「イギリスの仕事をイギリス人労働者に」
―首相発言をめぐり論争広がる

カテゴリー:雇用・失業問題外国人労働者人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2007年12月

ブラウン首相は9月、英国労働組合会議(TUC)の大会や労働党大会などで、「イギリスの仕事をイギリス人労働者に」(”British jobs for British workers”)との方針を表明し、イギリス人に優先的に雇用を割り当てる一連の政策案を発表した。これに対し野党からの批判が相次ぎ、また労働党内部からも異論の声があがっている。

人種差別、排外主義の批判も

労働力調査によれば、イギリスの長期失業者(失業期間が1年を超える者)は1997年の74万6千人から2004年の27万5千人まで急激に減少したものの、以降は増加し、2007年に入ってからは39万人前後で推移している。全失業者166万人の四分の一近くを占め、このうち約半数が2年を超えて失業している。政府が目標とする就業率80%の達成のためにも、また財政的負担の面からも、その削減が課題とされてきた。

ブラウン首相はTUC大会での挨拶で、現在イギリス国内にある60万人を超える求人が、技能のミスマッチや企業と求職者の間のマッチングの不十分さから充足されていないと主張し、失業者や労働市場から離れているイギリス人への優先的な雇用の斡旋などで、今後数年で50万人分の雇用創出を目指す、との方針を示した。

その中核は、「雇用パートナーシップ」協定だ。企業との間に長期失業者を雇用する約束を取り付け、その協力を得ながら、就労に適した訓練などを政府が行うという政策で、2010年までに25万人の雇用創出を見込んでいる。既に小売業やホテル業、警備業企業など、10月末までに100社以上との締結が完了した、と政府は発表している。またこのほか、一人親に対する優先的な雇用機会の提供や試用期間・就業1年目に関する手当の支給、また2020年までに若者を中心とする徒弟制度の就業者を50万人に倍増することなどを政策案の柱として掲げている。政府がイギリス人優遇を打ち出す理由の一端には、近年の移民増加に伴う雇用や治安などの問題に関する国民の不安の高まりを緩和するねらいもあるといわれている。

これに対して、野党からは、一連の政策案が人種差別的・排外主義的であるとの批判や、その効果自体を疑問視する声が出ている。保守党のキャメロン党首は、国会での討論で、「British jobs for British workers」というスローガン自体がそもそも極右政党によって以前から使われていたことを指摘、イギリス人の優遇は、EU加盟国市民に対する差別的扱いを禁止している人権法(あるいはその元である欧州人権条約)に違反するとして痛烈に批判した。また労働党内でも、同政策を「雇用アパルトヘイト」と形容しつつ、違和感を表明する議員も出ている。

ブラウン首相はこれらの批判に対して、イギリス人が圧倒的に多い長期失業者の訓練や雇用を企業に促しているにすぎないと主張、「職のない労働者に仕事を与えることは、どの政府にも重要な課題であるはず」として、差別にはあたらないと反論している。また関係閣僚も、首相発言を「行き過ぎ」と認めつつ、失業者対策は移民問題の有無にかかわらず行うものであり、あくまで国内の多くの失業者に仕事を与えることが目的であるとして、今後の技能訓練等への注力が首相の公約に実体を与えるだろう、と述べている。しかし、このトーンダウンに対しては、「イギリス人労働者に」という台詞は空手形だったのか、とのさらなる批判を野党側から生む結果となった。

技能訓練・給付制限強化により就労促進

首相の公約をうける形で、政府は長期失業者や無業者向けの施策の実施を相次いで発表している。そのひとつが、2008年度以降の技能訓練政策の拡張で、政府の助成により企業や学校などで実施されている技能訓練コースの人員枠を700万人以上に拡大(うち約半数は読み書き・計算能力など基礎学力に関するもの)し、さらに徒弟制度の人員を今後4年で40万人に引上げる。この二つの政策を柱に、訓練コースの助成など年間110億ポンド以上を投じる。(注1)

また、失業者等に対する給付制度についても、受給期間の長期化の防止や就労の促進に向けた改革が進められている。今年5月に成立した2007年福祉改革法(Welfare Reform Act 2007)に基づき、就労不能給付(Incapacity Benefit)および所得補助(Income Support)を統合、新たな給付制度として雇用・生活補助手当(Employment and Support Allowance)を2008年10月から導入することが既に決定しているが、政府は11月、受給資格の新たな審査基準(Personal Capability Assessment)についてその内容を明らかにした。

身体などの障害により就労が難しいと判断された人々に対して支払われる就労不能給付は、近年の景気の好調に伴う雇用情勢の改善にもかかわらず、増加傾向が続いており、2007年の受給者264万人への給付総額は125億ポンドにのぼるという。政府は、新しい審査基準により、給付対象者の削減を企図しており、このため、現行の審査基準から製造現場などで必要とされる身体・精神機能に関わる基準を廃止、新たにコンピュータのキーボードやマウスの基本的な操作能力などを盛り込むなどの改定を行う。政府はこれにより、2万人の給付対象者の削減と、新規申請に対する却下の割合の2割程度の引き上げを見込んでいる(注2)。また所得補助については、基本的に現行の制度を引き継ぐ内容だが、高齢者や一人親などの就労促進策の強化を並行して実施する方針を政府は示している。

一方、失業者に対する給付制度である求職者手当(Jobseekers’ Allowance)についても、受給条件の強化が図られる。新規の給付申請者に対して、読み書き・計算あるいは英語能力等の水準をチェックするほか、6カ月を超えて失業状態にある労働者に対しては、技能水準のチェックと併せて必要に応じた訓練の受講を義務化する。

なお、会計検査院(National Audit Office)が先頃公表した調査結果によれば、求職者給付から就業した人々の4割が、半年後には再び失業して受給者となっており、こうした反復受給者が毎年新規に申請される240万件の約三分の一を占めるという。さらに、失業給付の受給と就業との間を行き来する人々の割合は、1980年代から変わっていないとの結果が明らかになった。ここ10年間で失業者数自体は減少したものの、継続的な就業には必ずしも結びついてこなかったことが判明した格好だ。

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