雇用審判所の有料化などで申し立ての抑制へ
―労使紛争処理制度の改革案

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2011年2月

政府は1月27日、労使紛争をめぐる手続きの改正に関するコンサルテーションを開始した。雇用審判所への申し立ての有料化による申し立ての抑制や、不当解雇申し立ての権利付与の時期を就業1年から2年に延長するなど、雇用主に配慮した内容を提案している。

コンサルテーション文書は制度改正の目的として、(1)職場における労使紛争を、雇用審判制度によらず当事者間で公正かつ迅速に解決することを図る、(2)雇用審判所への申し立てが必要な案件については、可能な限り速やかかつユーザーフレンドリーで、効果的な手続きを行う、(3)企業が自信を持って人を雇えるよう支援する――の3点を挙げている。不況の影響で、09年度の雇用審判所への申し立て件数は前年から56%増加、23万6100件と記録的な水準に達しており、解決にも想定より時間を要しているという。審理長期化と費用の増加は、当事者である企業や労働者、政府のそれぞれに負担となっていることから、申し立ての前段階での紛争の解決や、根拠の弱い申し立てに対策を講じることなどで制度の効率的運用を図るとともに、申し立て対応による費用増への雇用主の危惧を緩和して雇入れを促進するため、対策を要すると政府は主張している。改革案の主な内容は、以下のとおりだ。

  • 雇用審判所への申し立てに際して、勝訴した場合のみ返金する最高500ポンドの前払金を課する(注1)。
  • 全ての申し立ては、雇用審判所での審理に先立って助言・斡旋・仲裁局(ACAS)を経由させる。ACASは、1カ月を上限とする所定の斡旋サービスなどによる解決を図る。また、申し立ての内容による成否の可能性や賠償金額、審理に要する期間などの目安を労使双方に明示することにより、申し立てを行うか否かの判断材料を提供する。
  • 不当解雇の申し立ての権利を付与する時期について、現状は就業開始から1年としているが、これを2年に延長する(注2)。
  • 労働者の権利を侵害しているとして雇用主が敗訴した場合、5000ポンドを上限に、賠償金の50%相当の罰金を科す。
    このほか、申し立て内容に関するより詳細な情報の提供(例えば、賠償請求を含む申し立てについては、損失額の明示を義務付けるなど)の義務化や、和解提案の受け入れを促進する制度(注3)の導入、審理手続きの簡素化、賠償額や法定解雇手当の上減額の算定方法の見直しなどを検討するとしている(注4)。

一連の改革案について、経営側は概ね賛意を示している。多くの経営者団体は、現行制度が労働者側の権利保護に偏重しており、これが現在の申し立て件数の多さや根拠の弱い申し立ての増加につながっているとして、これまでも改革を求めていたところだ。

一方、労働組合側は、09年度の申し立て件数の増加のうち9割は、限られた数の雇用主に対する集団申し立ての増加(注5)によるもので、これを除けば申し立て件数は14%しか増加していないとして、制度乱用による増加との政府の主張は誤っていると指摘している。また、申し立てに前払い金を課す場合、万が一敗訴した場合にこれを失うことを恐れて、不当な扱いを受けた労働者が申し立てを控えたり、低賃金労働者に重い負担となってサービスが利用できなくなることを懸念している。イギリス労働組合会議(TUC)のバーバー書記長は、審判制度の制度改正は正義の実現に寄与する形で行われるべきであるとして、むしろ申し立て件数の削減には企業(特に小規模企業)における悪質な労務管理の慣行を矯正すべきであると主張している。

なお、政府は平行して、労組によるストライキ実施に係る手続きの厳格化を検討している(2010年12月記事参照)。歳出削減の影響が本格化する4月以降、公共部門を中心に労組による抗議行動が本格化するとみられるためだ。政府は、スト手続きの厳格化は「最後の手段」(モード内閣府担当国務相)であり、対話による解決を望んでいるとしつつも、歳出削減に反対する労組(及び労働党)は「経済停滞を招く勢力」(オズボーン財務相)であると批判、対決姿勢を崩していない。

一方の労組側では、大規模な公共部門労組がスト実施に積極論を唱えているものの、TUCや小規模労組の間には、国民の共感を得られない、あるいは低賃金労働者は賃金への影響からスト実施に賛同しにくいのではないか、といった消極論もある。このため、歳出削減で同様に打撃を被る非営利団体などとの連携が模索されているという。

TUCは、3月下旬に予定されている2011年度予算の発表に合わせて、ロンドンでの抗議デモを予定しており、100万人規模の動員に意欲を示している。

参考資料

参考

  • 1英ポンド(GBP)=130.63円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2011年1月27日現在)

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