米国上院、包括的移民制度改革法案を否決
―その経緯と背景

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2007年8月

米国上院は6月28日、不法移民を合法化し市民権の付与の道を開くことを主旨とする包括的移民制度改革法案を否決し、事実上の廃案となった。採決に入るための動議には100票のうち60票が必要だったが、賛成46票、反対53票という結果に終わった。賛成票のうち12票が共和党、33票が民主党、その他が1票であった。共和党は49名のうち37名が反対にまわった。民主党からも約3分の1に当たる15名が反対した(注1)。

本法案は去る6月7日にも、審議を打ち切って採決に入る動議が賛成45、反対50で否決されていた(注2)。1回目の否決後、国境警備の強化と国内の不法就労の取り締まりを強化する修正が加えられ、ブッシュ大統領は繰り返し多数派工作を行なったものの、成果を得ることはできなかった(注3)。

法案の内容

今回、審議された法案の概要は以下のとおりである(注4)。

  1. 国境警備の強化:

    国境のフェンスと警備隊の人員増強のために44億ドルを予算に計上するとともに、経営者に対して外国人労働者を雇用する適格証明制度を確立することが挙げられている。

  2. 雇用主の責任強化:

    不法移民を雇用した経営者に対する罰金を引き上げることが示されている。

  3. 短期労働者プログラムの創設:

    米国経済にとって必要不可欠な労働者を確保し、不法就労を削減し合法的な就労の手続を提示している。

  4. 推定数百万人の不法滞在移民の地位の解決:

    2007年1月以前に入国し不法に滞在している労働者に対して1000ドルの罰金を課した上で犯罪歴がないことを確認の上で、一時的な滞在を許可するビザを付与するというもの。加えて、グリーンカードを申請するためには英語を習得し、追加的な罰金として4000ドルを支払う等の要件を満たす必要があるというもの。一定の条件の下で市民権を得る道を開いているが、「恩赦」ではないと強調する。

  5. 移民を社会に同化するための施策の策定:

    法案では英語が米国の国語として定められており移民に対しても英語の習得を促している。

改革の経緯

米国には推定で約1200万人の不法移民がおり、サービス業、農業などで米国経済を支える一方、社会保障費などを圧迫し社会問題化している。その反面、1986年以来、移民制度の抜本的な改革は行なわれていない。1986年移民改革規制法は、1年半の合法化プログラムとともに特別農業労働者プログラムによって290万人以上の申請が許可されるという大規模なものになった。一方で、それ以降の移民政策は限定的な合法化すらも含まれておらず、不法移民がアメリカ経済の繁栄に貢献し滞在が長期化していったにもかかわらず、度重なる規制強化によって合法化が極めて制限され、不法移民の社会問題化がより大きなものになってしまった(注5)。こうした中、移民制度を包括的に改正することをブッシュ政権の内政面での実績づくりと位置付けて精力を注いでいた。

ブッシュ大統領は2001年に始まる第1期目から移民問題、特にメキシコからの不法移民問題の解決を重要視していた(注6)。ブッシュ大統領が具体的な包括的移民制度改革を表明したのは、2004年1月である。当時の新制度方針の主旨は、不法滞在者の合法化に道を開く短期労働制度であり、最長で6年間、米国内での就労が適法となるものであった。

今回審議された包括的移民制度改革法案は、ケネディ上院労働委員長(民主)や大統領選に出馬表明しているマケイン議員(共和)を中心とした超党派の議員と政権が5月17日に合意したもので、ブッシュ大統領も支持していた(注7)。

ただ、ブッシュ大統領のすすめる包括的制度改革に対して、下院では2005年12月に不法移民の取り締まり強化のみを盛り込んだ法案(2005年国境保護、反テロ及び非合法移民統制法)が通過している(注8)。今回、上院で法案が可決されていたとしても下院案との間で調整が必要であった。

賛否両論の内容

経営者は、労働者不足のため不法といえども移民労働者に依存せざるを得ず、そのため不法移民の合法化には賛成の立場である。法案の内容はこの産業界の声を強く反映していた。しかし、法案修正の過程で、治安の維持を目的に、政府のデータベースと雇用する労働者との照合を経営者に対して義務づけた。経営者側はこの修正内容には反対していた(注9)。

特に、移民労働者に依存する食肉加工業、農業、建設請負業などの経営者が制度改革に賛成している。ある食肉加工業者は「経営者は企業経営と法律遵守の板ばさみに苦しんでいる。移民政策と取り締まり強化は分けて考えるべきだ」と主張する。昨年、短期労働者が1282名検挙され、その経済的損失は4500万ドルに及んだという(注10)。

一方、反対派は制度改革について、不法移民に恩赦を与えるようなものだと批判している。この批判に対し、ブッシュ大統領は、国境警備と密入国者の取り締まりの強化を訴え説得しようとした。しかし、そのような措置は実効性が薄いと反対派は反論した。1986年の抜本的な改革の際に雇用主に対する罰則規定や国境警備の強化が盛り込まれたが、効き目がなかったからである。

採決結果が示すように、民主・共和の両党とも、この問題に対する意見は内部で分裂している。ただ共和党内の対立の方が際立っている。米国経済は移民に大きく依存しており、移民を積極的に受け入れるべきだという産業界の声を代弁する「経済保守派」と、不法移民は米国国民の職を奪い、治安と社会の不安全化をもたらすという「文化的社会的保守派」が共和党内に共存している(注11)。今回の制度改革では後者の方の活動が目立った(注12)。

分裂する労組側の見解

労働組合側の意見も一枚岩ではない。米国労働総同盟産別会議(AFL-CIO)とその傘下の全米自動車労組(UAW)、チームスターズなどは制度改革に反対の立場だ。組合員が主に中所得層のため、賃金水準の低下や雇用機会の喪失を懸念しているためだ。スウィーニー会長は、修正過程で法案は一層好ましくないものとなっていると主張する。特に短期労働者プログラムは労働者間の対立を生じさせるもので、新たな底辺階層を生み出すことになると批判する。

一方、2005年にAFL-CIOから分裂して結成した「勝利のための変革」(CTW)の主力組合である国際サービス労組(SEIU)や縫製・繊維労組・ホテル・レストラン従業員組合(UNITE-HERE)は、短期労働者プログラムには反対しつつも、不法移民の合法化には賛成している。両労組はホテルの客室清掃労働者、ビルの守衛労働者、レストラン・アパレル関連労働者、農業労働者を組織しており、その多くが移民労働者である。SEIUのメディナ副会長は、改革法案は移民だけではなく、労働者全体にもプラスをもたらすと主張している。移民労働者に正当な権利を付与しないことは、全ての労働者の賃金抑制につながるからだと、その理由について述べている(注13)。

参考

  • 井樋三枝子 (2006)「アメリカ:包括的移民制度改革法案の審議--「非合法移民」をどうするか」『外国の立法』国立国会図書館調査及び立法考査局 編、(229) [2006.8]、p147~158
  • 小井土彰宏(2003)「岐路に立つアメリカ合衆国の移民政策―増大する移民と規制レジームの多重的再編過程」『移民政策の国際比較』(小井土彰宏編著)明石書店、第1章所収
  • 坂井誠(2007)『現代アメリカの経済政策と格差 : 経済的自由主義政策批判』日本評論社

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