景気回復期の政策対応と今後の見通しに関する議論

カテゴリー:雇用・失業問題非正規雇用統計

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  • 国別労働トピック:2010年12月

欧州委員会は11月25日、雇用に関する年次報告書「2010年 欧州の雇用」を公表した。不況の労働市場への影響は比較的軽度にとどまったが、その大きな要因は各国で実施された短時間就業支援や賃金補助などの施策にあると評価しつつ、構造的な問題の改善のためには、各国の状況に応じた段階的な終了が肝要であると指摘。また、不況の影響をとりわけ被った若者やテンポラリー労働者と、相対的に保護の厚い正規労働者の間の分断を懸念し、その解消に向けた方策の必要性を強調している。

不況対策の段階的終了、非正規・正規間の分断の解消を提言

報告書は、近年の労働市場の状況を以下のとおり分析している――。2008年秋頃から始まった戦後最大の不況により、09年にはGDPが4.2%縮小、就業率は1.8%減少し、労働力人口の約1割にあたる2300万人が現在失業状態にある。男性、若年層、移民労働者、単純労働者、短期契約の労働者において影響が特に著しく、従来から弱い立場にあるこうした層に追い打ちをかけて、労働市場からの離脱や長期失業のリスクを高めている。09年後半以降、域内の景気は緩やかな回復に転じており、労働市場にも2010年後半になって改善の兆しが見られるものの、未だ確実な回復とは言えない状況にある。

厳しい景気後退の雇用への影響は、アメリカなど他の地域に比して軽度にとどまったが、これは加盟各国が実施した短時間就業や賃金助成、賃金以外の費用の軽減(典型的には社会保険料の免除)などの雇用維持のための施策に因るところが大きい。不況期の初期には短時間就業がとりわけ雇用維持の効果を発揮し、続く景気回復期には、新規採用に対する一時的な賃金助成が、後に産業が復調した際の雇用創出を加速させたとみられる。ただし、こうした施策を長期間維持すれば、必要な事業の再編を遅らせ、企業には人員過多を、労働者にはスキル向上のインセンティブの喪失をもたらしかねない。複数の加盟国では、需要拡大と社会的包摂の観点から、失業給付の支給条件を緩和するなど直接的な所得移転の施策も実施されたが、これも労働供給を妨げる可能性がある。各国の状況や制約を考慮しながら、こうした施策を段階的に終了させる必要がある。現に多くの加盟国は、景気回復の見通しが強まるとともに、一連の施策を2010年の終わりから2011年はじめには終了させるとしている。

並行して、構造的な問題の対応策を順次導入することが肝要だ。構造的な失業の低減、就業率の向上、能力開発、また若年者や高齢者、女性、移民、障害者といった層に対する社会統合に向けた支援の実施などがこれにあたる。また、不況により、今後EUが目指すべき知的・維持可能かつ包摂的な経済に向けた労働力の転換のための能力開発が先延ばしになっており、在職者・失業者の訓練を通じた新たなスキルの習得を促進する必要がある。

さらに、今回の不況の影響はテンポラリー労働者、特に若年層に過度に集中したが、理由の一端は、各国においてここ数十年の間に実施された雇用保護法制の改革が、労働市場の分断もしくは二極化を助長した点にあるとみられる。この間、テンポラリー雇用については規制緩和が行われ、就業者数が増加したが、パーマネント雇用については厳格な解雇規制が維持された。結果として、安定雇用と良質なキャリアや賃金の見込みのあるパーマネント雇用者の労働市場と、不安定だがそこから抜け出すことの難しいテンポラリー労働者の労働市場の分断を招いた(顕著な例はスペイン)。

複数の国で、テンポラリー契約は採用の多くを占めており、また若年層ではテンポラリー労働者が全体の4割にのぼる(全体平均では13%)ことから、労働市場の二層化は少なくとも初期的な効果として雇用を増加させている可能性がある。ただし、有期契約から期間の定めのない契約への移行はむしろ減少傾向にあり、企業はパーマネント労働者を解雇するコストの回避のために、テンポラリー労働者を利用しているとみられる。つまり、テンポラリー労働は将来パーマネントとして雇用するための労働者の選抜(スクリーニング)よりも、バッファとして用いられている傾向にある。

雇用増への寄与はみられるものの、テンポラリー雇用は景気循環の影響を受けやすく、与えられる訓練機会も乏しく、かつ不安定な状態から解放されにくい。こうした労働市場の分断から脱却し、パーマネント・テンポラリー間の規制の非対称性を解消する一つの方策として、期間の定めはないが、雇用保護の権利は段階的に付与する「単一契約」(single contract)が、一部のエコノミストにより提唱されている。

各加盟国の失業率と若年失業率

図1

注:ギリシャ、リトアニア、ルーマニア、イギリスについては、全体の失業率は10年6月時点、若年失業率は8月時点のもの

出典:Eurostat News Release "October 2010 - Euro area unemployment rate at 10.1% - EU27 at 9.6%" 180/2010 - 30 November 2010

各国の歳出削減策で回復に遅れも

欧州委員会が11月に公表した景気予測に関するレポートによれば、EUの景気回復はこれまでのところ、想定されたより早いペースで進んでいるという。国によっても回復の度合いは異なるが、今年上半期のドイツなどでの輸出の好調が大きく寄与した結果だ。一方、雇用状況も緩やかに改善しつつはあるが、依然として高い失業率が続いており、雇用なき回復が懸念されている。さらに2011年半ば以降、加盟各国が相次いで発表している歳出削減策(表参照)が、短期的な成長の減速につながると欧州委員会は見ている。財政破綻回避に向けたIMFとEUからの財政支援の条件として、大幅な歳出削減が課されているギリシャやアイルランドに加え、不況対策などで多額の累積債務を抱える他の多くの加盟国も、今後数年の間にそれぞれ数百億ユーロの歳出削減を実施するとしている。これらの多くに共通するのは、公共部門労働者の賃金の切り下げや年金支給開始年齢の引き上げだ。また例えばスペインでは、歳出削減策と平行して、短時間就業の奨励や解雇手当の削減などの労働市場改革を実施する意向を政府が示している。こうした施策に対して、公共部門労組などが反発を強めており、全国規模のストライキや大規模なデモが各国で相次いでいる。

EU加盟国の財政赤字と累積債務(2009年、%)

図2

出典:Eurostat News Release "Provision of deficit and debt data for 2009 - Second notification - Euro area and EU27 government deficit at 6.3% and 6.8% of GDP respectively - Government debt at 79.2% and 74.0%", 170/2010 - 15 November 2010

参考:'EU austerity drive country by country' 25 November 2010, BBCウェブサイトほか

参考資料

参考レート

  • 1ユーロ(EUR)=108.74円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2010年12月1日現在)

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