労働者派遣事業に対し、規制強化の動き

カテゴリー:非正規雇用労使関係

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  • 国別労働トピック:2007年10月

派遣労働者をEU(欧州連合)加盟国中で最も活用している国の一つであるイギリスで、派遣事業者の違法行為が目立ち、政労使の代表で構成する検討委員会は取り締まりの強化を柱とする法改正を検討している。年明けには政府案を固める予定だ。違法事業者に対する罰則強化などでは労使の意見は一致しているものの、この動きと並行して、EUのレベルで、派遣事業の均等処遇をめぐって抜本的な規制強化が検討されており、この内容を巡って労使の意見は対立している。

違法派遣業者の取り締まり強化

イギリスでは、1995年の職業紹介事業の自由化以降、派遣労働者と事業者が急増したといわれる。労働力調査によれば、2006年の派遣労働者数は26万3000人(全雇用者の1.1%)だが、統計上把握されない労働者を含めると60万人にのぼるとの推計もあり、正確な数は必ずしも把握されていない。派遣可能な業種や期間を含め、事業者に対する規制は他の加盟国に比して緩やかだ。

人材ビジネス全般の拡大につれ、近年、悪質な事業者によって労働者が不利益を被る事例が、メディア等で取り沙汰されている。労働者が求めていないサービス(宿泊所・移動手段の提供など)や紹介料などの名目で強制的に料金を徴収したり、最低賃金額未満の賃金しか支払わないなどがその例だ。政府は労使とともに2006年に委員会(注1)を設け、被害実態の把握と新たな規制内容の検討を進めていた。

ビジネス・企業・規制改革省のジョン・ハットン大臣は、9月に開催された英国労働組合会議(TUC)の大会でのスピーチにおいて、委員会の議論の方向性を示した。まず、全国で現在12人の労働者派遣事業基準監督官を24人に倍増し、査察権限を強化する。また、不要なサービス等の強制による料金徴収等の取り締まりを強め、違反業者に対する罰金の上限を廃止する。併せて、最低賃金制度違反に対しても、取り締まりの強化と罰金の引上げを行う。

政労使の検討委員会は来年2月まで議論を継続、最終的な政府案を固める予定だ。

均等処遇の資格要件をめぐり、労使の意見が対立

TUCの大会が開催されたちょうど同じ週、欧州委員会ではEUの派遣労働者指令(注2)に関する公式協議が4年ぶりに再開された。同指令は、派遣労働者と正規従業員の均等処遇の法制化を加盟各国に義務づけるもの。域内労働力の活用(就業率の向上)のため、就業形態の多様化・柔軟化とその保護法制の整備を併せて進めたい欧州委員会にとって、既に成立したパートタイム労働者指令、有期労働者指令とならんで重要な指令だ。2002年から翌年にかけて、成立に向けた協議が続けられたが、各国における制度や実態の相違から、均等処遇の適用時期や範囲などをめぐって議論が紛糾した。例えば委員会案では、均等処遇の資格要件となる勤続期間(qualifying period)を6週間と定めたが、イギリス政府は6カ月もしくは1年にすべきと主張したといわれる。

イギリスを含む4カ国(ほかにドイツ、デンマーク、アイルランド)からの合意を得ることができないまま、指令案の協議は頓挫していた。2007年7月から議長国をつとめるポルトガルが意欲を示し、指令案の協議の再開が実現したが、これにはイギリス政府の指令案に対する態度の軟化がきっかけとなったともいわれる。

ハットン大臣は同日のスピーチのなかで、指令案の協議の進展に向けて努力するとしたものの、その根幹である均等処遇の導入にあたっては、国内の雇用確保や労働市場の柔軟性の維持とのバランスを考慮する、との慎重な姿勢を示した。国内の現行の制度は、派遣労働者の権利保護を十分に規定している、というのが政府の基本的な立場だ。大臣は、派遣労働を積極的に選択している労働者が少なくないことや、派遣労働が長期失業者や労働市場を離れた女性などが再び正規雇用に就くための経路として機能していることなどを挙げ、こういった層の就業機会の確保には、新しい指令が企業の雇用創出を妨げないものであることが肝要であると主張した。

一方、労使の主張は、政府をはさんで対立している。

企業側は、政府の欧州委員会に対する協調的な姿勢に懸念を表明、指令案に反対することを政府に求めている。英国産業連盟(CBI)などが実施した調査では、回答企業の58%が、現在の指令案がそのまま国内法制化される場合、派遣労働者を大幅に削減すると答えている。CBIは、この削減規模が25万人にものぼるとみており、また削減幅を最小限に抑えるためには、均等処遇の資格要件となる勤続期間を少なくとも1年(注3)にすべきと主張している。

対する組合側は、派遣労働者は賃金だけでなく、有給休暇や病気休暇、あるいは不当解雇からの保護や教育訓練に至るまで、雇用上の権利全般において不利益を被っているとして(注4)、これまで一貫して派遣労働者の均等処遇の実現を求めている。これには、派遣労働者の権利保護と同時に、派遣労働者の増加とその労働条件の低下が正規労働者の雇用・労働条件に及ぼす悪影響を食い止めたいという意図もある。このため、派遣労働者指令の成立にも賛成の立場だ。事実、前回の総選挙に先立って、2004年に政府と取り交わした協定(注5)においても、指令の成立に向けたEUへの協力を行うという約束を、政府から引き出している。ただし、資格要件となる勤続期間を設けることには反対している。

政府、資格要件設定の方針堅持

昨年12月、労働党議員が下院に提出した「派遣労働者(不利益取扱い禁止)法案」は、資格要件となる勤続期間を設けず、就業初日から均等処遇の資格を認める内容だった。組合側はこれを支持したが、政府は、勤続期間の設定は不可避として同法案に難色を示し、3月から協議は中断している。

再開されたEUレベルでの議論でも、資格要件となる勤続期間(設定の是非および期間)が最大の争点となる見込みだ。政府がこの議論でどのような主張を行うかは今のところ明らかではない。ただ、勤続期間以外の問題で、イギリス政府は二つの主張をしている(注6)。一つは、指令案に含まれている労働協約等による適用除外条項の削除を求めている。均等処遇が法制化されているにもかかわらず、加盟国によっては労働協約によって実質的な差別処遇を容認しているケースがあるからだ。もう一つは、EU域内での労働者派遣事業の自由化を強調している。同国は他国に比して労働者派遣事業が発達しているために、市場拡大による恩恵が大きいためだと見られている。

議長国のポルトガルは、加盟国間の見解の相違に折り合いがつけば、12月のEU雇用・社会問題相理事会において政治的合意を目指すとの意向を示している。

参考

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