進行する公務員労組の権利制限
―団交事項を縮小、社会保障水準の低下へ

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2011年8月

州政府職員の労働組合の権利を制限する動きが2011年2月以降、進んでいる。団体交渉の取り扱い事項から年金・医療保険などを除外する動きが目立ち、その結果、ウィスコンシン州などでは州職員が社会保障水準の低下を余儀なくされている。団結権を制限する例も見られる。

団体交渉・団結権の制限

団体交渉事項の縮小については、社会保障や賃金などの労働条件を州法で定めてしまうことや、たとえ賃金について交渉できたとしても賃金上昇の上限を州法で設定してしまうことなどがある。

団結権の制限はもう少し手がこんでいる。

アメリカの労働組合は団体交渉を行うために労働組合の対象となる従業員を代表する交渉単位を定めたうえで選挙を行う。この選挙で過半数の投票を獲得することで交渉単位に属する従業員を代表して使用者側と団体交渉を行う権利が正式に与えられる。

この代表選挙を毎年実施することを州法で定める動きが進んでいる。

また、労働組合費の徴収を使用者が労働組合に代行して給与から天引きするチェックオフ制度の廃止や、組合員が組合費を払わなくても良い権利を州法に織り込む動きもある。

そもそも労働組合にとって、官民を問わず代表選挙で勝利をおさめることは大きな困難を伴う。使用者側が従業員に対して労働組合側に不利な情報を流したり、選挙期間を長引かせて従業員の意思を揺さぶったりするなどの戦略が広く行われているからである。また、団体交渉事項が縮小することで組合員が得られる経済的効果が減少することも団結権に影響する。

チェックオフ制度の廃止や組合費を払わなくても良い権利を認めれば、労働組合収入の安定にマイナスの影響がある。それだけでなく、労働組合が獲得する成果にタダ乗り(フリーライド)する従業員がでてくる可能性もある。これも間接的ではあるが団結権に影響することになる。

団体交渉事項から除外される社会保障

2011年の6月から7月にかけては、年金や医療保険などの社会保障が団体交渉事項から除外されるという動きが進んだ。各州の状況は次のとおりである。

ウィスコンシン州では、警察、消防の新規採用職員の年金、医療保険の個人負担分の引き上げが団体交渉手続きを経ずに行われた。

ニューハンプシャー州では、退職年齢の引き上げ、年金支給上限の減額、年金個人負担額の増額が州法で行われた。

ニュージャージー州では、警察、消防職員以外の新規採用職員の退職年齢を62歳から65歳へ引き上げるとともに、すべての現役従業員の年金個人負担額引き上げの実施、さらにはこれまで行なってきた年金額の物価調整を廃止するといったことが団体交渉手続きを経ずに行う州法が6月27日に成立した。

たとえ団体交渉事項として取り扱われる場合も状況は大きく変わらない。

ニューヨーク市は5万4000人のホワイトカラー従業員を組織する労働組合と7月16日に労働協約を結び直した。その内容は3年間の賃金凍結と医療保険個人負担額の増額である。労働組合側は、提案されていた一時解雇を回避するため、これらの労働条件の低下を受け入れた。労働組合側からすれば団体交渉権があったものの使用者側からの一時解雇の提案を前に雇用確保以外の選択肢がなかったと言えよう。

不完全な公務員労組の権利

これら労働組合の権利制限は2010年11月の中間選挙で共和党が躍進したことと無縁ではない。その中心勢力となったティーパーティーは減税と財政規律を主張している。これら共和党が連邦ではなく州政府で公務員労組の権利制限を行っているのには制度上の理由がある。

連邦政府職員労組は賃金と付加給付を団体交渉事項から除外されている。これは1962年のケネディ政権において大統領令で定められている。その代替措置として賃金は労働省が毎年行う消費者物価指数に連動して大統領令で決定される。政府が客観性を確保する仕組みが考慮されているといってよい。その一方で、争議権は禁止されている。

州公務員労組はこのような連邦政府職員労組と状況が異なる。ほとんどすべての州では職員に団結権、団体交渉権、労働協約締結権を認めている。団体交渉事項は連邦職員と異なり、賃金や社会保障を含む。

しかし、すべての州で統一の法律はなく、内容はさまざまである。具体的には、職種ごとに適用する法律を分けるというかたちとなる。

たとえば、教師や警官、消防士など特定の職種の従業員だけに団体交渉権を与えたり、反対に一部の職種の従業員だけを適用除外にしたりするなどである。すべての従業員に同一の法律を適用する州もある。争議権はほとんどの場合で認められていない。

この状況で行う団体交渉手続きは争議権を行使できないこともあり、元来、不完全なかたちにならざるを得なかった。

労働組合からすれば、交渉相手となる管理者が誰であるか、また労使交渉の争点が何であるかが曖昧になり易い。賃金決定については連邦政府と同様に消費者物価指数が一応の参考とせざるを得ないものの、最終的には州知事の影響力が大きい。交渉が行き詰まれば強制力を持つ第3者機関による仲裁が行われるが、やはりそこには政治的な判断や交渉が求められる。

アメリカの州公務員労組に団体交渉権が広まったのは1960年代に入ってからであるが、それから現在までこの問題は継続していた。

争議権が法的に認められていないものの1970年代にはストライキが多発することもあった。

それでもなお、州政府において団体交渉を軸とする労使関係を機能させてきたのは労働運動と労使関係を重視するという社会的な合意によるところが大きかっただろう。

2011年2月から急速に進展する州公務員労組の権利制限は、連邦政府公務員労組のような労働条件決定に関する一応の客観的指標がないことや争議権がないという問題を浮き彫りにすることになったといえよう。

単純な官民比較ではなく、職務難易度や内容に対応した賃金の客観的指標が必要だとする声もある。

公務部門の労働組合組織率

2010年の労働組合組織率は公務部門と民間部門を合わせて11.9%である。

そのうち、公務的部門が40.0%で、民間部門は7.7%にすぎない。労働組合数でみると、公務部門が840万6000人、民間部門が788万4000人と、公務部門が民間部門を大きく上回っている。

公務部門の内訳を見ると、連邦政府職員が組織率31.4%(115万4000人)、州政府職員が組織率34.6%(219万1000人)、州政府以外の地方自治体職員が組織率45.9%(506万1000人)となっている。

つまり、州政府、地方自治体がアメリカ全体の労働組合員の大半を占める状況となっているのである。

したがって、現在進行中の州公務員労組の権利制限はアメリカの労働組合全体に与える影響も大きい。

オハイオ州では、団体交渉に制限を加える州法を差し止める州民投票を実施するための署名活動が行われた。必要となる数は約23万だが、その3倍以上となる70万強の署名が集まり、6月30日に提出された。同様の動きは、今後も全米各州で続くと思われる。

参考

  • New Jersey Lawmakers Approve Plan For Sweeping Public Sector Bnefits Changes, June 24, Daily Labor Report
  • Illinois Governor Signs Sweeping Measure To Overhaul Workers’ Compensation System, June 28, Daily Labor Report
  • Ohio Activists to Deliver Petitions Seeking Referendum to Repeal Law, June 28, Daily Labor Report
  • New York State Reaches Five-Year Contract With Second-Largest State Employee Union, July 18, Daily Labor Report

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