柔軟な働き方の権利拡大、派遣労働者の均等処遇を明示
―政府、次期議会の法案を発表

カテゴリー:非正規雇用多様な働き方人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2008年6月

政府は5月中旬に、11月から始まる次期議会に提出する法案の概要を発表した。教育、雇用、福祉、移民問題などが柱で、雇用関連では、ここ数年、促進して きた「柔軟な働き方」を選択する労働者の申請権の拡大を打ち出している。子供を持つ親の労働時間短縮や働く時間帯の変更を申請する権利について、子供の年 齢を現行の「6歳未満」から「16歳以下」に引き上げる。また、派遣労働者の均等処遇の権利が付与される時期を就労12週間後とする予定。6週間後とする EU指令案との整合性の問題も絡み、各方面で議論を呼びそうだ。

柔軟な働き方の申請権、16歳までの子供を持つ親に

公表された法案の中では、雇用関連の制度改正が、特に国民の関心を集めている。その一つは、ここ数年で整備が進んできた「柔軟な働き方」 (flexible working)に関する権利のさらなる適用範囲の拡大だ。子供を持つ親や、介護が必要な家族を持つ労働者に、労働時間の短縮や時間帯の変更を雇用主に申 請する権利を認めるもので、現行制度では、子供の年齢は6歳未満(子供が障害者の場合は18歳未満)としているが、政府は昨年、この年齢を引き上げる意向 を示し、外部専門家に検討を依頼していた。5月にとりまとめられた報告は、政府の当初案である「18歳未満」を下回る「16歳以下」を提案し、政府はこれ を受け入れた。この制度改正で新たに権利を得る労働者は450万人にのぼるとみられ、現在既に権利のある約600万人(うち360万人が子供を持つ親)と あわせると、国内の雇用者のおよそ3人に1人が柔軟な働き方を申請する権利を与えられる計算となる。

政府は、早ければ来年4月からの施行を目指しているが、経営側からは、従業員の申請に対応するコストだけでなく、申請者以外の従業員の負担も増加する可能 性が高いなどとして、反発が起きている。経営側のこういった懸念に対して、報告をまとめた専門家は、現在すでに多くの企業が法律に規定されるより広い層の 従業員に申請の権利を与えていることや、また権利はあくまで申請に関するものであって、経営上問題があれば申請を却下することなどを挙げ、大きな悪影響は 生じないと説明している。

派遣労働者の均等処遇制度化で労使合意

もうひとつは、派遣労働者の均等処遇に関する法制化だ。この問題をめぐっては、EUレベルで指令作成の議論が続けられてきたが、イギリス政府の反対で成立に至らないまま、長年棚上げになっていた。

議会での首相演説は、EUにおける交渉を通じて制度化につとめる、との内容にとどまったが、その数日後には、政府と英国労働組合会議(TUC)、英国産業連盟(CBI)の間で大枠合意した内容が公表された。合意成立には、政府の強い働きかけがあった。

法制化の最大の論点は派遣労働者の均等処遇を義務化する時期で、経営側及び政府は、これまで国内およびEUでの協議で就業6ヵ月後を主張しており、就業初 日からの権利付与を主張する組合側や一部の加盟国、6週間後とするEU指令案との間で大きな開きがあったが、今回の合意内容は、これを12週間後とするもの。今年後半 に、派遣指令の成立に強い意欲を示しているフランスが議長国となることもあり、イギリス政府はこれに妥協することで、併せて議題にのぼっている労働時間指令 に関するオプトアウト(使用者と従業員の間の合意により、指令の定める上限である週48労働時間を超えて労働することを認めるもので、現在イギリスなど一 部加盟国のみが適用を受けている)を守ることができると見込んでいる。また、合意を行ったCBIは、より厳しい内容であるEU指令案がイギリスに適用され ることへの危惧などからも、政府提案の受け入れは「最悪な中ではもっともましな」選択と判断したという。CBIは、今回の合意が法制化された場合に権利を 付与されることになる派遣労働者は全体の約半数にとどまることや、傷病手当や企業年金等は均等処遇の範囲から除外されていることを挙げ、合意によって生じ る損失は決して大きくないとアピールしている。しかし他の経営者団体は、「労使の結託による裏切り」(小売業協会)、「派遣労働者の柔軟性に頼っている小 規模企業には大きな損害をもたらす」(小規模企業連盟)などの強い批判を投げかけている。さらに、EUレベルでの協議の場で、権利付与時期の短縮を含めて 一層の妥協を余儀なくされる恐れがある(機械産業使用者連盟)、といった懸念もみられる。

一方、欧州委員会は「イギリスと欧州における派遣労働者の公正な処遇の実現に向けた一歩」として、この合意を歓迎しており、6月に開催される雇用・社会政 策相理事会での合意成立に意欲を見せている。ただし、権利付与時期を12週間後としている点については、やはり批判的だ。

なお今回の合意に伴い、今年初めから議会で議論が進められていた派遣法案は、廃案となった。合意内容より広範な均等処遇を求めていたためだ。国内の法制化は、来年9月を目途に進められる予定だが、これにはEUレベルでの合意内容が大きく影響すると考えられる。

訓練休暇申請の権利法制化

このほか、福祉制度改革については、失業者に対する技能評価および技能訓練の義務化や、就労不能給付の一環として就労能力の診断を実施することなど、す でに昨年から大枠の方向性が示されている内容だ(当ウェブサイト12月の記事参照)。一方、教育・技能訓練については、同様に昨年から明らかになっている 徒弟制度の拡充(毎年の新規参加者を、2011年までに21万人に拡大)などに加えて、技能訓練のための休暇を申請する権利を法制化する。政府は、企業に 対して従業員の技能水準の引き上げを義務化する可能性を昨年から検討していたが、経営側の強い反発が見込まれることから、これを先送りすることを決めてお り、今回の政府案は、これに代わる在職者の技能訓練の促進策として打ち出されたとの見方が強い。加えて、昨年パイロット実施が発表されたまま、未だ開始に 至っていない「スキルズ・アカウント」(個々人の技能ニーズを勘案した訓練支援制度)についても、着手に意欲を見せている。

また、移民制度に関しては、市民権や定住権の取得に係る審査基準を厳格化し、在留資格の別に社会保障制度などの利用範囲を規定するとしている。

このほか、低所得者向けの施策として、社会的住宅の提供や住宅取得の支援に30億ポンドを充てることや、治安体制や自治体の活動に関して地域住民の意見聴 取のシステムを設けることなどを法案に盛り込んでいる。前後して公表された27億ポンドの大型減税策と併せて、このところの急速な支持率低下に歯止めをか け、国民の信頼回復をねらう内容といえる。

参考

2008年6月 イギリスの記事一覧

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