外国人労働者問題で報告書相次ぐ

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  • 国別労働トピック:2008年6月

外国人労働者の英国の経済・社会への影響を分析した報告書が、議会や民間シンクタンクなどから相次いで発表されている。昨年暮れ、「外国人労働者はイギリ スにとって有益」とした政府の報告書が、誤ったデータに基づいていたことが指摘されて以降、情報不足もあいまって、国内では外国人受け入れの是非をめぐり 議論が錯綜している。このような状況を反映して、各報告書の主張も様々だ。

貴族院委員会、政府に受け入れ数制限を提言

政府は、東欧諸国などからの移民急増に伴う国内の関心の高まりへの配慮などから、昨年10月に報告書を発表、外国人労働者の増加はイギリス経済の人手不足を緩和し、また税金や国民保険料などの増収を通じて財政改善に貢献する、との認識を示した(当サイト11月の記事参照)。しかし、議論の土台となる近年の外国人流入数が、データ不足などから実際を大きく下回って推計されていたことが明らかになり、現状に関する把握の不足や管理体制の不備をめぐって、政府への非難が相次いでいた。

これに対して、貴族院の経済問題特別委員会が4月はじめに公表した報告書は、政府が主張する外国人受け入れの「利益」は限定的であるとして、EU域外から の外国人受け入れ数の制限を勧奨する内容だ。社会保障制度や住宅関連のサービスの利用にかかるコストを差し引けば、外国人の流入による既存の国内居住者一 人当たりの利益はごくわずかで、また長期的には国内の人材不足への効果も薄いとしている。むしろ今後の継続的な流入は、公共サービスへの圧迫や労働条件の 引き下げなどを招きかねないとして、外国人の流入をコントロールすべきだ、との見解を示した。既にこの2月末から段階的な運用が開始されているポイント制 (外国人を入国目的や専門技術等に選別して、年齢や学歴などに基づく入国資格を定める)についても、専門技術労働者の選択的受け入れという方向性は評価しつつ、例 えば第2階層にあたる専門技術労働者(skilled worker)に関して設定されている資格要件が明確に整理されておらず、重複や矛盾などから混乱を招きかねないなど、問題点を指摘している。

委員会の提言に対して、政府は外国人労働者の受け入れによる利益を改めて強調、数量制限を採用する可能性を否定している。

東欧からの外国人流入は一段落

同月、経済問題委員会の報告書に続いて、民間シンクタンクからも外国人問題に関する二つの報告書が公表された。いずれも近年の東欧諸国からの外国人の流入に焦点を絞って分析を行っており、論点は異なるが、いずれも政府の立場を補強する内容となっている。

そのひとつ、Institute of Public Policy Researchによる報告書は、東欧諸国(2004年にEUに加盟したポーランドやチェコなど8カ国:A8)からの外国人の急激な流入は既に一段落して おり、また2004年からの4年間で流入した約100万人の半数近くが既に帰国したとみられる、と分析する。帰国の主な理由として、家族と生活したいから などを挙げている。また報告書によれば、A8からの労働者向けの労働者登録制度(Worker Registration Scheme)の記録や既存の調査等は、外国人労働者の多くが短期の就業を前提としており、定住目的が多かったこれまでの外国人の流入とは形態が異なると いう。さらに、東欧諸国からの外国人の84%が就業しており(イギリス人の平均より9ポイント高い)、求職者給付などの申請者は国民保険に加入している外 国人のわずか2.4%にすぎないことから、外国人がイギリスの社会保障制度に依存しているといった批判はあたらない、と指摘している。

一方、Work Foundationの報告書は、外国人労働者の増加による経済効果を強調する内容だ。外国人の増加による失業の悪化や賃金水準低下などの悪影響に関する 議論は、多くの場合、不安感や悪意に基づくもので、イギリスの実態には当てはまらないとして、むしろ人材不足の緩和を通じて安定した経済成長に貢献するな ど、多大な利益をもたらしたと主張している。報告書はまた、東欧からの外国人の流入は今後5年で急速に縮小するとみており、このため今後も開放的な政策を 継続していくべきであるとしている。政府に対しては、外国人増加の利益をより確かなデータに基づいて示すことや、ポイント制の運用による専門技術労働者の積極 的受け入れと併せて、最低賃金制度などで最低限の労働条件を確保することにより、外国人労働者に対する搾取を防ぐことなどを求めている。さらに、2007 年にEU加盟を果たしたルーマニアとブルガリアからの労働者について、イギリスでの就労が限定的にしか認められていないことに触れ、再検討の必要を示唆し ている。

制度の厳格化による影響に懸念も

イギリスにおける一連の移民制度の改正はまだ始まったばかりだ。根幹となるポイント制についても、想定されている5区分(高度専門技術労働者、専門技術労働者、 単純労働者、学生、短期就業者など)のうち、第1区分にあたる高度専門技術労働者に関する部分のみが実施されているにとどまる。

政府は5月、今年後半から実施予定の第2区分(専門技術労働者)の制度内容について、詳細を明らかにした。新たな制度の下では、政府が新設した移民提言委員会 (Migrant Advisory Committee)によって人手不足と判断された以外の職種で、欧州経済圏(EEA:EU諸国およびアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)外 から労働者を雇用しようとする場合、企業は外国人を雇用するためのライセンスの取得が義務付けられ、また最低2週間の求人を行って、EEA内での調達が困 難であることを証明することが求められる。またEEA外から当該の区分で就労許可を申請する者は、上記手続きを経た事業主による雇用先が確保されているこ とを前提に、英語能力や資格・収入などに関する審査を通過しなければならない。違反事業主に対しては、違反となる労働者あたり最高で1万ポンドの罰金が科 される。

またこれ以外に、市民権(citizenship)や定住権の取得についても、審査基準を厳格化することにより、在留資格の別に社会保障制度などの利用を 限定する方向性が打ち出されており、今後、法制化が進められる予定だ。これには、イギリスの福祉制度への外国人の依存を許している、といった国民の批判に 応える意図があるとみられる。

現地報道などからは、外国人労働者に依存するところの大きい建設業、農業などの産業を中心に、移民 制度の厳格化による影響への懸念が広がっている様子がうかがえる。経営側からは、必要な労働力の確保が阻害されないよう、手続きの円滑化を求める声があ がっている。また、英国労組会議(TUC)が一部の業界団体や市民組織、学識者などと昨年立ち上げた「立場の弱い労働者に関する委員会」 (Commission on Vulnerable Employment)も、先ごろ公表した最終報告書で、外国人労働者の権利保護を推し進める方策の一環として、A8諸国向けの労働者登録制度は廃止すべ きであると主張している。

参考

  • House of Lords Select Committee on Economic Affairs “The Economic Impact of Immigration”
  • Work Foundation “Migration Myths: Employment, Wages and Labour Market Performance”
  • IPPR “Floodgates or turnstiles? Post-EU enlargement migration flows to (and from) the UK”
  • TUC Commission on Vulnerable Employment "Hard Work, Hidden Lives - The Full Report of the Commission on Vulnerable Employment"
  • UK ParliamentWork FoundationIPPRUK Border AgencyTimes OnlineGuardian UnlimitedPersonnel Today ほか各ウェブサイト

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