従業員自由選択法案、審議が本格化

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  • 国別労働トピック:2009年6月

職場の労働組合の結成を容易にすることを目的とする「従業員自由選択法(注1)」案。今年3月10日に上下院に提出され、5月に入って審議が本格化しつつある。ただ、上院の民主党議員の中にも反対あるいは慎重な姿勢の議員が8名おり、可決に必要な60票には達していない。必要票を集めるためには法案を修正し妥協案を模索する必要があるのが実情である。

法案提出の背景

アメリカで労働組合を結成するためには、現行の全国労働関係法(NLRA(注2))に基づき、全国労働関係局(NLRB(注3))の監督下で無記名投票による選挙を行った上で、従業員の過半数の信任を得る必要がある。この制度の下では、あらかじめ投票日を設定する必要があり、組織化が困難な要因とされている。というのは、選挙実施までに数週間程度かかる場合が多く、その間に使用者側が従業員に対して労組の結成が不利益につながることを説明し、組織化に賛成しないように説得したり、労組結成に積極的な従業員を解雇したり、組合に加入したいと意思表示した従業員を脅迫したりといった行為が横行しているからだという。

今回提出されている法案では、投票の代わりに、従業員が組合加入の意思を示すカードへ署名し、これを集めて過半数に達したら、労働組合が成立し団体交渉権を承認するというものである。カードへの署名を集めることは、会社に秘密裡に進めることができ、労働組合を結成しやすくなると言われている。

法案の概要

審議が予定されている法案の主旨は以下のとおりである。

  1. 全国労働関係法が定める組合結成のために必要な要件を改正し、過半数の労働者がカードにサインしたことが確認できたという条件で、NLRBが組合を労働者代表として認証する。ただし、組合側の選択肢として、30%の労働者がサインした時点で、NLRBの監督下で無記名選挙を行うことも可能である。
  2. 労使双方が90日以内の最初の労働協約交渉で合意に至らなかった場合、連邦調停局(注4)に判断を委ねることが可能である。もし、連邦調停局による判断でも30日以内に両者が合意に至らなければ、労使間の紛争は仲裁(arbitration)にゆだねられることになる。
  3. 組織化キャンペーン期間、あるいはその後の組合結成に至るまでの期間に組合結成活動に参加したことを理由として、使用者が当該の従業員の賃金を不当に不払いにしたり、その他の差別的扱いなどがあれば、未払い賃金の3倍を支払わなければならないという条項が用意されている。
    また、使用者が組織化キャンペーン期間中、その後の組合結成に至るまでの期間に、従業員の権利を故意に、または、繰り返し侵害すれば、違反1件当たり2万ドル以下の行政罰が課される。

賛否両論

オバマ大統領は選挙活動中からこの法案に支持を表明していたものの、就任後は明確な形では姿勢を示していなかったが、5月14日になって法案への支持を表明した。下院のナンシー・ペロシ議長(カリフォルニア州選出・民主党)も支持を表明し、「アメリカにおいて労働組合に加入したいという意思のある者は何人も、組合員になれるようにすべきである。われわれが自分の意思を貫き通せばきっと実現するだろう」と述べた。

この法案の急先鋒であるトム・ハーキン上院議員(アイオワ州選出・民主党)は、5月19日、審議日程に関する具体的な考えを示し、6月中には本格的な審議に入りたいとしている。ハーキン議員は、通常の手続きに従えば、上院の保健・教育・労働・年金委員会に提出して審議することになるが、反対派との間の折衷案を作成し、本会議に直接かけることも検討しているとつけ加えた。

法案賛成派は現行の労働関係法の下において、従業員は日常的に嫌がらせや介入を受け、また労組を結成しようとする従業員の不当解雇などが行われており、同法案は労働者の労働条件や収入の向上につながるとしている。市民権のリーダーシップ会議のヘンダーソン会長は、アフリカ系アメリカ人に関する調査結果を例に挙げて、組合加入従業員の収入は非加入従業員に比べて28%高く、健康保険加入率では16%高いと主張している。

一方、法案に反対する全米商業会議所は5月14日、3100以上の企業が反対に署名した書簡を提出した。また、全米商業会議所の職場の自由イニシアティブ本部のグレン・スペンサー本部長は、法案審議を急ぐハーキン議員に対して、同氏の考える審議日程は余りにも楽観的すぎるという見解を示した。通常の委員会での手続きを割愛するような場合、法案が可決する可能性がなくなるだろうとした上で、多くの民主党議員も同じように考えているだろうとつけ加えた。さらに、全国製造業者協会のジョン・エングラー会長兼CEOは、この法律が成立することによって、規模を問わず企業にとって重荷となり、仕事と職場は崩壊していくだろうとしている。

1970年代にNLRBの委員長を務めたパーフィ氏は、労組組織率が過去20年間に劇的に低下したのは経済システムが大きく転換したからであり、労働組合結成をしやすくする法案が求められているわけではないという見解を示している。また、同じくNLRBの委員を務めたアービング氏は、経済が危機的状況下において労使の対立をあおるような法案が成立することを懸念すると主張する。

反対あるいは慎重な姿勢の民主党議員の1人であるカーパー上院議員(デラウエア州選出・民主党)は、カード署名の条項に対して反対している。カードによるチェックは従業員の真の意思なのか信頼性がないため、無記名の選挙の方が公正な判断ができるという考えをもっているためである。一方でカーパー上院議員は組合結成に携わる従業員の解雇など使用者による不法行為に対する厳罰化には積極的な意見をもっている。

オバマ大統領は、上院で法案可決に十分な票が確保できていないことを踏まえて、「法案の根本にあるアイディアを保持するために歩み寄りが必要だ」と強調している。

参考資料

  • ”Daily Labor Report”, Bureau of National Affairs, March 11, April 4, 6, 29, May 4, 7, 15, 20
  • 中窪裕也(1995)『アメリカ労働法』弘文堂

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