フランス労働政策の行方
―雇用が争点となった大統領選を振り返って

カテゴリー:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2007年6月

サルコジ大統領誕生、新内閣発足

フランスでは、2007年5月18日、ニコラ・サルコジ大統領のもと新内閣が発足した。「過去との訣別」をスローガンに「変革」の必要性を主張し続け、6日の大統領選決選投票でセゴレーヌ・ロワイヤル社会党候補を制したサルコジ大統領は、新首相に与党UMP(国民運動連合)のフランソワ・フィヨン元国民教育相を任命。29あった閣僚ポストを15にまで大幅に削減し、そのほぼ半数に女性閣僚を据えた。さらに、左派・中道からも採用し「開かれた内閣」で、「すべての国民の声に耳を傾け」公約として掲げてきた「変革」の実現に全力を注ぐことを宣言した。

フィヨン新首相は、ラファラン内閣の社会問題・労働・連帯相時代に、社会党政権が制定した週35時間労働制の緩和を内容とする「賃金・労働時間・雇用促進法(通称:フィヨン法)」制定や年金改革に着手。2004年に高等教育・研究相に就任すると、バカロレア改革を含む「フィヨン教育法」を制定した。2005年のドヴィルパン内閣発足時に教育相を更迭されたが、上院(元老院)議員に選出され、大統領選挙ではサルコジ氏の選挙参謀を務めた。

ドヴィルパン内閣に引き続き、雇用・労働問題が最大の課題とされる中で発足したフィヨン内閣。サルコジ大統領は、その政治的交渉力が高く評価されているフィヨン首相を軸に、まずは、残業規制の緩和を柱とする週35時間労働制の見直しや柔軟な雇用契約の導入(注1)、公共輸送機関のストライキ時に最低限の運行を維持する制度(ミニマム・サービス)の確立等に着手する。

最大の争点となった雇用・労働問題

今回の大統領選では、雇用・労働問題が最大の争点となった。投票前(2006年11月)の世論調査でも、有権者の関心が最も高かったのは「雇用」であった。ちなみに、2002年の選挙では、「治安」への関心が最も高く、次いで「雇用」という結果であった。

こうした背景には、「大量失業の常態化」とそれに伴う社会不安の拡大が存在する。フランスでは、「栄光の30年」といわれる戦後の経済成長期を過ぎた後から、失業率が10%前後を行き来し、ここ20数年抜本的な失業改善はみられない。なお、フランス政府が発表した最近の失業率の推移は低下傾向にあるが、EUはこれを否定する数値を発表している(注2)。

特に若年層(15~24歳)の失業率は、ここ十数年間20%前後で推移しており、改善の兆しはみえない。日本の学生のように卒業と同時に就職できるようなケースは非常に稀で、多くの学生が有期の雇用契約を繰り返し、安定した職を得るまでには8~11年かかると言われている。

また、グローバル化進展や欧州連合(EU)拡大を背景に、企業の生産拠点の国外移転に伴う雇用喪失問題も浮上。2005年5月末に実施されたEU憲法の批准の可否をめぐる国民投票では、反対が54.87%、賛成45.13%で、同憲法批准は否決された。これは、高失業率や相次ぐ企業・工場の海外移転、増加するリストラなど、現在のフランス社会に対する国民の大きな不満と不安を表す結果だったともいえる。

「保護主義からの脱却」vs「弱者に優しい社会」

こうしたなか「雇用との闘い」をスローガンに掲げ2005年5月に発足したドヴィルパン内閣は、雇用契約の柔軟化による雇用創出を試みた。同年8月には、従業員20人以下の企業を対象に、新たな「期間の定めのない雇用契約」として「CNE」を創設。2年の試用期間内であれば企業側は理由を説明することなく自由に解雇することを可能とした。

次いで同内閣は、2006年1月、25歳未満の若者向けにCNEを基礎とした雇用契約「CPE」を提案したが、「理由なき解雇」が受け入れられず、事態は学生たちの大規模な反対運動にまで発展し、結局CPEは廃案に追い込まれた。このように、今回の大統領選挙は、雇用・労働問題がフランス全土に拡大するなかで展開されたといえる。

選挙戦でサルコジ氏は、「より働き、より稼ぐ」をスローガンに掲げ、「労働の価値」を称揚した。選挙集会では、「もっと働きたいと望む人には、可能性をつくり、労働の価値を高めなければならない」と繰り返し、勤労意欲や競争意識の向上を強く訴えた。具体的には、CNEをモデルとした単一労働契約の導入(注3)や残業規制の緩和などによる週35時間労働制の見直し、企業の社会保障負担の軽減などを公約とした。同氏は、「残業代を25%アップし、企業にはその分の社会保障費を免除する。こうした規制緩和は、労働者の所得を増やし、企業の活力を高め、そして購買力の向上に繋がる」と主張した。保護主義から脱却し、アメリカ型の自由競争を取り入れることで、「働いた分だけ報われる社会」を実現すると訴えた。

対するロワイヤル氏は、伝統的な保護主義を貫き、最低賃金の引き上げや年金支給の増額など社会保障の充実を主張。サルコジ氏の主張する35時間労働制の改革は、「既に職のある人に残業させることで企業は新規採用をする必要がなくなり、雇用創出には繋がらない。若者や失業者に仕事を与えるべきだ」と反論。労働契約改革では、CNEが試用期間(2年間)の解雇を容易にする点が大きな問題であるとし、「CNEを廃止し、期間の定めのない雇用契約(CDI)をフランスにおける労働契約の標準に戻すことが重要」と訴えた。失業対策では「国が失業者の再就職実現まで保障する」とし、若年向けに「踏み台(ステップアップのための)雇用」を50万軒創出することなどを公約として掲げた。しかし、その費用については、最後まで説得力のある説明をすることができなかった。財政赤字が深刻な状況にある中、国民には「実現性の低い」「現実味の無い」政策としかうつらなかったといえる。

新大統領、変革に向け「対話路線」開始

フランス内務省の発表によると、今回の選挙の投票率は83.97%。両候補の得票率は、サルコジ氏1898万3408票(53.06%)、ロワイヤル氏1679万611票(46.94%)で、その差は219万票と、決して「大差」とはいえないものであった。

かねてからパフォーマンス性の高さが注目されてきたサルコジ氏であるが、決選投票前に行われたテレビ討論では、その表現力が十二分に発揮され、ロワイヤル氏を圧倒した。この討論がサルコジ氏の勝利を決定的なものとしたともいわれるが、真のリーダーを求める有権者は、彼の政治の舞台での豊富な経験と行動力、そして失業問題解決と購買力向上を目指す公約に期待を寄せたといえよう。

「労使との十分な対話による公約の実現」を主張するサルコジ大統領は、就任から二週間足らずで、労使双方の代表と会談し、対話を優先する姿勢を見せた。しかし、変革とは痛みを伴うものである。この「痛み」をどこまで抑えられるか。今回の選挙結果では、半数近くの国民が、サルコジの氏の主張する「変革」に不安や抵抗を抱いているという事実が明らかになったともいえる。2005年秋に郊外の移民系若者を中心とした暴動が拡大するなど、移民や低所得層を中心とした政府への不満は強まりをみせており、選挙後もサルコジ大統領の誕生に反発する若者たちによる暴動が発生し、およそ600名の逮捕者がでた。彼らは「変革」をどう受け止めるのか。フランスの伝統的「保護主義」からの脱却を目指すサルコジ大統領の雇用政策の行方が注目される。

2007年6月 国別労働トピック:フランス

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