設置して失業者を一時的に雇用して企業に派遣する政策や、起業した者への報奨制度はあまり成功しなかったと分析している。また、賃金の下限が実質廃止された僅少労働(ミニジョブ)は、高齢者や女性が働きやすくなった反面、低賃金分野の拡大を引き起こした、としている。

さらに、ドイツ社会保護協会も「すべての改革が失敗したとは言えないが、この改革によって、ドイツの労働市場はアメリカ化し、社会格差が増大した」と批判しており、こうした主張を裏付けるように、OECDが2008年に発表した調査結果では、「ドイツは2000年以降、他のどのOECD諸国よりも所得格差(図)と貧困が急速に拡大している」ことが示された。

図 所得格差の推移(OECD平均、ドイツ)

図 1980-2000年半ばにおける所得格差の推移(OECD平均、ドイツ)

  • 出所:OECD (2008) Growing Unequal?
  • 注:ジニ係数とは, 所得分配の不平等度を表す指標である。ジニ係数が0に近づけば平等に近づき, 1に近づけば不平等の度合が増す。

なお、改革の中心的人物であったハルツ氏は、改革後に発覚したフォルクスワーゲン社の汚職・収賄事件への自身の関与を認めて2007年に執行猶予と罰金刑が確定しており、本人の評価を聞ける状況にはない。

いずれにしても、ドイツはハルツ改革後も引き続き、労働市場政策の修正や改善努力に取り組んでいる。特にハルツ改革の中で批判が多い「低賃金労働」や「社会格差」の拡大問題を今後どのように克服していくかに注目が集まっている。

参考資料

  • Presse- und Informationsamt der Bundesregierung(15. August 2012), IAB discussion paper 13/2010, ZAF1/2007, Deutsche Welle(16.08.2012),Frankfurter Rundschau(16 August 2012), World Socialist Web Site(27August2012), OECD (2008) Growing Unequal? : Income Distribution and Poverty in OECD Countries. COUNTRY NOTE: GERMANY

参考報告書

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