クライスラーで辛くも新労働協約成立

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2007年11月

米国自動車産業の4年に1度の労働協約改訂の交渉は、9月26日合意に至ったGMとの交渉(注1)に引き続き、10月7日からUAW(全米自動車労組)とクライスラーとの間での労使交渉が本格化した。労使交渉は医療費負担削減や雇用保障をめぐって膠着状態となり、10月10日午前に一部工場を除いてストに突入した。しかし、6時間後、労使の合意を受けて即日解除された。

新しい協約の内容は、GMとの交渉結果と大筋で同様のものであるとされている。ちなみに、協約によるベネフィットは、4万5000人の現役従業員の他、5万5000人の退職者と2万3000人の退職者に先立たれた配偶者が対象となる。

二階層賃金制導入など

各種報道とUAWのレポート(注2)による協約内容は以下の通りである。

  1. 退職者医療費信託基金を2010年に設立し、クライスラー側が88億ドルを拠出する。2008年と2009年の退職者医療にかかる費用については約15億ドルを負担する。(注3

  2. 一時金の支払いと賃金抑制についてはほぼGMと同様の水準である。2007年の一時金として3000ドル、2008年から2010年までの毎年、一時金として年間賃金の3%から4%が支払われる。賃金については据え置きとなり、物価調整手当の加算にとどまる。

  3. 4工場に関して二階層賃金制度の導入し、非主要部門の新規労働者を対象に低い賃金体系を適用する。部門によって異なるが、その水準は従来のほぼ半額に当たる14.61ドルから16.23ドルとなる。

  4. 雇用保障に関して経営側は150億ドルに当たる投資計画を示した。しかし、投資計画の実施時期や生産数量については具体的数字を明らかにしていない。一方、GMは将来の国内生産工場建設や生産数量を提示するなどこの点について明確な回答を示している。GMに見られた3000人の非正規従業員を正規従業員化するような内容もクライスラーとの新協約には見られない(注4)。

クライスラーの協約ではほとんどの工場について、プロダクトライフサイクルに沿って現行車種の生産を行なうという表現にとどまっている。中には追加的な生産を行なわないと明記している工場さえある。将来生産計画に踏み込んだ表現でも、次世代車種の生産計画の有無について触れているに過ぎない。

目立つ幹部・組合員からの不満

合意内容に対する幹部投票は10月15日に実施された。賛成多数で可決したが、GMと異なり満場一致ではなかった(注5)。18日からの組合員投票では、批准に必要な過半数を確保したものの、賛成票はGMの66%に比べて低水準の56%にとどまった(注6)。工場単位で見ると、北米主要工場の1つセントルイス北部組立工場など幾つかの工場で否決された。

6時間のストに関しても冷ややかな見方が見られた。5つの工場12000人、組合員の4分の1以上は一時帰休の状態にあったためストは実質的には影響力はなかったとされている(注7)。オハイオ州トレドのジープ工場に勤続30年のある労働者は、妥結内容をぎりぎりのものだと思わせるためにストが実施されたのだと述べている。演技に過ぎないとの意味を込めて「ハリウッドスト」と揶揄する声も聞かれるという(注8)。

UAW幹部の中からも批判の声が上がっている。デトロイトの支部長会議で3分の2が賛成したものの、交渉チームトップの要職にある者の中にも反対の意をあらわにする者がいた。今後の明確な生産計画が示されなかったことへの失望感が理由ともされているが、二階層賃金制度の導入に対して最も批判が集中している。デトロイド近郊ステアリンク・ハイツ支部長は、この制度は既にイリノイ州ベルヴィデルの工場において導入されており、実際に労働者の間に不満や対立が生じていると語った(注9)。また、ミシガン州ウォーレン支部長は新協約の内容にも、幹部の説明内容にも不満の意を露わにし、二階層賃金制度はUAW設立理念「全組合員に等しい仕事、等しい支払いを提供する」という精神に反するものだと述べた(注10)。

他の2社とは相違する経営環境

こうした不満の背景には、ビッグスリーの他の2社とは違った条件下の交渉をクライスラーが余儀なくされたことも関係している。1つは、GMとフォードでは2005年から2006年にかけて医療費負担額の削減に関してUAWとの間で合意ができており、今回の基金設立に関する協約協議の前提条件ができていた点がある(注11)。クライスラーはGMやフォードに比して医療費削減の問題では交渉を最初の一歩から着手しなければならなかったのである。もう1つは、クライスラーの経営権は、2007年8月、ダイムラー・ベンツから投資ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントに移った。同ファンドの意向が経営に反映されることになり、短期的な利益に直結する経営を優先し、徹底した人件費削減を目指されるようになっていたため、GMのような雇用保障を新協約に盛り込めなかったとも考えられる。

参考レート

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