ルーマニア・ブルガリアからの移民規制見直し
EUへの新規加盟から2年を経て、ルーマニアとブルガリアに対する人の移動の制限の見直しが行われ、新たにスペインやポルトガルなど4カ国がこの1月から受け入れ規制の廃止に踏み切った。既に両国に門戸を開放しているのは、フィンランドやスウェーデンなど10カ国で、新たに加わった4カ国のほか、5月にはデンマークも自由化を予定している。一方、旧加盟国を中心とする他の国々は、最近の景気後退に伴う雇用状況の悪化などから、受け入れ規制の維持を決めている。
スペイン、ポルトガルなど4カ国が規制廃止
EUは新規加盟国からの移民の受け入れについて、猶予期間として基本的に5年、最長で7年(受け入れによる深刻な影響やその可能性が認められる場合)の規制を既存の加盟国に認め、当該国の新規加盟から2年後と5年後に見直しを求めている。07年1月に加盟したルーマニアとブルガリア(A2)に対しては、スウェーデンやフィンランドのほか、04年加盟国のうち8カ国(ハンガリーとマルタを除く)の計10カ国が当初から受け入れを自由化する一方、旧加盟国を中心とする15カ国は、技術・資格水準や業種制限などによる規制を維持してきた(注1)。
加盟から2年後の規制見直し時期にあたる09年1月、新たにスペイン、ポルトガル、ギリシャ、ハンガリーの4カ国が受け入れ規制を撤廃した。さらにデンマークも、やはりこの5月に加盟から5年が経つポーランド、チェコなどのA8諸国(04年加盟の東欧諸国)に対する規制廃止に併せて、ルーマニアとブルガリアも同等の扱いとする見込みだ。
両国からの移民の影響に関して、欧州委員会が11月にとりまとめたレポート(注2)によれば、07年時点で他の加盟国に居住するEU市民(15~64歳で、居住期間が4年以下の者)1088万人のうち、ルーマニアからの移民は19%とポーランドの25%に次いで比率が高く(注3)、ブルガリアからの移民も4%を占めている。A8諸国からの移民が、製造業を中心に建設業や卸売・小売業、宿泊・飲食店業などに多く従事しているのに対して、A2からの移民については建設業が約3割、家庭内サービス(private households―家政婦など)従事者が約2割を占め、低熟練労働者の比率が高い。それぞれ6割近くがスペインに居住しているほか、イタリア(主にルーマニア移民)やドイツ(ブルガリア移民)などに多い。他の加盟国への移民流入は、既に07年以前から始まっており、特にスペインとイタリアでは、不法移民も急速に増加しているといわれる。
好景気による建設業の活況で、EU内外から多くの労働者を受け入れてきたスペインは、既に07年の規制導入時点で、2年間の限定措置とすることを決めていた。現地メディアによれば、スペイン政府は今回の受け入れ規制廃止の意図について、不法労働者の劣悪な労働条件の改善を目的の一つに挙げている(注4)。また、昨年中の急速な景気後退による雇用状況の著しい悪化の影響で、両国からの移民の居住者数は大きく減少しているという。今後の経済成長を考慮すれば、両国からの移民労働者はさほど増加しないとスペイン政府はみている。
一方、早くから受け入れ自由化に踏み切ったスウェーデンやフィンランドへの移民は、必ずしも増加していないという。欧州委員会レポートはこの理由について、受け入れ規制の有無以外にも、言語の問題や既存の同国人コミュニティの有無などが移民の流入の多寡に影響していると分析している。
景気悪化で旧加盟国は規制維持
欧州委員会は、域内の人の移動の自由化をEU市民としての基本権の保障と位置付けるとともに、労働市場の柔軟化・効率化を通じた労働力不足への対応や雇用状況の改善などの効果を期待しており、今回の4カ国の受け入れ自由化を歓迎している。先のレポートは、両国からの移民流出がすでに一段落しつつあることに加えて、受け入れ国における雇用の圧迫や賃金低下などの悪影響もこれまでほとんど観察されておらず、むしろ人手不足の部門への労働供給を通じて経済成長に貢献してきたとして、自由化の利益を強調、その一層の促進を提言している。さらに、2009年前半の議長国であるチェコも、不況に直面するEU経済の競争力強化を任期中の重要課題の一つとして掲げ、その一環として域内の人の移動の自由化を推し進めたいとの意向を表明している(注5)。
しかし、今回A2に対する受け入れ規制の継続を決めた旧加盟国の多くは、むしろ景気低迷による国内の雇用状況の悪化を主な理由に挙げており、景気の先行きについて悲観的な観測が目立つ中、労働市場の開放に関する合意をこれらの国から取り付けるのは難しいとみられる。特に、ベルギー、ドイツ、オーストリア、デンマークの4カ国は1月現在、A8諸国と07年加盟国の双方に対して受け入れ規制を維持している。A8諸国に対する受け入れ規制は今年5月に見直し時期を迎えるが、既に規制廃止の意向を明らかにしているデンマークを除いて、規制維持の是非に関する方針は今のところ不明だ。
欧州統計局が1月に公表した11月期の失業率は、EU27カ国平均が7.2%(前月から0.1ポイント増)、旧加盟国の15カ国平均が7.8%(同0.1ポイント増)、前年同期比ではそれぞれ0.3ポイントと0.6ポイントの増となった。特に雇用状況の悪化が顕著なのは、スペインの13.4%(前年同期比で4.8ポイント増)、ラトヴィアの9.0%(同3.6ポイント増)、リトアニアの7.0%(同2.8ポイント増)など。
対04年加盟国 | 対07年加盟国 | ||
旧加盟国 | ベルギー | 規制(手続き簡易化) | 規制(手続き簡易化) |
デンマーク | 規制(手続き簡易化) | 規制(手続き簡易化) | |
ドイツ | 規制(手続き簡易化)*1 | 規制(手続き簡易化)*1 | |
アイルランド | 自由化(04年5月~) | 規制 | |
ギリシャ | 自由化(06年5月~) | 規制 →自由化(09年1月~) |
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スペイン | 自由化(06年5月~) | 規制 →自由化(09年1月~) |
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フランス | 自由化(08年7月~) | 規制(手続き簡易化) | |
イタリア | 自由化(06年7月~) | 規制(手続き簡易化) | |
ルクセンブルク | 自由化(07年11月~) | 規制(手続き簡易化) | |
オランダ | 自由化(07年5月~) | 規制→規制(手続き簡易化) | |
オーストリア | 規制(手続き簡易化)*1 | 規制(手続き簡易化)*1 | |
ポルトガル | 自由化(06年5月~) | 規制 →自由化(09年1月~) |
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フィンランド | 自由化(06年5月~) | 自由化(07年1月~) 労働者登録制度あり |
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スウェーデン | 自由化(04年5月~) | 自由化(07年1月~) | |
イギリス | 自由化(04年5月~) 労働者登録制度あり |
規制 | |
04年 加盟国 |
チェコ | 自由化(07年1月~) | |
キプロス | ― | 自由化(07年1月~) 労働者登録制度あり |
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エストニア | 自由化(07年1月~) | ||
ラトヴィア | 自由化(07年1月~) | ||
リトアニア | 自由化(07年1月~) | ||
ハンガリー | 規制国への対抗措置*2 →廃止(09年1月) |
規制(手続き簡易化) →自由化(09年1月~) |
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マルタ | ― | 規制 | |
ポーランド | 規制国への対抗措置*2 →廃止(07年1月) |
自由化(07年1月~) | |
スロヴェニア | 規制国への対抗措置*2 →廃止(06年5月) |
自由化(07年1月~) 労働者登録制度あり |
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スロヴァキア | 自由化(07年1月~) | ||
07年 加盟国 |
ブルガリア | ||
ルーマニア |
*1 労働者の派遣に関する業種規制あり
*2 就労制限等
注
- ただし、EU域外からの移民に適用される規制内容に比して、労働市場テストの免除など手続きを簡易化している加盟国が多い。
- "The impact of free movement of workers in the context of EU enlargement - Report on the first phase (1 January 2007 - 31 December 2008) of the Transitional Arrangements set out in the 2005 Accession Treaty and as requested according to the Transitional Arrangement set out in the 2003 Accession Treaty", European Commission (2008)
- このほか、ドイツが7%、イギリスが6%、フランス5%など。
- ギリシャも、受け入れ自由化を決めたことに関して同様の理由を挙げている。
- チェコ政府は、域内の移動の自由化と併せて、さらなるEU拡大にも域外の近隣諸国との関係の進展にも力を入れる方針を明らかにしている。現在、トルコ、クロアチア、マケドニアが候補国として、またアルバニアや旧ユーゴの5カ国がその前段階として、それぞれEUとの交渉プロセスの途上にあるが、EUが加盟の条件として求める広範な政治・経済改革の進捗に加え、現在の加盟国との間の摩擦なども、交渉プロセスの進展を阻む要因となっているとみられる。
参考資料
- European Commission、Eurostat、EurActive、Euobserver ほか各ウェブサイト
関連情報
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