連邦最低賃金、10年ぶりに引き上げ
―経緯と背景

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  • 国別労働トピック:2007年7月

米国の上下両院は5月24日、連邦最低賃金の引き上げを含む法案を賛成多数で可決し、翌25日ブッシュ大統領が署名し法案は成立した。その結果、現行5.15米ドルの連邦最賃は7.25ドルまで引き上げられる。2009年7月24日までに3段階で実施し、初回は2007年7月24日=5.85ドル、2回目は2008年7月24日=6.55ドルである。最賃引き上げに伴う経営者の負担を軽減するために中小企業を対象とする48.4億ドルの減税も抱き合わせで実施する。

連邦最賃が引き上げられるのは1997年9月1日に4.75ドルから現在の水準に変更されて以来、ほぼ10年ぶり。経済政策研究所(EPI)の試算では、現在約560万人の労働者が7.25ドル以下で就労しており、副次的な効果も含めれば約1300万人(労働力人口の約10%)の労働者の賃金上昇に影響すると推定している(注1)。

今回の引き上げまでの経緯

連邦最賃はクリントン政権下で、1996年と1997年の2回引き上げられている。同大統領は1998年と1999年の一般教書演説で更なる引き上げを表明した。1999年11月には、共和党が減税を抱き合わせにした最賃引き上げ法案を民主党の反対を押し切って可決させたため大統領が反発し、法案は成立しなかった。このときの法案は向こう3年間に最賃を6.15ドルまで引き上げる内容だった。その後2006年8月には富裕層への優遇措置となる相続税の軽減と抱き合わせの法案が米議会下院で可決されたものの成立しなかった。この間、州別最賃の引き上げや、各地でも生活賃金運動が広がりによる市や郡のレベルで最賃を定める条例が成立する動きが見られた。

州別最低賃金

アメリカには連邦最賃とともに州別最賃の規定がある。州別最賃の水準を示したものが表1である。分類すると、連邦最賃と同額の州(アイダホ州やインディアナ州など18州)、そのうち州で特に最賃を定めていない州(アラバマ州やルイジアナ州など5州)、連邦最賃とは別に高い水準を定める州(アラスカ州やアリゾナ州など30州)、連邦最賃の適応範囲外を対象として連邦の水準よりも低い額を定める州(カンザス州、モンタナ州、オクラホマ州の3州)がある。

連邦最賃が約10年間据え置かれる中、各州では引き上げの動きが2006年頃から活発化していた。1997年当時、連邦最賃を上回る水準を定めた州は3州。2006年初頭の時点で17州となり、2007年4月現在では30州が連邦最賃を上回る額を定めている。

生活賃金運動

州別最賃の上昇とともに地方自治体が条例によって最賃を定める動きが活発化した。いわゆる「生活賃金運動(リビング・ウェジ運動)」である。

生活賃金運動とは、4人家族の労働者世帯を貧困線以上に引き上げる水準を生活賃金額として設定し、生活できる賃金の支払いを求める運動のことである。連邦及び州別最賃とは別に、地方自治体と取引する企業を対象に、一定の契約金額を越えた場合に雇用する従業員に対して条例で定めた生活賃金を支払うよう義務づけるものである。1994年、メリーランド州ボルティモア市で生活賃金に関する条例が成立して以来、1990年代後半に全米に広がっていった。2001年11月までに最賃以上の水準の生活賃金条例を定める地方自治体(市や郡)は70以上におよんでいる(注2)。

関係各組織の反応

労組ナショナルセンターのアメリカ労働総同盟産別会議(AFL-CIO)は、今回の最賃引き上げを待ちに待った引き上げだとして歓迎している。2006年5月に発表された最賃に関するハンドブックによると、約370万人が通年フルタイムで働いても貧困状態にある。現在の最賃は物価上昇分を加味すれば1960年代以降最低の水準にある。しかも2.1ドルの引き上げは過去の引き上げ幅と比べても決して大きすぎるものではないし、2001年以来の好景気による生産性向上とインフレに対して労働者の収入は見合っていないと指摘する。(注3)。

もう1つのナショナルセンターであるCTW(勝利のための改革)も2006年6月及び2007年1月の法案審議に際し、議会に対して意見書を送付している。約600万人のアメリカ人が最賃レベルで就労し、2、3の職を掛け持ちしなければ家族を養っていけない状態にあり、公正と正義のために最賃を引き上げ、アメリカンドリームへの指針を示して欲しいと訴えかけている(注4)。

AFL-CIOとも連携し低所得者を支援する「改革のためのコミュニティ連盟」(ACORN)は、歴史的ともいえる大幅の最賃引き上げを賞賛しながらも、最賃はインフレ上昇に見合ったものではないとして、働く家族を支える最賃になるよう今後も活動を継続していくとしている(注5)。

一方、経営者側には反対する声が強い。米国商工会議所は最賃の上げ幅と零細企業の減税規模が不釣合いなものであり、最賃の引き上げには反対し、引き続き適切な零細企業対策を強く主張する(注6)。

中小零細企業のロビー活動を推進する全米独立企業連盟(NFIB)は、最賃の引き上げは零細企業を苦しめるものであると主張する。企業だけではなく、従業員にも影響が及び、特に熟練度の低い労働者にとって雇用機会が削減されることになるだろうと指摘する(注7)。加えて、零細企業向けの減税策が、当初案の83億ドルから48億ドルに引き下げられていることも中小企業側にとって受け入れがたいと主張する(注8)。

関連業界団体の1つである全米レストラン協会は、最賃の引き上げに反対の意向を示した上で、前回の1996年と1997年の最賃引き上げによる雇用への影響を説明している。

1996年の引き上げによって14万6000の職が打ち切られ、引き上げがなかったら生じていたであろう10万6000の雇用機会が失われたという。新規雇用創出が1994年には25万8800、1995年には28万400であったのに対して1996年には16万6300、1997年には13万3100、1998年には12万4200と減少してしまったと指摘する(注9)。

適用対象と適用除外

なお、アメリカの連邦最賃は公正労働基準法が根拠となっている。同法の適用対象は、年商50万ドル以上の企業で、州を越えてビジネスを行なう企業、あるいは州を越えて流通する製品を製造する企業などである。一方で管理職や専門職、小規模の新聞社の労働者や電話会社の交換手などは適用から除外されている。また、学生や障害者、チップを受け取る仕事に就く者には特例が設けられている(注10)。

連邦最低賃金よりも高い水準を定める州
ウェストバージニア州 5.85
メリーランド州、ネバダ州、ノースカロライナ州 6.15
モンタナ州 4.00-6.15
ミネソタ州 5.25-6.15
アーカンソー州、アイオワ州、ペンシルバニア州 6.25
ミズーリ州、ウィスコンシン州、イリノイ州 6.50
デラウェア州 6.65
フロリダ州 6.67
アリゾナ州、メイン州、ロードアイランド州 6.75
コロラド州、オハイオ州 6.85
ミシガン州 6.95
アラスカ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州 7.15
ハワイ州 7.25
カリフォルニア州、マサチューセッツ州 7.50
バーモント州 7.53
コネチカット州 7.65
オレゴン州 7.80
ワシントン州 7.93
連邦の適応外を対象として、連邦の水準よりも低い額を設定する州
カンザス州 、モンタナ州、 オクラホマ州

注1:アラバマ、ルイジアナ、ミシシッピ、サウスカロライナ、テネシーは最低賃金の規定を設けていない。

注2:モンタナ州は連邦よりも高い6.15ドルを定め、年商11万ドル以下の企業に対して連邦の水準よりも低い4ドルを設定している。

出所:米国労働省資料等より作成

参考

  • The New York Times, Friday, May 25, 2007, A12
  • The Wall Street Journal, Friday, May 25, 2007 A3
  • 岡崎淳一(1996)『アメリカの労働』日本労働研究機構
  • 木下武雄(2001)「米国発リヴィング・ウェジ、英国発最低賃金制、そして日本」『賃金と社会保障』No.1303、(2001年8月上旬号)
  • 笹島芳雄(2001)「アメリカの生活賃金運動」『賃金実務』、No.887、2001年9月1日号
  • 堀春彦(2003)「アメリカ合衆国の最低賃金制度」『諸外国における最低賃金制度』日本労働研究機構、第2章所収

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