東欧諸国の労働者に対する就労制限が廃止に

カテゴリー:外国人労働者

EUの記事一覧

  • 国別労働トピック:2011年6月

2004年にEU加盟を果たした東欧8カ国(EU8)(注1)からの労働者に対しては、移行措置として最長で3期7年間(2+3+2年)にわたり就労制限を設けることが各加盟国に認められていたが、2011年4月末の移行期間の終了をうけて、域内での就労が自由化された。欧州委員会は、既に多くの加盟国がこれらの新規加盟国に対する規制を廃止していることから、自由化による影響は小さいとみている。

欧州委によれば、従来の加盟国15カ国(EU15)で就労する2004年加盟の10カ国(EU10)(注2)からの労働者は、2010年時点で230万人と推定される(15カ国の人口の0.6%に相当)。多くはポーランド、リトアニア、スロヴァキアからの労働者で、主にイギリス、アイルランド、ドイツで就労しているという。

欧州委はこれまでの数度の分析(注3)に基づき、新規加盟国からの労働者は経済成長に寄与し、ヤミ労働を抑制する一方、受入国労働者の失業の増加や賃金水準の低下など、労働市場へのマイナスの影響はほとんど見られなかったとしている。さらに、2008年以降の不況期には、労働力需要の減少に連動して新規加盟国からの労働者の流入も減少、一部の移民労働者は帰国したとみられる。EU10からの移民の就業率は、受入国(EU15)やEU域外の労働者より高い(EU10の72.4%に対して、EU15が66%、EU域外が56%)が、不況の影響で失業率はここ2年の間に5ポイント上昇している(10.2%、EU15が8.7%)。一方の送り出し国側でも、失業率が減少するというメリットはあるものの、医療分野などでは技能労働者の流出のリスクが懸念されている。その多くは中程度の技能水準の労働者が占めるという(高度な専門技術者は少ない)。ただし、2000年代には高等教育の進学率が上昇して、流出分を補っているとみられるほか、一時的な就労が多い若者については、就労を通じてスキルを習得した上で帰国するというメリットもある。

将来的な影響はどうか。欧州委は、既に多くの国が新規加盟国に対する就労規制を廃止しており、移行期間の終了による大きな影響はないとするものの、これまで規制を維持してきたドイツとオーストリアについては、他の加盟国より大きな影響を被るとみている(海外労働情報2011年6月ドイツ記事参照)。なお、EU8からのドイツへの労働者の純流入数(流入数から流出数を除いたもの)に関するフリードリッヒ・エーベルト財団の試算によれば、2011―13年で年平均20万人、2015年までには年15万人に減少し、さらに2020年には10万人となり、近年のピークである06年度の35万人を大きく下回る見込みだという。なお、GDP成長率への寄与は最も移民労働者が多く流入した場合に1.16%増、一方で平均賃金は0.4%低下し、失業率は0.2%上昇すると予測している。(注4

なお、2007年にEUに加盟したブルガリアとルーマニア(EU2)については、引き続き2014年まで就労を規制することが認められるが、既に15の加盟国では、移行期間の終了に先立って就労規制を廃止している。残る10カ国では、規制内容は国によっても異なるが、就労許可証をベースとする制度が基本だ。ただし両国は、2期目の移行期間が終了する2011年中にはEU圏で国境管理を廃止して人の移動の自由を保障するシェンゲン協定(注5)への加盟を希望しており、欧州委も、各国は既にその条件を満たしているとの報告書を2011年初めにまとめたところだ。これに対して、ドイツやフランス、オランダなどは、EU域外に対する国境警備体制や国内の汚職・組織犯罪の状況などを理由に、時期尚早であるとして難色を示している。

ブルガリア・ルーマニアに対する就労規制
ベルギー 就労許可証:不足職種については手続きを5日以内に短縮。
ドイツ 就労許可証:大卒者、特定分野のエンジニア(航空、機械、電気、車両建造)は労働市場テストを免除。
アイルランド 就労許可証:他のEU加盟国で欠員を補充できない場合のみ発行。
フランス 就労許可証:150職種について発行手続きを簡素化。
イタリア 就労許可証:農業、ホテル・観光、家事労働、介護、建設、エンジニアリング、管理職および高度専門職、季節労働について免除。
ルクセンブルク 農業、ブドウ栽培、ホテル・飲食業、金融業に関する特定の資格を有する者について就労手続きを簡素化。
マルタ 就労許可証:資格及び/または熟練労働者の必要な仕事、不足職種についてのみ発行。
オランダ 就労許可証:国内や他のEU加盟国で人員を調達できない場合で、適切な労働条件と宿泊先を提供できる場合のみ発行。人手不足職種について一時的な免除あり。
イギリス 就労許可証:雇用主は就労許可証を、労働者は「認定労働者カード」(Accession worker card)をそれぞれ申請。未熟練労働者は割当制度を通じて農業・食品加工業でのみ就労可。専門技術者は、就労許可証の要件を満たすか、高度専門移民プログラムを通じてのみ就労可。
オーストリア 就労許可証:人材不足の65職種について労働市場テストを経て発行。

2007年1月1日(両国の加盟時点)から自由化している加盟国:
チェコ、エストニア、キプロス、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキア、スウェーデン

2009年1月1日(第1期終了時点)から自由化している加盟国:
デンマーク、ギリシャ、スペイン、ハンガリー、フィンランド

* この他、ドイツ・オーストリアについては特定の業種における海外派遣労働者の就労を制限。

出典:欧州委員会ウェブサイトリンク先を新しいウィンドウでひらく

域内の自由な移動に暗雲も

シェンゲン協定をめぐっては、北アフリカ諸国の政変を発端とする難民申請者の急増に伴い、域内の自由な移動の規制強化に向けた議論の高まりがみられる。イタリアやマルタなど地中海に面した加盟国は、従来から難民申請者や不法移民の流入に直面しているが、とりわけEUや他の加盟国からの支援の不足に以前から不満を表明していたイタリア政府は4月、数万人にのぼるチュニジアからの難民申請者に対し、6カ月間有効な「人道的」滞在許可証を発行、EU域内を無料で移動できる鉄道チケットを発行した。フランスの旧植民地であるチュニジアの移民の多くは、国境を越えてフランスへの入国を試みているという。しかし、実際には多くが経済難民とみられることから、フランス政府は国境での検問を実施してチュニジア人の入国を拒否、欧州委もこれを合法と認めた。現在、パリなどの都市圏では、チュニジア人の取り締まりも実施されているという。

フランスとイタリアは欧州委に対して、特殊な状況下における加盟国間での国境管理の復活を加盟国に認めるよう共同で要請、欧州委もこうした議論を受けて、大量の不法移民や難民申請者の流入に直面した国については、一時的に国境管理を実施することを認める方針案をまとめた。6月の欧州理事会で承認されれば、法改正が行なわれることになる。

さらに、近年の不況による各国の雇用状況の悪化などを背景に、一部の加盟国では強硬的な移民抑制策の導入に向けた動きが広がっている。例えば5月には、オランダ政府が「不相応に」社会保障給付を受給していることなどを理由に他のEU加盟国からの住民を国外に追い出すとの方針を表明、ポーランドの欧州議員が欧州委に抗議しているほか(注6)、デンマーク(注7)が、ドイツとスウェーデンの間で国境管理を再導入する方針を発表した。詳細は不明だが、家族呼び寄せなどを制限する内容と見られ、欧州委はデンマークのこの動きを強く批判、法的措置も辞さないとの姿勢を示している。

参考資料

関連情報