フライドチキンと早期退職

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2011年8月

韓国の大型スーパーマーケットチェーンのLマートは低価格のフライドチキンを発売し大きな話題を呼んだが、わずか7日で販売停止した。小規模のフライドチキン店が乱立し、地域商店街保護という世論に配慮せざるをえなくなったためだが、その背景には韓国の雇用事情が見え隠れする。企業を早期退職する人が多く、そのなかには小規模店の起業を選ぶ人が少なくないという。

大型チェーンの安売り攻勢にさらされる小型店

昨年12月、通常価格の3分1という低価格で発売し人気を博したフライドチキン。なぜたった7日で販売を中止せざるを得なかったのか。大きな話題となった人気商品を早々に販売終了した理由についてLマートは、「地域商店街の保護という社会世論を尊重した」と説明した。

韓国でも低価格競争は熾烈を極めており、大型チェーンの躍進の陰で小規模店舗や地域商店街が廃業に追い込まれるという図式はめずらしくない。政府もこうした状況に、地域商店街の一定距離内に大規模店の進出を禁じる等の対策をとってはいるが、大型チェーンと小規模店間の利害対立は続いている。しかし、強気で知られるLマートがたった7日で人気商品を撤退させた背景には、大型チェーン対小規模店の論争のほかに、もう一つ別の要素が加わったという見方が強い。それは韓国の早期退職慣行に理由がある。Lマートは地域商店街の権益だけでなく、退職労働者の市場を侵食しようしたため反発を受けたというのだ。

名誉退職という雇用慣行

韓国の民間企業の定年年齢は一般的に55歳前後と言われるが、実際には40代後半になるとほとんどの労働者が退職を意識するという。労働者が感じる退職年齢は48歳程度という調査結果(注1)もある。つまり、多くの労働者が定年になる前に職場を失う。このような40代での退職を韓国では「名誉退職」と呼ぶ。後進に道を譲る名誉ある自発的退職というわけだ。名誉退職の慣行は1990年代頃から始まり、1998年の国際通貨基金の緊急援助を受けた時期を通じて定着した。企業は人件費を削り競争力を確保するため、40代後半の労働者に退職を勧告する。名誉退職は表面上自発的な退職であるが、実際は強制解雇に近い。定年まで勤めたいとする労働者ももちろん多いが、他の選択肢は示されない。一般に退職勧告は予期なく告げられる。企業側が退職者の転職のための対策等を講じることはほとんどない。40代後半の退職者の再就職は難しく、子供の教育費などが重なる時期でもあるため、なんとか収入を確保する道を探す必要がある。一定の専門スキルを有する者にとっての転職はそれほど難しくないだろうが、そうした者はむしろ少数派だと見るべきだろう。民間企業の労働者の76.5%が、定年が保証されている公務員への転職を考えたことがあると答えている(注2)。

早期退職者の多くが小型飲食店を起業

こうした道を閉ざされた労働者の多くが、先行投資の少なくてすむ小規模店の起業を選ぶという。そしてこれは、「退職後1年以内、1億ウォン以内の小さな資本、専門技術を要さない」という条件をクリアできる飲食店の起業が中心となる。

さらに起業飲食店の中で最も多いのが宅配型のフライドチキン専門店だ。店舗を構える必要がないので参入しやすいという利点がある。フライドチキン店はもはや、韓国労働者の退職後の主要な起業アイテムとなっている。従って競争は激しく、現在韓国のフライドチキン市場は飽和状態に近い。また、これはフライドチキン市場だけの問題でない。韓国の飲食店市場の全般的な傾向でもある。飲食店の数を比べると、人口1000人当たりアメリカが1.8店、日本が5.7店、対して韓国は12.2店と突出して多い。すなわち、フライドチキン店を起業したからといってこれが成功するとは限らない。ある調査(注3)によると、自営業者の37.2%は月収が100万ウォンを超えないことがわかった。これは最低賃金に満たない水準である。また週労働時間は59.19時間で、韓国の平均より6時間以上多い。いずれにしても楽な道ではない。

定年延長の取り組み

このような再就職無き名誉退職が飲食店に偏在した起業につながり、飲食店増加が過当競争を招き、結局は起業の失敗、ひいては高齢者の貧困へとつながる。このような早期退職による負の連鎖を食い止めるべく、政府はジョブシェアリングの一つである賃金ピーク制の企業への導入を提唱している。賃金ピーク制とは、定年を前にした一定の年齢に達した勤労者に対し、雇用を延長する代わりに賃金を減らす制度。2010年現在、100人以上の事業所8000カ所のうち、1000カ所が導入している。

一方政府は、定年延長そのものにも力を入れている。しかしこれは、社会的合意がなかなか得られないのが実情。今年3月、定年延長のために設置された「ベビーブーマー世代雇用対策委員会」(注4)は、定年延長の合意を得ることなく1年間の活動を終えた。政労使は、定年延長の必要性についてはそろって認めているが、その方法論に関してはそれぞれ異なる意見を持つ。労働組合側は定年を法制化する事を主張し、使用者側は従来の業務成果に基づく賃金体系に沿った漸進的な定年延長を主張している。一方政府は定年延長を推進する立場ではあるが、定年延長に伴う財政支出の可能性、若者の雇用機会の減少の恐れなどを挙げ、慎重な検討を先行すべきと主張している。

参考

  • 韓国雇用労働部及び中央政府機関Web
  • 韓国労働研究院(KLI)Web
  • 朝鮮日報2010年10月20日版、東亜日報2011年1月18日版など各種現地紙

参考レート

  • 100ウォン(KRW)=7.40円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2011年7月28日現在)

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