差別禁止法制を整理・強化へ
―次期国会に、平等法案提出

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  • 国別労働トピック:2008年9月

政府は、11月からの次期議会に提出を予定している平等法案の概要を公表した。差別禁止に関してこれまで制定された多数の法律や規則を整理して、法制度の簡素化をはかるとともに、公共部門を中心として、企業内の賃金制度や採用・昇進などに踏み込んだ規制を新たに盛り込むねらいだ。法案が成立すれば、煩瑣な手続きや訴訟などによる負担の増加が見込まれることから、企業からは反対の声が強い。また専門家の間では、実効性について懐疑的な意見もみられる。

年齢差別の廃絶など5つの柱

イギリスは、過去40年あまりにおよぶ差別禁止法制の整備を通じて、対象領域を人種や性別、障害から年齢、宗教・信条、性的志向などに順次拡大してきた。現在、差別禁止に関連して9本の法律と100本近くの規則が施行されているが、専門家などの間では、法律間の関係が複雑でわかりにくく、一貫性に欠けるといった批判があった。今回の法案の目的の一つは、これを整理して規制内容を明確化すると同時に、一層の規制の強化に置かれている(注1)。法案を所管する政府平等局(Government Equalities Office)は、法案に新たに盛り込む内容として、(1)公共部門における新たな「平等義務」(Equality Duty)の導入、(2)年齢差別の廃絶、(3)透明性の要請、(4)ポジティヴ・アクションの拡大、(5)履行確保の強化――の五点を掲げている。以下がその内容だが、政府は、平等人権委員会や労使を含む関係者からの意見聴取などを通じて、基準や運用方法などを固める予定だ。

(1)新たな「平等義務」の導入

自治体や病院、教育機関などの公共部門(公的なサービスを提供する一部の民間組織を含む)には、雇用や職業訓練・教育などのサービスの提供に関して、「平等義務」と呼ばれる差別防止と平等促進の義務が法的に課されている。対象組織の種類や適用分野によっても内容は異なるが、例えば「平等計画」とよばれる実施計画の策定や、実施状況に関する評価、レポートの作成、また実施計画の定期的な見直しなどの義務化を通じて、公共部門における法令遵守の徹底を図る。現在は、人種、障害、性別の3つの領域に別個の「平等義務」が設定されているが、新たな法案は、これに新たに年齢、性的指向、性転換、宗教・信条を加えるとともに、これを1本にまとめる。

(2)年齢差別の廃絶

既に法制化されている職場での年齢差別の禁止に加えて、財・サービスの提供者が、年齢を理由にその提供を拒むこと(例えばローンの借り入れや保険などの申し込みの拒否など)を禁止する。ただし、例えば高齢者に対するバス料金の無料化など、妥当な理由に基づく既存の施策を阻害しないよう配慮する。

(3)透明性の要請

従業員間の賃金に関する情報交換を禁じる条項を雇用契約に設けることを違法とする。公共部門ならびに公共部門に財・サービスを提供する民間企業に対しては、企業内の賃金格差やマイノリティ・障害者雇用などの状況に関する報告を義務付ける。現在は、民間企業の約3割がこれに該当する。また、男女間の賃金格差状況の改善のための制度として、職務内容と賃金水準に関する監査制度(equal pay job evaluation audit)の有効性を検討する。さらに、男女間や人種間の賃金格差がとりわけ大きいとされる金融サービス業や建設業に対して、政府の専門機関である平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission)が調査を行う。

(4)ポジティヴ・アクションの拡大

不利な立場にある人々の優遇を認める範囲を拡大し、例えば採用・昇進などに際して、能力が同等な複数の候補者がいる場合、女性やマイノリティなどを優先することを奨励する。

また、国・地方議会選挙の候補者の選定に際して女性を優先する制度が現在認められているが、2015年には失効することから、これを2030年まで延長して、議会における女性比率の向上をはかるほか、公職の任命についても施策を講じる必要性を検討する。

(5)履行確保の強化

差別的取り扱いに関する申し立てに際して、雇用審判所には現在、原告の直接的な利益となるような勧告を企業に対して行う権限が与えられている。この範囲を拡大し、原告以外の他の従業員の利益となる制度改善を企業に勧告できるようにする。現状では、勧告の時点で、原告の約7割が企業を離職しており、勧告が企業の差別的制度の改善に結びついていない。この問題の改善がねらいだ。

加えて、性別と人種など複数の領域にわたる申し立てを行うことや、労働組合や平等人権委員会などが複数の被害者を代表して申し立てを行うことは、現行の制度では認められていないが、これを可能とする制度改正についても、併せて検討する。

企業は負担増を警戒

法案に対し、企業側は、差別的処遇の判定基準が曖昧なため、労働者による明確な根拠なき訴訟が増加し、企業が過度の負担を被ると懸念している。差別の有無を判断する前提の一つは、「能力が同等である」ことだが、例えば、企業の求人に応募した労働者が、他の求職者と能力が同等であるにもかかわらず不採用となったと考えて、裁判に訴えるといったケースが増加する可能性を、企業側は指摘している。

また、男女間の賃金格差に関する監査制度の実施や、マイノリティの従業員からの不服申し立て件数にまで及ぶともいわれる均等状況の報告義務などが課されることによる、煩瑣な手続きやコストの増加も、企業側は警戒している。

一方、労働組合や野党などの間には法案に対する賛同の声が強く、たとえば英国労組会議(TUC)は「画期的な法案」と称賛している。ただし賛成派の間には、法案の実効性を疑問視する声もある。その一つは、間接差別の有無を判定する根拠となる情報が従業員に十分提供されない可能性を指摘するもので、賃金に関して他の従業員と情報交換ができるようにするだけでは不十分だとしている。また、賃金格差は業種や職種における男女間の不均衡、出産によるキャリアの中断など様々な要因によって生じていることから、例えば職業選択の重要性を学生である間に理解させることや、出産休暇からの職場復帰時に職業訓練を提供することなど、より幅広い施策の実施を求める意見もある。さらに、均等処遇の状況に関する報告義務の適用を一部の民間企業に限定している点については、経営者団体である英国産業連盟(CBI)からも、他の民間企業における差別の是正につながらないとの批判がみられる。

参考

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