公共調達で協約遵守を義務づけ
―過半数の州で実施
欧州労使関係展望オンライン(EIRO)の11月23日付の記事によると、ドイツ全16州のうち10州で、公共調達時に受託業者に対して当該地域の最低賃金をはじめとする労働協約遵守を義務づけるか、もしくは義務づける予定であることが分かった。今秋行ったハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)の調査で判明したもので、この10州のうち5州がすでに実施、5州が実施を近く予定している。
主に最低賃金などの協約遵守を義務づけ
公共調達における協約遵守の義務づけ状況は表1の通り。実施状況は州によって少しずつ異なっている。公共調達を行う際に受託業者に対して協約遵守を義務づけているのは、ベルリン、ブレーメン、ハンブルグ、ニーダーザクセン、ザールランドの5州で、実施を近く予定しているのは、ブランデンブルグ、メクレンブルク・フォアポンメルン、ラインラント・プファルツ、テューリンゲン、ノルトライン・ヴェストファーレンの5州である。なおノルトライン・ヴェストファーレン州は、今年7月に社会民主党と緑の党による連立州政権が発足したばかりで、マニフェストに従って具体的な実施内容を策定中である。
表1の「労働者送り出し法(AEntG)の最低賃金の適用を受ける全ての業種」は計8業種(注1)あるが、その中で規模が最も大きいのは建設業である。労働者送り出し法は適用対象の労働者の国籍を問わないため、例えばドイツの建設現場で働く外国人労働者も協約の最低賃金かそれ以上の賃金が保障されることになる。
ハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)のトーステン・シュルテン(Thorsten Schulten)上級研究員によると、7.50ユーロ、あるいは8.50ユーロを一般最低賃金として規定している州では、それを下回る額で協約を締結している業種であっても、当該の州と公契約を締結する際に、事業者は労働者に対して7.50ユーロあるいは8.50ユーロ以上の時給を支払わなければならない。
州 | 労働者送り出し法(AEntG)で 協約が 適用される全ての業種 | 一般最低賃金 (時給) |
すでに実施 | ||
ベルリン | ○ | 7.50€ |
ブレーメン | ○ | 7.50€ |
ハンブルグ | ○ | × |
ニーダーザクセン | 建設業のみ | × |
ザールランド | ○ | × |
近く実施予定 | ||
ブランデンブルグ | ○ | 7.50€ |
メクレンブルク・フォアポンメルン | × (別途公共交通セクター対象の特別規定有) |
× |
ラインラント・プファルツ | ○ | 8.50€ |
テューリンゲン | ○ | × |
ノルトライン・ヴェストファーレン | 未定 | 未定 |
注: 労働者送り出し法(AEntG)は8業種ごと別個に協約が締結され、各業種で最低賃金は異なる。左欄はその適用業種ごとの協約遵守を義務づけているか否かを示している。右欄はそれとは別に、州で全産業を対象とした公共調達受託時の最低賃金設定がある場合、その金額を明示し、特に設定がない場合は×としている。
資料出所:ハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)
2008年リュフェルト判決の影響
ドイツでは以前からいくつかの州で、公共調達を行う際に協約遵守宣言をした事業者のみを受託者とする規定があった。協約遵守宣言とは、事業者や下請業者が労働者に対して当該地域や産業で適用されている協約賃金を支払う旨の意思表示を行うことである。
しかしこうした公共調達制度の規定実施に関して、数年前に複数の事例で合憲性が問われた結果、短期間に異なる司法判断が出された。これにより一時期混乱が起き、中でもニーダーザクセン州が公共調達法で定めた協約遵守規定に違反したとして業者との委託契約を解除した事例(注2)では、「EC海外派遣指令96/71(注3)およびEC条約第49条(注4)」に違反するとの判決(リュフェルト判決、2008年4月3日)を欧州司法裁判所が出した結果、その後計10州で規定の実施とりやめや、計画の見送りなどが行われた。
こうした経緯を踏まえて、今回の調査であげられた州は、上記2008年の判決で示された基準に従って公共調達を実施しているか、実施をする予定である。
背景に賃金ダンピングの懸念
公共調達を実施する際の発注業者への協約遵守の義務づけが復活してきた背景には、来年5月から東欧諸国の労働者が特別な許可なしにドイツを含むEU諸国で働くことが可能になるという事情がある。ドイツでは全産業に適用される法定最低賃金制度がないため、このように国境を越えて国内の労働市場に参入が予想される外国人労働者の賃金ダンピングに対する懸念が増している。そのため、労働組合、一部の使用者団体、または一部の地方自治体で、労働協約適用の安定化を進めて賃金ダンピングを阻止しようとする動きが活発になっている。
注
- 労働者送り出し法(国境を越える役務供給における強制的労働条件に関する法律)は、もともと建設事業のためにドイツに派遣されてくる外国人労働者に対する賃金ダンピングの防止を目的として、EC海外派遣指令96/71の国内実施法として1996年に制定された。現在この法のもとで最低賃金が定められているのは、(1)建設業・建設関連(電気・塗装・解体・清掃)業、(2)郵便サービス業、(3)介護サービス業、(4)保安・警備業、(5)ゴミ収集・処理業、(6)社会法典第2編および第3編に基づく失業者の継続訓練業、(7)業務用クリーニング業、(8)鉱山特殊業の8業種である。
- ニーダーザクセン州の公共調達法では、1 万ユーロ以上の公共調達契約について、公共事業の受託者に対し書面によって協約遵守宣言を行うことを義務づけており、違反事業者を解約対象としていた。同州は、入札でオブイェクト&バオレギー社に建設事業を委託したが、同社の下請けだったポーランド企業(PKZ社)がポーランド人労働者を、協約賃金を下回る賃金で雇用していたため、協約遵守義務違反を理由に委託を解約したという事例。
- EC海外派遣指令96/71は国境を越えたサービス提供の枠組みにおける労働者の海外派遣に関する指令で、高賃金国が低賃金国の労働者を出身国の賃金水準で働かせることによる賃金ダンピングの防止を目的としている。
- EC条約第49条は「サービスの自由移動」を定めた条文。リュフェルト裁判では、EU加盟国外に本拠地を有する下請業者についても拘束力を付する公共調達法が、EC指令96/71に違反するか否かが争点となったが、このEC指令 96/71はEC条約第49条のサービスの自由移動を認めていることを前提として「公共事業の委託発注について地域の局地的労働協約の遵守を義務づける措置は、低賃金国を本拠地とするサービス提供者に対し追加的な経済負担を課すもので、派遣先加盟国におけるサービス提供の自由を妨げる可能性があり、EC条約第49条(サービスの自由移動)の制限に該当する」との判断を下した。
参考資料
- EIRO(European Industrial Relations Observatory)(2008年5月29日付、2010年11月23日付ドイツ記事)
- 海外労働情報2008年6月「最低賃金の論争、一段と加速―欧州司法裁判所判決の波紋広がる―」
- 海外労働情報2009年12月「特殊法定最低賃金、新たに三業種で発効」
- 根本到「ドイツにおける最低賃金規制の内容と議論状況(PDF:346KB)」日本労働研究雑誌(2009年12月)
- JILPT資料シリーズNo.63(2009年)「欧米諸国における最低賃金制度Ⅱ-ドイツ・ベルギー・アメリカの動向-」(戎居皆和、 第1章ドイツ執筆部分)労働政策研究・研修機構
参考
- 1ユーロ(EUR)=111.73円(※みずほ銀行ホームページ2010年11月26日現在)
2010年12月 ドイツの記事一覧
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