労働者の監視をめぐる企業スキャンダル相次ぐ

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2008年7月

世界的にみても厳格なレベルのプライバシー保護法制を築いてきたドイツで、従業員や役員の監視に関する企業スキャンダルが相次いで報じられている。大手週刊誌「シュテルン」は3月末、大手ディスカウントスーパー・リードルが万引き・窃盗防止を目的として設置した監視カメラを従業員の勤務態度の監視目的にも利用していたことをスクープ。これを発端に、従業員や役員の監視に関する企業の違反が続々と明るみになっている。

監視カメラの設置や通話履歴のチェック

「シュテルン」によれば、リードルは2006年に150店舗、2007年に210店舗で販売フロアだけでなく休憩室等にまで監視カメラを設置し、従業員の勤務態度を収録した上で、私立探偵に分析・報告させていた。報告書の内容は、従業員の仕事ぶりに限らず、トイレに行く頻度、刺青の有無、恋愛関係を含む私生活情報にまで及んでいた。本件は各新聞でも大きく報じられ、その後、連邦データ保護監督官は同法違反の調査に乗り出した。経営側は、「棚卸で在庫数と販売数に大きな差異が生じた店舗について、客の万引きのみならず、従業員による商品の窃盗も監視する目的で設置した」と容認した上で、従業員に謝罪。だが、私立探偵の細部に及ぶ報告内容については、同社の依頼をこえて、探偵が独断で行ったものと弁明している。

その後4月上旬にはエデカ、プルスといった他のスーパーが、また同月下旬には大手家具メーカーIKEA、ファーストフード業界のバーガー・キングも類似の監視を行っていたことが相次いで発覚。リードルのケースと同様、経営側は、カメラの設置は従業員に周知されており、個人生活の細部にわたる報告は依頼の範囲を超えて私立探偵が独断で行ったものと主張している。だが、バーガー・キングでは、従業員代表委員会の設立に関する従業員投票までもが監視ビデオに収録されていたことが判明。食品・嗜好品・飲食店労働組合NGGは、管轄官庁への告発の手続きに踏み込んだ。

さらに5月末には、大手電話会社ドイツテレコムが、2005年~2006年にかけて社内の電話接続記録を利用し、役員及び管理職の電話通信を監視していたことが明るみになった。監視内容は、会話自体の盗聴ではなく、通話履歴(対象)と通話時間。2005年に同社では、社内情報――とりわけ社内勢力争い、固定回線契約数の激減――のメディアへの漏洩が相次ぎ、その出所を確かめるのが当初の目的だったという。プライバシー侵害が刑事犯罪として成立する可能性もあることから同社オーバーマン社長は、自己告発により検察庁の捜査を求め、事件の徹底的解明に努めると約束。もっとも、同氏は2006年11月から同社のコンツェルン経営幹部に属しており、当時の代表取締役社長の腹心であったことから、事件の真相により詳しいのではないかとの疑惑も浮上している。また、検察側の捜査の過程で、当時の代表取締役とセキュリティ担当役員が電話接続記録を私立探偵社に提供し、監査役員とジャーナリストの監視を依頼した経緯も明らかになっている。

プライバシー保護と制約の境界

労働者のプライバシー保護が取り沙汰される代表的なケースとしては、(1)個人情報の取り扱い(健康情報、家族情報等)、(2)労働者の監視(電子メール・電話の監視、勤務態度のビデオ監視等)――が挙げられる。市民が一般に有するプライバシー権と異なり、使用者の正当な権限により労働関係における労働者のプライバシー権は一定の制約を受けることから、その制約条件や判断の基準について、これまでも議論され、知見が蓄積されている。

このうち、今回の一連のスキャンダルで問題となった「労働者の監視」に焦点を絞ると、使用者側の労働者のプライバシーに絡む監視が正当化され得るのは、禁煙場所での喫煙、電話やインターネットの私用・濫用、仮病による有給病欠といった労働者の労働契約違反、あるいは窃盗、横領や背任、企業秘密や営業機密の漏洩、産業スパイ行為などの刑法上の犯罪などに関する監視であり、これらの事項はいずれも、誠実義務違反あるいは背任行為として解雇の正当理由となるものである。したがって、こうした労働者側の明白な違反行為の証拠収集を目的とする具体的な措置として、使用者側が監視ビデオの設置、電話履歴・インターネット接続先記録の保存、盗聴・電話の傍受、おとり調査(偽客を送り込む等)、探偵による素行調査(病欠者の素行を調査)などを講じる場合、労働者のプライバシー権は当然ながら制約を受ける可能性がある。ただし、必要な限度において使用者の監視権限に服さなければならないにせよ、正当な理由なく使用者側が過剰な監視を行う場合は、労働者のプライバシー侵害と判断される。

個人情報保護及びその労働関係への適用についてドイツでは、判例・学説上、1970年代から活発な議論が繰り広げられ、保護規制の整備を重ねてきた。しかし、労働関係に特化した立法が存在しないため、使用者の持つ強い権力性からみて、既存の枠組みでは保護が不十分であるとして、労働者のデータ保護法の制定の必要性を主張する声もある。一方で、企業の決定の自由との関連で過剰規制を懸念する見解もあり、依然として法令の現代化に向けた議論が継続しているのが現状だ。

ドイツの労働者のプライバシー保護の枠組み

EUレベルでは、1995年に「個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関するEC指令95 /46」が採択されており、加盟各国は同指令に沿ってプライバシー保護を強化する法令整備を行った。その後2001年に、労働関係に特化したEUレベルの取り組みに関する議論も行われたが、労使を軸とするソーシャル・パートナーによる合意に至らず、労働関係については、加盟諸国の多様性・柔軟性を容認する格好となっている。

ドイツにおける労働者のプライバシー保護の法的枠組みは、(1)ドイツ基本法、(2)連邦データ保護法、(3)事業所組織法――により構成されている。まずドイツ基本法をみると、プライバシー権を明文で保障した規定はないが、第2条第2項が「各人は、他人の権利を侵害せず、かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限りにおいて、自己の人格を自由に発展される権利を有する」と定めており、一般的行為自由と一般的人格権を保障している。このうち、プライバシー権は、後者の一般的人格権の領域に属するもの。連邦憲法裁判所は1984年の国勢調査法判決において、第1条第1項との関連で第2条第1項から導かれるものとして個人の「情報自己決定権」を認めており、今回の一連のケースで問題となった自己の肖像権や秘密盗聴・録音からの保護を求める権利、職業生活において個人的な生活事情を告白させられない権利などはこれに含まれる。ただし、当該情報自己決定権も無制限ではなく、他者の権利、憲法的秩序、公序良俗による制限を受ける。なお、基本法を根拠とする情報自己決定権は、第一義的には市民と国家との関係を規定するが、学説・判例上、各々の関係性を踏まえ、私人間(労働関係を含む)にも適用するのが支配的見解だ(注1)。

具体的な斟酌にあたっては、当該情報自己決定権と他者の同等かつ保護に値する利益との衡量が行われる。労働関係においては、公的領域とは異なり、優越する一般的利益のみならず、基本法の定める情報の自由(第5条)、契約の自由・企業活動の自由(第2条第1項、第12条第1項、第14条)などとの利益衡量に服する。また、実際の利益衡量には相対性原則が適用され、当該手段・規制が、(1)目的達成のために相当であること、(2)侵害がより少ない同様の効果を有する他の手段がないこと、(3)侵害の度合いが適度であること――の3要件が課されるのが一般的だ。今回問題となったトイレや更衣室のビデオ監視は、当該従業員による重犯罪等の虞がない限り、使用者側に保護すべき利益はなく、明らかに労働者のプライバシー侵害に該当するケースである。

次に、個別法としては1977年に「連邦データ保護法」が制定され、1990年、2001年、2003年、2006年に改正されている(2001年法は、1995年に採択された上記EU指定95/4を受けて整備したもの)。連邦データ保護法には、非公的機関のデータ処理についての規定が盛り込まれており、労働関係にも適用される。同法第28条によれば、私人としての使用者の個人データの収集・集積・変更・引渡を含むデータ処理とデータ利用について、当該(労働)契約関係の目的に役立ち、当該使用者の正当な利益の確保に必要な場合にのみ許される。また、公共の場における工学・電子装置による監視は、(1)公的機関の任務遂行、(2)家屋権の行使、(3)具体的に確定された当該関係人の正当な利益行使のために必要であり、かつ当該関係人の保護に値する利益を優越させる根拠が存しない場合にのみ許される――としている(第6条)。したがって、今回問題となった勤務態度の監視が正当化されるためには、使用者側の保護すべき利益が優越する根拠が存在すること、労働者に対し監視の事実が通知されていること――等が判断材料となるが、明らかに労働関係の目的により正当な利益の範囲をこえて、労働者の私的領域に介入しているケースに該当する。

最後に、職場レベルでの規制としては、事業所組織法がある。同法では、従業員の行動や業績を監視する目的で技術的装置を設置・使用する場合、従業員代表委員会の同意を得ることを義務付けており、技術的装置による労働者の監視は、事前に通知しなければならない共同決定事項となっている(第87条第1項(6))。判例の解釈によれば、仮に従業員の同意を得ている場合でも、企業の利益や監視の目的に鑑みて必要最低限度を越えるものは認められない(注2)。逆に、従業員の同意なく設置されたビデオ撮影であっても、犯罪の解明に不可欠であるか、または当該ビデオ撮影が犯罪に関する唯一の証拠手段である場合には、使用が認められる(注3)。また、社内探偵の配置についても、「個別の採用、グループ分け、グループ再編、配置転換」など人事に関わる措置として、従業員代表委員会の同意が必要とされている(第99条第1項)。ただし、外部の探偵を偽客として送り込み、従業員の顧客サービスの質を調査したケースで、結果報告が支店全体を対象とし、従業員の特定がなかったことを理由に正当とされた判例もある(注4)。

各界から様々な反応

このようにドイツでは一般に、労働者の監視に関し厳しい制約が課される傾向にある。そのため、技術的装置の設置や私立探偵による調査について従業員代表委員会との事業所協定を締結することが推奨されており、同協定に喫煙、電話、インターネット・電子メールに関する使用規則や禁止事項を明示することにより、それらの遵守状況に関する使用者の監督が正当化されるのが通例であると認識されてきた。従業員の同意ない監視は、具体的な違反の証拠収集を目的とする場合を除き、認められない可能性が極めて高い。にもかかわらず、今回の一連の企業スキャンダルは、実際の労働関係におけるプライバシー保護について、労働者がいかに弱い立場に置かれているかを露呈した格好となった。

テレコム以降も、国鉄、ルフトハンザ、官営宝くじなど類似のスキャンダルが後を絶たず、各界から様々な反応が出ている。与党内では、党派に関係なく厳罰化を含む法制の強化を求める動きがある一方で、内務大臣を中心として、企業側のコーポレートガバナンスへの指導強化に注力し、法制度については現状維持を主張する声もある。他方、緑の党は、情報保護をコーポレートガバナンス法に組み込む方向を提案。労働側は、規制の強化を求めつつ、同時に、ドイツテレコムに対し憲法違反の提訴に向けた準備を進めていると報じられている。

参考

  • 委託調査員レポート
  • 個人情報の保護に関する法律リンク先を新しいウィンドウでひらく 首相官邸ホームページ
  • EIROnline (2003) “New Technology and Respect for Privacy at the Workplace”.
  • 倉田原志(2005)「ドイツにおける労働者のプライバシー権序説―情報自己決定権を中心に―」立命館法学2005年1号(299号)

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