労働市場の柔軟化、教育訓練の促進など提唱
―雇用問題の年次報告書発表

カテゴリー:若年者雇用人材育成・職業能力開発多様な働き方

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  • 国別労働トピック:2007年12月

欧州委員会は11月、年次報告書「2007年欧州の雇用」(Employment in Europe 2007)を公表した。2006年に加盟国全体で前年に比べ400万人を超える雇用増と、女性や高齢者を中心に全体で0.5ポイントの就業率の上昇が見られたことを評価する一方、若年層の雇用状況の改善が進んでいない点を懸念材料として挙げ、技能訓練へのアクセスを改善するなどの方策を提言している。また、EUの進める「フレクシキュリティ」(労働市場の柔軟化と雇用の確保)に関連して、企業における柔軟な働き方や技能訓練などの現状を分析、労働者の職業生活の向上やワーク・ライフ・バランスなどの観点から、裁量的な働き方と労働市場の柔軟性を併せて促進することが望ましいとの見方を示している。

報告書は、「就労におけるライフ・サイクル・アプローチ」、「フレクシキュリティ」、「労働所得の配分に関する動向」の3点を全体に関わるテーマとして掲げ、5章からなる各章で、(1)労働市場の概況、(2)高齢者労働市場の状況、(3)労働時間、労働組織、企業における柔軟な働き方、(4)企業主導の継続的教育訓練の強化、(5)労働所得の配分に関する動向--をそれぞれ取り上げている。以下では、3点のテーマ別にその概略を紹介する。

就労におけるライフ・サイクル・アプローチ-若年層と高年齢層の就業促進

経済成長の好転を背景に、2006年の雇用は前年に比べて約400万人、1.4%の増加と2000年以来最も好調な伸びとなった。とりわけ著しい雇用増がみられた旧東欧諸国を含め、全ての加盟国で雇用が増加した。失業率は0.8ポイント減の7.9%。就業率は、前年から0.5ポイント増の64.3%で、女性の0.8ポイント増(57.1%)、高齢者(55~64歳)の1.0ポイント増(43.5%)などの影響が大きい。ただし国別の就業率では、デンマークで77%、ポーランドで55%などばらつきが大きい。年齢別には、雇用増の三分の二近くを25~54歳の主要年齢(prime-age)層が占め、また三分の一弱が高齢者となっている。

女性は各年齢層で就業率が上昇し、この傾向は高齢層でも同じで、高齢者の雇用状況の改善には女性就業率の上昇が大きく寄与している。高齢男性の上昇率は女性に比べて小さい。男性の上昇は主として労働市場からの退出が遅くなったことが主な要因となっており、年金改革やアクティブ・エイジング政策の効果にもよると考えられる。高齢層全体の雇用増のほとんどはサービス部門で、特に保健・社会福祉(100万人増)、また教育、不動産・レンタル・事業サービス(各75万人増)などの知識集約的産業での技能職の増加が大きい。

一方、若者の雇用状況は他のグループに比して改善していない。失業率は17.4%と高く、また就業率についても35.9%と、米国の54.2%や日本の41.4%に比して低位に留まっている。低学歴層を中心に、教育から職業への移行が円滑に行われていないことや、また不安定雇用から抜け出せない層、あるいは相対的には少数だが、教育・雇用にも職業訓練にも参加していない層(いわゆるニート)などが依然として多い。これには、学校教育段階での失敗も大きく影響している。教育や職業訓練などを通じて労働市場への参加を促し、失業の長期化を防ぐ対策を強力に押し進める必要がある。また、正規労働者にとって有利な雇用制度によって、若者の雇用はマイナスの影響を受けやすい。この対策として、労働市場の柔軟化を促進して、企業が若者を雇用しやすい環境をつくることにより、正規労働者と非正規労働者・失業者との間の労働市場の分断という問題が部分的に解消される可能性がある。

若年・高齢者層は、経済成長や社会保障制度への影響からも、その就業促進に向けて特別な政策的対応が必要な層ではあるが、技能・キャリア形成の問題や、主要年齢層における柔軟な働き方のニーズに対して労働供給面からこれを補完しうるなど、特定の年齢層に限定的な問題ではない。従って、全ての年齢層に対して総合的な労働市場への統合政策を実施していく必要がある。欧州委員会はこの政策アプローチを、「就労におけるライフ・サイクル・アプローチ」として提唱している。

フレクシキュリティ-自律的な働き方と技能訓練で

経済社会環境の変化に対応するためのフレクシキュリティの推進にとって、労働市場の柔軟性とともに、企業内での働き方の柔軟性が重要な要素として挙げられる。実際、企業においては、労働時間や人員配置・職務配分などを含め、様々な形での柔軟化が進んでいる。各国における労働市場の柔軟性と企業内での働き方の柔軟性の傾向は、産業構造や歴史的文脈によっても異なるが、今後、欧州が目指すべき知識集約的経済に向けて、仕事を通じた知識や技能の習得・向上を促進していくためには、労働市場の柔軟性を適度に確保しつつ、労働の自律性やタスクの複雑さを高め、また学習・問題解決の要素が強い働き方が望ましいといえる。

労働市場の柔軟性と企業内での働き方の柔軟性を高めるためには、企業に雇用されている労働者の技能の向上・更新を通じて職務間・企業間の移行をサポートするための、継続的教育訓練(continued vocational training:CVT)が必要である。これによって、社会的疎外や所得格差の緩和、また高齢者の就業促進を通じた社会保障制度への負担の軽減と併せて、技術革新などの変化への対応を通じた企業の競争力向上の効果も期待出来る。しかし、流動的な労働市場においては、企業が労働者に投資しにくいという問題がある。実際、特に教育訓練が必要な層である若年・高齢者などで、企業による訓練への参加率が低いという問題が指摘されている。教育訓練の非効率性やアクセスに関する不平等などの問題の解消にあたっては、政府自身による教育訓練の提供や、民間が行う場合の規制、財政支援などが慎重な計画に基づいて行われることも対策となりうる。

労働所得の配分に関する展開-経済成長に配慮した調整を

労働所得(付加価値に占める労働者への配分)は、70年代初頭以降ほぼ全ての加盟国で低下している。一方で80年代以降、技能労働者に対する配分率は上昇しており、このことから、技能水準間の所得の分化が進行しているといえる。こういった動向には、技術進歩や労働市場制度、また経済の開放性などの要因が相互に複雑に関連しており、その影響の表れ方は技能の種類によっても大きく異なる。労働・資本間の配分や、異なる技能水準間の配分のバランスを調整するにあたっては、経済の安定や成長に配慮する必要がある。また同時に、低技能労働者の技能水準の向上や、労働市場の柔軟性を高めるなどの施策を併せて実施することが肝要だ。これによって、新たな雇用創出や、低生産性・低技能・低賃金の雇用を整理し、労働者をより高収入な仕事に振り向けるといった効果が期待出来る。

参考

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