連立政権、労働政策でジグザグ
―社民党の方針修正を反映

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  • 国別労働トピック:2007年12月

連立政権は11月12日、社会民主党(SPD)の意見を反映する形で、高齢者に対する失業給付Ⅰの受給期間の延長を決定した。逆に、郵便事業に対する最低賃金の適用はSPDの主張を退けたが、その後、労使の再交渉を経て妥協が成立した。09年の総選挙を控えて、SPDはシュレーダー前政権の実施した労働市場改革を軌道修正する方針を打ち出しており、連立政権はジグザグした舵取りを余儀なくされている。こうした中で、連立政権の要の位置にあったSPDのミュンテフェリング副首相兼労働社会相が突然辞任し、政局に激震が走った。連立政権の運営は今後、ますます困難を増すと見られている。

高齢者に対する失業給付Ⅰの受給期間を延長

SPDは10月26日~28日の党大会で、改革路線から有権者受けする左派路線へと方針転換し、中高年に対する失業給付Ⅰ受給期間の延長や全国一律時給7.5ユーロの法定最低賃金導入などの政策を採択した。

その後11月4日に開催された連立政権幹部による連立委員会において、SPDは失業給付Ⅰ受給期間の延長や郵便事業への最低賃金導入の実現を強く迫ったが、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の抵抗によって結論は持ち越された。

11月12日に再開された連立委員会は、深夜に及ぶ長時間の議論の末、高齢者に対する失業給付Ⅰ受給期間の延長および失業保険料率の3.3%への引き下げを決定した。

失業前の5年間に最低48カ月失業保険料を支払った58歳以上の失業者は24カ月間、最低36カ月失業保険料を支払った55~57歳の失業者は18カ月間、最低30カ月失業保険料を支払った50~54歳の失業者は15カ月間、失業給付Ⅰを受給できるようになる。現行の受給期間は55歳未満が最長12カ月、55歳以上が最長18カ月。

連立政権は受給期間延長により約11億ユーロの経費が発生すると見込んでいる。キリスト教社会同盟(CSU)のフーバー党首は、失業保険を運営する連邦雇用エージェンシー(BA)に追加費用を発生させない形で受給期間延長を実施すると述べた。このため満額の受給権取得に必要な保険加入期間の延長等による予算節約措置が講じられる。また、受給期間の延長は、失業給付Ⅱ(失業給付Ⅰ受給期間を終了した失業者等に税財源から支給する社会給付)の予算節約につながる。この節約によって生じる財源も、失業者の労働市場への統合のための予算のうち、これまでBAが使用してこなかった分と合わせ、失業給付Ⅰの支給に充てられる。

受給期間の延長は職業紹介とも連動しており、今後は受給権を有する中高年失業者全員に対して職業紹介クーポン(注1)が配布される。受給者はBAによる具体的な職業紹介または職業紹介クーポンによる民間事業者の職業紹介サービスがうまくいかなかった場合に、失業給付Ⅰを延長して受給できる。

連立政権はまた、失業保険の保険料率を08年1月から0.9%引き下げ3.3%とすることを決定した。好景気で失業者が大幅に減少し、失業保険財政に多額の剰余金が発生していることが背景にある。06年末の保険料率は6.5%であったが、07年1月に4.2%に引き下げられた。労使の失業保険料負担は07年に総額170億ユーロ、08年にはさらに70億ユーロ軽減される。

郵便事業の最低賃金、曲折の末適用を決定

一方、郵便事業の最低賃金は、当初SPDの主張を退けたが、紆余曲折の末、最終的に1月1日からの適用を決定した。

連立政権は8月、「国境を超えるサービスに係る強制的労働条件に関する法律」(越境労働者派遣法)に基づく最低賃金の適用を郵便事業に拡大する方針を示した。同法は、建設産業のみを対象に、外国および国内のすべての企業に対して産業別労働協約の最低賃金規定の遵守を義務づけている。連立政権は、08年1月に予定される郵便市場の完全自由化に伴い、新たに参入する企業による賃金ダンピングを防止することをめざしていた。

この方針を踏まえ、統一サービス産業労組のヴェルディとドイツ・ポストが中心となって結成した郵便サービス事業者連合会は最低賃金協約(時給8~9.8ユーロ)を締結し、越境労働者派遣法の適用を政府に申請した。しかし、CDU・CSUの反対によって、連立委員会は11月12日、適用を見送った。越境労働者派遣法の適用対象は労働協約の適用率が50%以上に達する産業分野に限っている。08年1月からの郵便事業の新規参入労働者を含めると、郵便労使の今回の最低賃金協約が前提条件を満たしているか否か疑念がある、というのが反対の主な理由だ。なお、参入を予定しているTNTポストやPIN グループなどは、協約による最低賃金の水準が高すぎるとして業界全体への適用に強く抗議していた。

CDU・CSUは、新聞や小包などの配達のほかに副次的業務として郵便配達を行う労働者には最低賃金を適用せず、郵便配達を主業とする労働者に対象を限定する提案を行ったが、SPDは受け入れなかった。SPD議員団委員長のシュトルック氏は、メルケル首相が業界のロビー活動に屈して8月の連立政権合意を破ったと厳しく非難した。

その後、CDU議員団委員長のカウダー氏は、「労働協約の当事者がもう一度交渉するのが一番手っ取り早い」として、郵便事業労使に対し再度交渉を行うよう要請した。SPDのシュトルック氏も「我々はCDU・CSU、ヴェルディ、ドイツ・ポストとともに、新たなスタートを切らねばならない」と批判のトーンを和らげた。

こうした動きを受けて、ヴェルディと郵便サービス事業者連合会は再度交渉を行い、11月29日に最低賃金協約の変更について合意した。新たな協約は、「主に郵便物を商売として、あるいは、職業として、第三者に輸送するすべての企業および独立の企業部門」を対象としている。これは、最低賃金の適用を、本業として郵便の配達および仕分けを行う労働者に限定することを意味する。

メルケル首相は、「賃金協約は越境労働者派遣法への受入れに必要な前提条件を満たしている」として郵便労使の合意を歓迎した。カウダー氏は、郵便事業の最低賃金が来年1月1日の郵便事業の独占範囲(50g以下の書状)の撤廃と同時に適用されるだろうと述べた。

しかし、この連立政権の決定を受けて、TNTポストは個人向け郵便サービス事業への参入を断念し、企業向けサービスに対象を限定する方針を示した。PIN グループも、現在ドイツで雇用する9000人のうち、1000人以上の郵便労働者を解雇すると発表し、波紋を投げかけた。この2社の郵便労働者の平均初任賃金は、ドイツ・ポストの時給10.4ユーロよりはるかに低い時給7~7.5ユーロとされている。

連立の要、副首相が突然辞任

連立政権の運営に重要な役割を果たしてきたSPDのミュンテフェリング副首相兼労働社会相が11月13日に突然辞意を表明し、21日に退任した。癌を患っている妻の看病に専念することが理由とされている。10月下旬のSPD党大会前に中高年に対する失業給付Ⅰ受給期間の延長を提案したベック党首に対し、ミュンテフェリング氏は改革路線に逆行するものとして断固反対したが、党員の支持を得られず敗北した。11月12日の連立委員会では、失業給付Ⅰ受給期間の延長が連立政権でも承認され、さらに自身が主導してきた郵便事業への最低賃金導入がメルケル首相らCDU・CSU幹部の反対で見送られることとなった。辞任表明のタイミングがこの翌日であったため、様々な憶測を呼んだ。

現在67歳の老練な政治家であるミュンテフェリング氏はSPD党首としてシュレーダー政権を支え、アジェンダ2010と称される労働市場改革の実現に尽力した。05年の総選挙でSPDが僅差でCDU・CSUに敗れた後は、連立政権の誕生に貢献し、副首相兼労働社会相として入閣した。中道右派のCDU・CSUと中道左派のSPDの接着剤役として重要な役割を果たし、「ミスター連立政権」と呼ばれていた。メルケル首相からも厚い信頼を受け、良き相談相手となった。労働社会相としては、労組の反対を押し切って、年金支給開始年齢の65歳から67歳への段階的引き上げを決定した。

SPDはミュンテルェリング氏の後任として、シュタインマーヤー外相を副首相に、連邦議会院内総務のショルツ氏を労働社会相に選出した。当初はベック党首が入閣するとの噂も流れたが、同氏は、メルケル内閣とは距離を置き、SPDの政策を自由に主張できる現在のポジションを選んだようである。09年の総選挙に向けて、SPDの首相候補としての自身の立場を確固としたものにするねらいがあるものと見られる。有権者の支持率ではベック党首を上回るシュタインマイヤー副首相兼外相もメルケル首相の外交政策を公然と批判し、対決姿勢を強めている。

ミュンテフェリング氏の辞任は、09年総選挙運動の幕開けと政局の膠着状態に道を開くものであったとする報道が数多く見られる。ベック党首は今後ますます、党大会で採択された左派色の強い政策を強く推進していくとものと予想される。連立政権の残り任期2年間に、全国一律法定最低賃金などの問題が政局にどのような影響を与えていくのか。今後の推移が注目される。

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