加盟国間の建設労働者の派遣めぐり労使紛争

カテゴリー:外国人労働者労使関係

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  • 国別労働トピック:2009年3月

大規模な建設事業をめぐり、他のEU加盟国からの進出企業が母国などから外国人労働者を呼び寄せて、イギリス人労働者の雇用機会を奪っているとの不満が建設業労働者の間で噴出し、労使紛争に発展した。1月末から約一週間にわたり、全国20カ所以上の精油所や発電所などで数千人が非公認ストや同情ストなどに参加したとみられる。発端となったイギリス中東部の精油所では、政府機関の介入を経て労使合意が成立したものの、不況により多くの産業で雇用が落ち込む中、国内の雇用機会をめぐる摩擦は今後も続きそうだ。

労組側はイギリス人労働者に対する差別を主張

一連の紛争の起点となったのは、フランスの石油大手トータル社が所有するイギリス中東部のリンゼイ精油所だ。2006年から設備拡張工事を請け負っていたアメリカのジェイコブズ・エンジニアリング社は、工事の一部をイギリスのショウ・グループ社に委託していたが、当初の工期から大幅な遅れが出たことから、機械関係および配管工事などショウ・グループ社への委託業務の相当部分を新たな企業に移管するため、入札を実施した。しかし、ショウ・グループ社の労働者が全てイギリス人だったのに対して、落札したイタリアのIREM社は、事業実施に要するおよそ400人の労働力を、現地労働者ではなくイタリアとポルトガルからの労働者で充てる予定であることが明らかとなった。

IREM社は、建設業使用者団体と労働組合による「全国建設産業協定」(注1)の規定に基づいて労働条件や処遇を設定しており、廉価な労働力の調達が外国人労働者を雇用する理由ではないと主張した。また、海外から呼び寄せる労働者は、重点的に必要となる専門技術を有する自社の正規労働者であり、イギリス人労働者を雇う場合にはこれらの正規労働者の解雇が必要となること、イギリス人労働者を雇用しても、有する技術に応じた仕事を提供することができないなどと説明した。元請け企業であるトータル社も、リンゼイ製油所で現在雇用されている労働者のほとんどはやはりイギリス人であり、今後も必要に応じてイギリス人技術者を随時雇用するとの方針を示し、労組側の説得をはかった。

しかし、ショウ・グループ社の労働者を組織する労働組合であるGMBとUniteは、同等の技術を有するイギリス人労働者が雇用から排除され、差別されているとして企業の違法性を主張、イギリス人労働者を雇用するよう要求した。また、イタリア・ポルトガル人労働者のシフトや休憩時間、作業前の準備時間などが「全国協定」の定める基準に適っておらず、応札した他の(多くはイギリスの)企業との間の競争が不公正である可能性を指摘。さらに、IREM側が主張する全国協定水準の賃金支払いについても、実際に行われているかは不透明であると主張した。イギリス人労働者への職の提供を中心に、数週間続いたとされる労使の交渉は行き詰まり、これをうけてリンゼイ精油所の労働者は1月28日、非公認ストの実施に踏み切った。

リンゼイ精油所でのストに呼応して、建設労働者の同情ストやデモが、全国の精油所や発電所などで発生した。これには、既に昨年から、進出企業による同様の事例(注2)をめぐって労使間の摩擦が生じ、イギリス人労働者の雇用を求めるデモなどが発生するなど、建設労働者の間で不満が高まっていたことが大きい。リンゼイ製油所の8日間にわたる紛争の間、同情ストは全国で22カ所に飛び火し、参加した労働者は数千人にのぼったとみられる。イギリスでは非公認ストも同情ストも違法であるため、GMBもUniteもストに関する表立った支持は控え、これらのストはあくまで「自然発生的」なものであると説明した。

またUniteやTUCは、一連のストは外国人労働者の排斥が目的ではなく、あくまでイギリス人労働者に平等な雇用機会を与えることを求めるものであることを強調する声明を発表、イタリア人労働者が解雇されないことを要求のひとつに掲げた。スト参加者は、ブラウン首相の一昨年の発言である「イギリスの仕事をイギリス人に」(British Jobs for British Workers)というスローガンを掲げていたが、この発言は、外国人排斥を助長しかねないうえ、イギリス人への優先的な雇用機会の提供はEU法が定める域内労働者の平等に反するため実現不可能であるとして、野党などから強い批判を浴びた経緯がある。実際、一連のストに対して極右政党が積極的な支持を表明し、一連のストを外国人排斥に誘導しようとする動きがみられたという。

イギリス人労働者に平等な機会を与えよ、との労組側の主張に理解を示す一部の労働党議員は、政府に対策を講じるよう要請した。しかしブラウン首相は、国内労働者の雇用への不安には理解を示したものの、労使間の対話を通じて問題の解決をはかるべきであるとして違法ストを批判、自らの発言については、保護主義的な意味合いではなく、あくまで技能水準を高めて就業に結び付けたいとする従来の説明を繰り返すにとどまった。また、労使関係を所管するビジネス・企業・規制改革相は、外国人労働者を呼び寄せるという企業の選択は法律に違反しておらず、加盟国の労働者の自由な移動を保障することは国外で働くイギリス人とっても重要であるとして、制度的な対応を求める意見を批判した(注3)。ストに対する批判や懸念の声は、イタリア・ポルトガル両国の外相や欧州委員会、さらにはイタリアの労組(CGIL)など国外からも聞かれた。

政府の指示により、紛争発生と同時にACAS(助言斡旋仲裁局)が斡旋を実施、当座の調達予定とみられる200人近くの雇用のうち、100人分をイギリス人労働者に割り当て、またイタリア人労働者も解雇しないとの内容で、労使は合意に至った(注3)。ACASは本件に関する調査レポートを公表、紛争に関する状況をおよそ次のようにまとめている。(1)企業側の外国人労働者の採用・使用については違法性を裏付ける証拠はなく、労働条件等も「全国協定」に準拠することを確約している(2)EU法と、全国レベル及び業種等レベルの労使協約の間の関係の複雑さが今回の混乱の原因となっており、これを調整する必要がある(3)企業間競争の公正性の確保には、入札や事業実施に対する「全国協定」の監査機能の強化が一助となるのではないか――など。

将来の雇用流出や労働条件切り下げへの懸念も

ストの進展に伴って、改めてクローズアップされたのは、進出企業に母国からの労働者の派遣を認める海外派遣指令(注4)の存在だ。域内の企業には、欧州共同体設立条約(EC条約)によって他の加盟国でのサービス提供の自由が認められており、海外派遣指令は、これに伴う他国への一時的な労働者の送り出しに際して、受け入れ国が法律や労使協約などを通じて設定している労働時間や賃金、安全衛生などの基準の順守を義務付けている。ただし、労使協約が基準とみなされるためには、全国レベルの労使によって締結され、全国一律に適用される協約や、対象となる地域や職種・業種に属する全ての企業を対象とすることを宣言する仕組みを通じた協約であることを要する。このため、企業ごとの労使協約などに賃金水準等の設定を委ねている加盟国では、こうした協約に基づく基準を進出企業および派遣された労働者に課すことの当否が裁判で争われるなど、EUレベルでも数年にわたり議論がなされているところだ。これについて、欧州司法裁判所は07年、企業のサービス提供の自由を阻害するとして、これを基準とは認めないとの判断を示したが(注5)、欧州議会やETUCはこの判断に異議を唱えており、個別的な労使協約を基準として認める指令の改正を求めている(注6)。欧州委員会は、当面は指令改正の必要はないとしたうえで、欧州裁の判決の各国への影響を検討するためのプロジェクトを立ち上げる意向を示している。

イギリスには、全国レベルで協約の効力を確保する制度はなく、今回のケースでこれに近い位置づけにある「全国協定」も、建設業企業全般に適用されるものではない。このため、賃金水準については、適用される基準は全国最低賃金のみとなる。労働組合や労働党議員の間には、進出企業による外国人労働者の派遣で国内労働者の雇用機会が圧迫されることと同時に、現時点では「全国協定」に準拠した賃金や労働条件の設定に合意しても、先々には合法的に賃金などの切り下げが可能であることから、国内の労働条件の低下につながりかねないとの懸念があるという。

Uniteは、国内の発電所の6割について、数年内に老朽化による設備更新が必要になるとみており、進出企業による外国人派遣のさらなる増加を危惧している。今後、国内の雇用状況はますます悪化する見通しが強く、国内の雇用機会をイギリス人労働者に確保せよとの政府に対する圧力はさらに高まるとみられる。

参考

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