公共部門年金改革をめぐる対立

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  • 国別労働トピック:2012年1月

公共部門の年金制度改革をめぐって、政府と公共部門労組との攻防が激しさを増している。政府案に盛り込まれた支給開始年齢の引き上げ、給付額の切り下げ及び拠出額の引き上げに労組側が反発、11月末には、30年ぶりとも言われる大規模なストライキが実施された。

「現行制度は維持不可能」

政府は、現行制度が民間部門の企業年金に比して好条件であり、今後も赤字拡大が避けられないとして条件切り下げを主張、既に2011年4月からは、支給額の改定方法の見直しによる実質的な切り下げが実施され、また拠出額引き上げの方針も打ち出されていた。

さらなる改革に向けた政府の諮問を受けて、前労働党政権下で雇用年金大臣を務めた労働党のハットン議員は2011年3月に答申を示した。公共部門労働者に提供されている年金制度の条件は決して厚遇とはいえず、また中長期では年金制度維持のコストも相対的に低減すると前置きしつつ、長寿化が進む中で将来にわたって制度を維持する方策として、最終報酬型から平均給与型への給付額の算定基準の見直しや、公的年金に準拠した支給開始年齢の引き上げを軸とする改革を提案した。答申を受けて政府が6月にまとめた改革案には、従前からの方針に沿って、拠出額の引き上げが盛り込まれていた。

交渉は難航

改革案に対し、公共部門労組は事前の協議もなく一方的な内容であるとして激しく反発、6月末には教員組合を中心に数十万人規模のストライキが発生した。労組側はさらに、政府が来年度以降の財政方針を発表する11月末に合わせて、より大規模なスト実施の計画を発表、政府との交渉と並行して準備を進めた。

改革の対象となる主要な年金制度は、医療サービス、教育、自治体及び公務員向けの4制度で、それぞれが異なる条件で運用されている(支給開始年齢も異なる)。このため労使間の交渉も、中央レベルで決定される大方針とは別に、各部門の労使間で具体的な制度改正を交渉する形が取られている。しかし実態としては、実質的な交渉が進められているのは公務員向け制度のみで、他の部門では「情報交換」(組合幹部)またはそれすら満足に行われていない状況にあるという。とりわけ自治体労使間では、使用者側が政府の歳出削減の方向性をはかりかねて、労組側との交渉に消極的であるともいわれる。

労組側は、改革による負担増が年金制度自体の維持ではなく、財政赤字の削減に充てられる見込みであることに、公共部門労働者限定の課税であるとして憤りを示している。また、今より拠出額を引き上げれば、賃金水準の低い労働者を中心に膨大な脱退者が生じ、結果として制度が維持できなくなる可能性も指摘している。

政府は11月初旬、「最終的な」妥協案に関する方針を発表した。引退まで10年の加入者は支給開始年齢引き上げや給付額削減の影響を免れる(ただし拠出額引き上げは適用)という内容で、ただし年末までに合意しなければ撤回するとするもの。政府は、交渉中のスト実施は不適切であるとして、労組側にスト中止を呼びかけていた。しかし労組側によれば、政府からは具体的な内容の提示も協議の呼びかけもなかったという。さらに、スト前日に公表された財政計画では、現在実施されている公共部門の賃上げ凍結(2013年まで)終了後も、賃上げ率を1%に抑制するとの方針が示されたほか、財政赤字削減策の不調から、歳出削減の長期化が見込まれる影響で、公共部門での人員削減も当初予測の40万人から71万人に修正したことが、労組側の一層の反発を煽る形となった。

結果として、ストは予定されていた11月30日に実施され、29組合から100万人以上が参加したとみられる。国内では、学校や病院など多くの公的機関が影響を受けたと見られるが、大きな混乱は報道されていない。

公正性をめぐる議論

一連の事態を、世論はどう見ているか。YouGov調査(11月初旬実施)によれば、ストの実施には31%が賛成、53%が反対していた。また、およそ5割が拠出額の引上げや平均給与型への変更に賛成(反対は3割強)する一方、支給開始年齢の引き上げについては賛否が拮抗している(賛成44%、反対45%)。公共部門の年金制度が民間部門に比して条件的に恵まれており、公共部門労働者の負担増は不可避とする政府の議論は、世論から一定の支持を受けていると見ることもできる。

ただしこれには、民間部門の企業年金の劣化も影響している。政府調査によれば、民間の企業年金制度は長年減少傾向にあり、低賃金層を中心に未加入層が増加している。また、近年の確定給付型から確定拠出型への転換などもあり、付加年金部分の受給額には官民で大幅な差が生じている。しかし、先のハットン答申は、民間より好条件であることなどを理由に際限なく条件を切り下げれば、「底辺への競争」を生むと警告している。

11月末のスト実施後も、労使間の協議は断続的に続いているとみられるが、短期での終結は困難との見方が強い。12月下旬には、さらなる「最終案」が政府から示され、一部の労組が初期的な合意に達したとも報じられた。しかし、公務員労組や教員労組、医療部門の一部の労組は、既にこれを拒否する立場を明確にしている。労組側は、交渉が平行線を辿る場合、2012年以降もストがあり得るとしている。

参考資料

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