GM労働協約交渉、37年ぶりに全国規模のスト

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  • 国別労働トピック:2007年10月

米国自動車産業の4年に1度の労働協約改訂の交渉は7月下旬から始まった。9月14日で期限切れが迫っても労使の溝は埋まらず、全米自動車労働組合(UAW)は13日から交渉相手をゼネラル・モーターズ(GM)に絞って集中的に交渉を進めた。さらにUAWは18日になって交渉期限を設定してストに入る可能性を示唆。その後も合意形成への道筋がたたず、24日から73000人が参加する全国規模のストに入った。ちなみにGMでのストは、1998年以来9年ぶり、全国規模のストで言えば1970年以来37年ぶりである。

2日目の25日になり、米国からの部品供給停止に伴ってカナダ・オンタリオ州にある2つの組立工場工場が操業停止を余儀なくされるなど徐々に影響が広がっていった。72時間以上続けばメキシコでの生産にも影響が出ると言われていた。

26日未明になって、労使は以下の内容で大枠の合意に至り、ストは終結した。合意した労働協約の内容については、組合員の批准投票の前のため、公式に発表されていない。以下はUAWによる9月末時点でのレポート(注1)及び現地の各種報道(注2)を参考にまとめたものである。

労組の退職者医療基金を創設

まず、GMの経営上の重荷になっていた退職者向け医療費負担を、労組が運営する基金(注3)を創設した上で移管する。退職者向け医療費負担は将来負担分まで含めた債務を帳簿上に記載することが義務づけられており、その額は500億ドルにものぼっていた。

米財務会計基準審議会(FASB)は、2005年11月に会計基準変更を変更し、年金と非年金退職手当の債務の過不足額を貸借対照表に記載する旨の指針を公表した(注4)。米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)の当時の調査によると、GMとフォード・モーターの2社の非年金退職手当の積み立て不足額は調査対象500社総額の32%を占めたという。そのため06年以降、両社の業績や株価に対して、非年金退職手当の財務状態が大きく影響するようになった。今回のGMの措置は、退職者向け医療費負担を財務諸表上から除外し、企業価値を高めるためだった(注5)。

GMは労組による退職者医療費信託基金の創設にあたり以下の資金を拠出することになる。創設のために初年度2008年1月に241億ドルを一括拠出。これ以外に実際の医療費支給が開始される2010年までの退職者医療費として54億ドルを追加拠出する。また、少なくとも今後25年間、基金の財政が悪化した場合、GMは最大16億ドルを支援する。更にGMは43億7250万ドルを転換社債の形で拠出し、この社債の利子分を現金で支払う。この転換社債はGM株式に転換できるものであり、株価が上がれば基金にとっても利益となる。一方でGMの現役社員は、消費者物価上昇による医療費増加分を負担することになる。UAWのゲテルフィンガー委員長は、今後80年は退職者医療を確保できると述べている。

今回、創設へむけて暫定的合意に至った基金は、米タイヤメーカー大手のグッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバーが採用したものをモデルにしているという。ただ、1998年に移管が承認されたキャタピラーのケースでは、6年で基金が枯渇してしまったという前例もある。

雇用の確保と工場閉鎖

交渉が難航しスト突入にまで至ったのは、医療費負担の問題が理由ではなかったようだ。ゲテルフィンガー委員長は交渉途上で、今回の争点は「雇用の確保などの問題であって、退職者向け医療費負担の問題は、交渉行き詰まりの原因ではない」と強調していた。

改訂された協約では、国内16組立工場への新規投資による生産数量を確約し、約3000人(注6)の一時雇用者を正規の従業員として雇用することが明記された。

テネシー州スプリングヒル工場(シボレー車組立:従業員数3691人)、ミシガン州ランシング・デルタ・タウンシップ工場(サターンなど組立:同3621人)、ミシガン州フリント工場(トラック組立:同3261人)など16カ所については協約有効期限の11年までは閉鎖せず、生産数量が確約された。これらの工場の従業員数合計39000人強(注7)である。ゲテルフィンガー委員長は「前例のない生産量確保」「アウトソースへの全面的なモラトリアム」と評価した。また、ハイブリッド自動車「シボレー・ボルト」の生産を10年からミシガン州ハムトラック工場で開始することも盛り込まれている。

その一方で、当初予定よりも4工場多い13工場を閉鎖する計画が盛り込まれている。2010年までにデトロイト近郊のエンジンを生産するリボニア工場の他、オハイオ州パーマ小型エンジン工場、インディアナポリスとミシガン州フリントの金型工場も閉鎖される候補に挙がっている。追加された4つの工場の従業員は4100人強(注8)とされており、多くの従業員が退職後の医療費等の給付を満額受け取る権利をもっている。

一時金の支払いと賃金抑制

協約の改訂に伴い、一時金として組合員に1人当たり3000ドルを支払う。また、労働協約期間のうち、2年目から4年目の3年間について、年収の3から4%の一時金ボーナス(2104ドルから3271ドル)が毎年、支払われる。

賃金に関しては、新規労働協約の有効期間の今後4年間は賃上げを行なわれず、物価調整手当分のみが付加される。組立部門に関して言えば、新労働協約で時給28.12ドルと定められ、これに物価調整手当が毎年0.16ドルから0.2ドル付加されて、4年間で28.85ドルになる。

その一方で、職種に応じて2段階の賃金体系を導入し賃金を抑制する。現在は職種を問わず組立従業員は一律の賃金水準であった。今回の改訂によって、材料搬入、完成車検査や塗料合成などの非主要生産工程の新規労働者を対象として、時給を半分の14ドルから14.61ドルに抑える。

ジョブバンク制度の見直し

さらに、一時解雇された組合員に給与や手当のほぼ全額を継続支給する「ジョブバンク」制度を見直した。制度について適用条件を強化し、現在、元の職場から半径50マイル以内とされている職探しのために移動すべき範囲を拡大する。

今後の予定

28日、ミシガン州デトロイトで組合幹部による会合を開き、全会一致で協約を了承した。10月10日までに組合員投票で労働協約を承認したいとの意向を表明。フォード・モーターとクライスラーに対する労使交渉はこの投票後に本格化する見通しである。

参考文献

  • 山崎憲(2007)「UAWと米国自動車企業の労働協約07改訂」『月刊労働組合』労働大学調査研究所、2007年8月、p50~51

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