スターンSEIU会長の辞任は労働運動の転機となるか?

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2010年5月

4月14日、アンドリュー・スターンSEIU(国際サービス従業員労働組合)会長が2012年までの任期を前に辞任を表明した。このニュースを全米メディアはトップニュースで伝え、ワシントン・ポスト紙は4月18日に長文のインタビュー記事「SEIU会長、辞意を表明」(SEIU President offers a look ahead before stepping down)を掲載した。日本ではほとんど報道されなかったものの、スターン会長が連邦政府に対して及ぼしていた影響力の大きさがその理由である。

大統領選挙と医療保険改革法

SEIUは2008年の大統領選挙に2800万ドル、議員選挙を含めれば総額8500万ドルを民主党に献金したほか、組合員がボランティアで選挙活動を行うなど、オバマ大統領の誕生を大きく支援した。オバマ大統領の自伝、「合衆国再生」(ダイヤモンド社2007年)によれば、SEIUとの関係は2004年3月の民主党上院議員予備選挙にさかのぼる。イリノイ州AFL・CIO(アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議)はオバマを候補から取り下げたが、SEIUはAFL・CIOとの足並みを乱してオバマを支持した。これに対して、「こういう組合には恩義を感じている」(p.126)との言葉を残している。

SEIUが進める医療保険制度改革とオバマ大統領が理想とする国民皆保険制度の方向性が近いことも両者を接近させた。アメリカの医療保険制度は公的部門、民間ともに事業主負担で民間保険に加入することを基本としている。公共制度がカバーするのは65歳以上の高齢者か低所得者に限られてきた。事業主が負担するかどうかは、事業主の意思に基づくか、もしくは労働組合がある場合は労使協定によって取り決められる。労働組合がない企業に雇用されている労働者の場合、個人で保険料を負担しなければならない。保険料が高額なため、所得が低い労働者は保険に未加入という状況になることも珍しくない。それだけではなく、加入することができる医療保険によって受けられる医療サービスの種類や質が異なるという特徴が医療保険における格差の問題を大きくしている。最新医療設備が整っているのは医療費が高額な私立病院だが、たとえ医療保険に加入することができたとしても掛金が低ければそのような病院での治療を受けることができないからだ。

このため、SEIUが目指したのは、事業主負担による制度を解体して国民全てが平等に享受できる医療保険制度の創設であり、これはオバマ大統領の理想とした国民皆保険制度と同様のものであった。スターン会長はオバマ大統領と就任後の最初の6カ月間で22回面会しているが、これは同一人物としては最大の数であり、そのほとんどが医療保険制度改革のためのロビー活動だったとされる。

3月23日、医療保険制度改革法案に大統領が署名したことで、企業負担の医療保険制度と低所得者向け医療保険制度メディケイドの狭間で無保険状態にいた3200万人が新たにカバーされることになった。しかし、事業主負担を基本とする枠組みを崩すことはできなかった。医療保険加入者の間の不平等はそのままにされたのである。

道半ばでの辞任

同様の問題は年金でも起きている。年金は医療保険と同様に事業主負担が基本となっている。公的年金制度も存在しているが、企業年金が上乗せされなければ生活は困難だ。企業年金の有無や水準も医療保険と同様に事業主の意思か労使協定が拠り所である。そのため、企業年金があるかないかだけでなくその水準によっても格差が生じている。しかも、公的年金、企業年金ともに積立不足が深刻な状況になってきている。スターン会長は年金においても事業主負担による制度の廃止を主張していた。

道半ばの施策は医療保険と年金にとどまらない。2005年、スターン会長はSEIUをAFL・CIOから離脱させ、新しいナショナルセンターCTWを発足させた。産業別労働組合組織の強化と組織率の上昇に資源を集中させることがAFL・CIOからの離脱の理由の1つだった。1996年に会長に就任して以降、スターン自身は組合員数を100万人近く伸ばしてそれ以前から倍増させている。

しかし、団体交渉に頼らず政治力を駆使して経営側から譲歩を引き出すことや、経営側と協力してロビー活動を行ったり、過度のトップダウン的手法をとったりしたことなどが批判されていたほか、路線の違いから第2のナショナルセンターCTW(勝利への変革連合)の主要産別労組が次々に離脱するなど行き詰まりもみられていた。スターン会長の言葉では、「長く権力の座にいすぎることは良くない」とのことだが、年金制度、医療保険制度、労働運動改革など道半ばでの辞任であったと言えよう。

転機はあるか

AFL・CIOトラムカ会長はスターン会長の辞任後のSEIUについて「AFL・CIO復帰に関心があるようだ」(ビジネスウィーク4月29日)と発言している。AFL・CIOとCTWの再統合が現実化するかどうは不明だが、CTWからはUNITE-HERE(繊維ホテル・レストラン労組)、レイバラーズ(建設労働組合)がAFL・CIOに復帰し、チームスターズ(全米トラック労組)が袂を分かつなど、主要産別労組は離れており、SEIUとCTWの動向が注目される。

スターン氏はペンシルバニア州政府職員労組に参加したことを皮切りに、29歳の時に史上最年少でSEIU役員に、1996年には46歳で会長に選出された。しかし、2002年には娘の病気を原因として労働運動から身を引こうとしたことがある。娘は低筋緊張を伴う先天性低血圧症を患っており、手術後に呼吸困難で死に直面したのだ。しかし、娘の命を救うことはできなくとも自分には貧困に喘ぐ労働者を救うことであれば何かができるかもしれないとの思いに辿り着き、労働運動と医療保険制度の改革に邁進してきた(注1)。その娘も6年前に他界したが、医療保険制度は不十分ながらもある程度の成果を達成することとなったと言えるだろう。オバマ大統領が就任した際には、労働長官の有力候補としても名前が取り沙汰されていた。今後の去就は不明だが、現在は大統領が設置した超党派の財政諮問会議メンバーに指名されている。

参考資料

  • バラク・オバマ著、棚橋志行訳(2007年)『合衆国再生』ダイヤモンド社
  • Katz, Harry C., Kochan, Thomas A. and Colvin, Alexander J.S. (2007) An Introduction to Collective Bargaining and Industrial Relations (Fourth Edition), McGraw-Hill, New York.
  • SEIU’s Stern Leaves Troubled Legacy, National Legal and Policy Center, Apr 26, 2010
  • SEIU president offers a look ahead before stepping down, The Wasington Post, Apr 18, 2010
  • SEIU’S STERN TO RESIGN, International Labor Communication Association, Apr 18, 2010
  • Service Employees Show ‘ Interst’ in Rejoining AFL, Trumka Says, Bloomberg Businessweek, Apr 29, 2010
  • The Andy Stern Show, The Wall Street Journal, Apr 27, 2010
  • The West Coast Upstart Taking Over The SEIU, Bloomberg Businessweek, Apr 29, 2010
  • Union election may signal shift in strategy, The Washington Times, Apr 30, 2010
  • Washington’s Power Brokers, Forbes, Apr 28, 2010

参考レート

  • 1米ドル (USD)=92.35円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2010年5月10日現在)

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