支給開始年齢引き上げの前倒しなど実施へ
―年金法成立

カテゴリー:勤労者生活・意識

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  • 国別労働トピック:2011年11月

高齢化への対応等を目的とする年金制度改革を盛り込んだ2011年年金法が、11月3日に成立した。公的年金の支給開始年齢引き上げの前倒しのほか、2012年に導入予定の職域年金未加入者に対する自動加入制度に関する改正などが主な内容だ。

一方、政府が進めようとしている公共部門の年金制度改革をめぐっては、労働組合が強く反発しており、大規模なストライキの可能性が高まっている。

公的年金、2020年までに男女とも66歳支給へ

年金制度をめぐっては、社会保障予算の増大と高齢者の引退後の所得水準の低さが、長く政府の課題となってきた。前者については、保守党政権が1980~90年代にかけて、公的年金の財政改善を目的とした支給要件の厳格化(支給開始年齢の引き上げ、満額支給に要する加入期間の延長等)や私的年金へのシフトを誘導する施策等を実施した。一方、後者については、年金加入率の向上を目指した低~中所得層向けの年金制度や、最低限の所得水準を保障する給付制度の導入、加入期間要件の短縮などが前労働党政権によって図られたところだ。しかし、高齢者層の所得水準は依然として低く、また今後引退する層の貯蓄不足もしばしば指摘されている。

統計局によれば、職域年金(注1)加入者は減少が続いている。2010年の職域年金の現役世代加入者数は、1950年代以降で最低水準(830万人、うち公共部門530万人、民間部門300万人)に落ち込んでおり、その大半が民間部門の減によるものだ。例えば、2000~2010年の間に公共部門では現役加入者が90万人増加しているのに対して、民間部門では270万人減少している(注2)。また、雇用年金省が2010年に公表した調査報告書によれば、民間部門で年金制度を提供している企業の割合は、2007年の41%から2009年には28%に低下したと推計しており、年金制度を提供する企業自体の急速な減少がうかがえる(注3)。

今回成立した年金法にも、こうした課題への対応を企図した制度改正が盛り込まれている。その一つ、公的年金の支給開始年齢引き上げに関するスケジュールの見直しは、連立政権の政策協定に掲げられていた内容だ。前労働党政権が2007年に決定したスケジュールを6年早めて、2018~2020年の間に男女の年金支給開始年齢を66歳に引き上げる。これに伴い、女性の支給開始年齢の65歳への引き上げ(現在は60歳)も、従来予定されていた2020年から2018年へと早められる。政府は前倒しの理由について、07年時点とは人口構成や経済状況が変化したためと説明している(注4)。(※11/30追記

自動加入制度、2012年に導入

また新たな法律には、2012年10月に導入予定の自動加入制度に関する改正も盛り込まれている。

同制度は、低~中所得層を対象に職域年金相当の制度を提供する手段として、前労働党政権が導入を進めていた。22歳から年金支給開始年齢までで、規定の給与額を上回る全ての被用者について、雇用主は自社の年金制度(ただし政府の定める基準を満たすもの)か、公的な基金として設置された全国雇用貯蓄信託(National Employment Savings Trust-NEST)に加入させることを選択、これに係る使用者負担分を拠出することになる。そのうえで、対象者はそのまま加入するか適用除外を受けるかを選択する。現在は、従業員への職域年金の提供の有無は雇用主に一任されているが、同制度の導入以降は原則として全ての雇用主が、被用者の職域年金相当の年金加入に何らかの拠出を行なう義務が発生する。NESTの場合、拠出率は労使および政府の補助を合わせて加入者の給与の8%、うち3%以上は雇用主が拠出することとされており、企業年金に関する基準もこれに準ずる。ただし、対象企業や拠出率などは段階的に拡大する。まず、2012年の導入時には職域年金加入者を12万人以上抱える企業に制度が適用され、2014年4月以降は50人未満規模の企業に拡大、2016年9月までには全ての企業に適用される。また拠出率についても、2012年には労使でそれぞれ給与額の1%ずつ(計2%)、2016年には労使が2%ずつで政府による補助(実質的な税控除による)が1%(計5%)、最終的に2017年9月に労働者4%、使用者3%、政府が1%(計8%)となる。(※11/29追記

今回の改正内容は、適用対象となる給与水準の下限額の引き上げ(年間5035ポンドから同7475ポンドへ)、就業開始から3カ月の猶予期間を設けること、企業年金に関する審査基準の簡素化など、企業に配慮したもの(注5)。いずれも、政府の諮問に対して専門家が2010年10月に答申した内容を受けている。政府は、給与水準が制度の適用範囲にある1000万人前後の労働者うち、適用除外の選択者を除く400~900万人の加入を見込んでいる。ウェッブ年金担当大臣によれば、雇用主の拠出率が3%の場合、平均的な所得水準の層は退職までに約3万ポンド、退職後に年650ポンド程度所得が増加するという。

なお、雇用年金省が2009年に実施した調査によれば、雇用主の56%、労働者の64%が同制度の導入を支持しているという。ただし、小企業連盟(FSB)やイギリス商業会議所(BCC)などの経営者団体は、財政的な負担や雇用の足かせになるといった理由から、小規模企業や個人事業主に対する適用に反対している。また年金関係者からは、企業が自動加入制度の導入に対応するため、既存の企業年金や手当、賃上げなどを抑制する可能性が指摘されている(注6)。一方、イギリス労働組合会議(TUC)は、同制度の導入を最低賃金とならぶ歴史的な快挙と賞賛しているが、猶予期間の設定や適用基準となる給与額の引き上げには、特に女性パートタイム労働者が不利益を被る可能性があるとして懸念を示している。

公共部門の年金改革をめぐり大規模ストも

さらに、政府が現在進めようとしている公共部門の年金制度改革をめぐっては、公共部門労組との攻防が激しさを増している。政府は、現行制度が民間部門の企業年金に比して好条件であり、今後も赤字拡大が避けられないとして条件切り下げを主張。既に昨年10月の予算案において、支給額の改定方法の見直し(参照する物価上昇率を変更)(注7)や拠出額の引き上げなどを打ち出したところだ。

さらなる改革に向けた政府の諮問を受けて、専門家(注8)は2011年3月に答申をまとめた。公共部門労働者に提供されている年金制度の条件は決して厚遇とはいえないと前置きしつつも(注9)、制度維持に向けた改革案として、最終報酬型から平均給与型への給付額の算定基準の見直しや、公的年金に準拠した支給開始年齢の引き上げなどを提案する内容だ。政府はこれをうけてとりまとめた改革案を6月に公表したが、公共部門労組は事前の協議もなく一方的な内容であるとして激しく反発、6月末には教員組合を中心に数十万人規模のストライキが発生した。さらに11月末には、より広範な業種の公共部門労組がストライキを予定しており、参加者は200万人に達する可能性もあるという。政府は11月に入って、数度にわたり妥協案を提示しているが、現在のところスト回避には至っていない。

なお、ネット調査会社YouGovの世論調査(11月3~4日実施)によれば、回答者のおよそ5割が拠出額の引上げや給付額の平均給与型への変更に賛成(反対は3割強)、一方で支給開始年齢の引き上げについては賛否が拮抗している(賛成44%、反対45%)。また、ストライキの実施には31%が賛成、53%が反対している。

参考資料

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