低賃金で医療保険・年金なしの「バッドジョブ」増加
―2つの報告書が浮き彫り
事業主負担の医療保険や退職後の年金もなく低賃金な「バッドジョブ」(「割の合わない仕事」)が1970年代末から増えている。また、リーマンショック後の景気回復期には、中程度の賃金の仕事の代わって、低賃金労働への置き換えが進んでいる。こうした傾向を指摘した2つの報告書が最近、出された。
報告書を出したのは、経済政策調査センター(CEPR:Center for Economic Policy Research Institute)とNELP(The National Employment Law Project)。CEPRは1970年代から、NELPは主として2007年のリーマンショックから、現在に至る労働者の賃金などの実態などを追跡した。どちらの報告書も、低賃金の仕事が増えていることをあらためて指摘している。
CEPRはこれらの仕事について、「BAD JOB」(バッドジョブ)という用語を使っている。直訳すれば、「悪い仕事」となる。しかし、時給にして18ドル5セント以下、年収で3万7000ドル以下、かつ事業主が負担する医療保険や退職後の年金がないような種類の仕事として定義するCEPRの意図からすれば、BAD JOBは単なる「悪い仕事」と訳すよりも、「割の合わない仕事」と訳す方が理解しやすい。
状況を表す用語「BAD JOB」
この「割に合わない仕事」は1979年の18%から2010年の24%へと伸びている。しかも、リーマン・ショック以前の2007年までにはその傾向がおおよそあらわれていた。
実質賃金の比較では、年収3万7000ドル以下の労働者の割合は1979年の59%から2010年の53%となり、低賃金の仕事は減少しているようにみえる。
しかし、事業主負担の医療保険や退職後の年金の有無を合わせて考えると様相が一変する。たとえば、1979年に事業主負担の医療保険を持たない労働者が30%ほどだったのに対して、2010年にはその割合が47%へと大きく伸びている。事業主負担の年金を持たない労働者の割合も1980年代に急増した。
1990年代に事業主負担の年金によってカバーされる労働者の数が増加に転じたものの、その中身は以前と比べて貧弱なものとなった。しかし、それでさえも2000年代に入って消えていった。
男女別でみるとその傾向はよりはっきりとあらわれる。事業主負担の医療保険を持たない女性労働者は1979年の37.4%から48.2%となっているのに対して、男性労働者は25.5%から45.4%へと倍近くに増えている。
世帯の稼ぎ頭だった男性にその傾向が顕著だ。事業主負担の医療保険を持たない労働者は、女性の場合、1979年の37.4%から2010年には48.2%に増えている。これに対し、男性は25.5%から45.4%へと増え、増え方の度合いが大きい。つまり、女性も増えているが、男性の方の率は倍近くに跳ね上がっている。かっては、低賃金であるけれど、事業主負担の社会保障制度に守られてきた労働者の仕事が「BAD JOB」と化してきたのである。
高学歴、高齢労働者に拡大
1979年と2010年を年齢・学歴別に比較すると、高齢労働者と大卒などの高学歴層にBAD JOBの数が拡大する傾向にある。
これは労働力が高学歴化と高齢化に向かっていることが背景にある。1979年に約20%だった高卒未満の労働者の割合は2010年に7%まで下がる一方、大卒は約20%から34.3%まで上昇した。
また、労働力人口の平均年令は、1979年に18から34歳が49.4%と大勢を占めていたのに対して、2010年には32.8%へ減少し、35から64歳が大勢を占めるようになるなど高齢化に向かっている。
1979年にBAD JOBの状態にある労働者の割合は、高卒未満が25%、高卒が18.1%、短大卒程度が19.3%、4年生大学卒が8.0%だったが、2010年にはそれぞれ55%、32.4%、短大卒程度が26.5%、4大卒が9.6%となった。つまり、高卒以下の労働者の割合が減少する一方でBAD JOBに陥る確率が高まっている。
四大卒以上でもBAD JOBに陥る割合は高まっているものの、その上昇の程度はわずかである。
BAD JOBの状態にある労働者を年齢別でみると、1974年では18から34歳が22.4%、35から54歳が13.3%、55から64歳が14.2%であったが、2012年にはそれぞれ38.5%、18.3%、14.7%となった。
あらゆる学歴と年齢の労働者にBAD JOBが拡大しているが、特に高卒以下の学歴で18から34歳の労働者がBAD JOBに陥る割合が拡大している。
男性労働者の割合が急増
BAD JOBの状態にある労働者の割合を男女別にみると、1979年で男性が12.8%、女性が25.2%だったが、2010年では男性が22.8%、女性が26.3%となっている。女性が高止まりしている一方で、男性はおよそ倍増して女性と同水準になるなど男性労働者がBAD JOBに陥る割合が大幅に高まっている。
景気回復期、低賃金労働者で雇用増
CEPRは、この状況に関し、変化が長期間にわたって起きたものであり、2007年のリーマン・ショックに始まる景気後退によってのみ引き起こされたものではないとする。一方で、NELPは景気後退期に失われた中程度の賃金の雇用の多くが景気回復期に低賃金の雇用に置き換えられたことを指摘した。
2007年から2009年の間に、トラック運転手、管理スタッフ、大工といった時給13.84ドルから21.13ドルの中程度の賃金の雇用はおよそその6割が失われた。しかし、景気回復期の2010年から12年には中程度の賃金の雇用は22%しか増加していない。その一方で、時給13.83ドル以下の低賃金雇用は景気回復期に増加した雇用の58%を占めている。また、時給21.13ドルを超える高賃金労働も景気回復期に20%増加している。つまり、中程度の賃金の雇用のみが低下していることになる。
2010年第1四半期から2012年第1四半期までに340万人の雇用増があったが、そのうち、中程度の賃金の雇用は75万人、高賃金の雇用は68万人とあわせて143万人程度で、残りの約200万人が低賃金の雇用だった。そのうちわけは、小売業、食品の下処理、日雇いと運送、給仕、介護、事務、顧客対応で、時給9ドルから13ドル程度となっている。
2001年からの長期的な傾向でみても、中程度の賃金の雇用だけが減少し、低賃金と高賃金の雇用が増えるという2極分化が進行しているとする。
参考
- John Schmitt and Janelle Jones(2012) ”Bad Jobs on the Rise’ CEPR Webサイト(2012年10月3日閲覧)
- NELP(2012)The Low-Wage Recovery and Growing InequalityNELP`Webサイト(2012年10月3日閲覧)
参考レート
- 1米ドル(USD)=78.58円(※みずほ銀行ウェブサイト2012年10月5日現在)
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