クローズド・ショップは人権条約違反
欧州人権裁判所が人権侵害を認定
2006年1月11日、フランスのストラスブールにある欧州人権裁判所大法廷は、デンマークの民間部門の労使協約の条項として採用されている「クローズド・ショップ条項(注1)」はヨーロッパ人権条約第11条(注2)に違反するとの判決を下し、デンマーク政府の人権侵害を認定した。
事件の経緯
- 欧州人権裁判所が人権侵害の申立て却下
1994年、キリスト教主義労働組合(KF)(注3)は、デンマークのクローズド・ショップ制度はヨーロッパ人権条約に違反する旨の申立てをヨーロッパ人権委員会に提出した。しかし、同裁判所人権委員会は、当該事案はまずデンマークの裁判所において審理されるべきだとし、当該申立ては受理されなかった。
- デンマーク最高裁の判決
欧州人権裁判所の判断を踏まえ1996年、キリスト教主義労働組合及びデンマーク自由労働組合(DFF)(注4)は共同で、「クローズド・ショップ制度は憲法違反である」として、デンマーク政府を提訴した。当該案件の最終審理を担当したデンマーク最高裁判所は1999年、1)企業採用時において労使協約中にクローズド・ショップ条項が織り込まれていない場合、勤労者に対して特定の組合員になることを強制することはできない。しかし、2)企業採用時に組合員であることを当初から雇用の条件とするクローズド・ショップ条項が採用されている場合は、使用者は特定の組合に加入しない勤労者を解雇する権利を有する、としてクローズド・ショップ条項に違憲性は認められないとの判断を示した。
- 欧州人権裁判所に提訴
キリスト教労働組合及びデンマーク自由労働組合は、最高裁判所の下した判決を不服とし、デンマークのクローズド・ショップ制度はヨーロッパ人権条約が掲げる「集会及び結社の自由」の規定に違反するとして、2003年、デンマーク政府の人権侵害を欧州人権裁判所に提訴した。
- 申立て受理、そして判決
ヨーロッパ人権裁判所は2003年、デンマーク政府の人権侵害に関する申立ての受理を決定。欧州人権裁判所大法廷は2005年、当該事案の審理を開始した。そして、2006年1月11日、同法廷は、デンマーク最高裁判所の判断を覆し、「クローズド・ショップ制度はヨーロッパ人権条約第11条に違反する」との判決を下した。
- デンマークにおけるクローズド・ショップ
デンマークでは今日まで、公的部門においてクローズド・ショップ制度は法律に反するが、民間部門の労働市場においてはクローズド・ショップは合法的な制度だと見なされてきた。2006年1月現在、クローズド・ショップ条項が適用されている民間の職場に雇用されている勤労者はおよそ22万人に及ぶとみられているが、その過半数は職業専門訓練若しくは職業専門教育を受けていない非熟練労働者で、2004年にSiDとKAD(女性労働者労働組合)が合併して新たに発足した労働組合「3F」の組合員である。
デンマークでは1800年代後期に強力な労働組合(LO)及び使用者協会(DA)が結成されたことにより、法律により規制される一部の領域(労働環境、職業紹介、労働市場教育、失業保険)を除き、最低賃金を含め労働条件等に関する大方の事項は労使が任意に締結する労使協約により規定されているが、未組織労働者が安い賃金で働くことを防止するクローズド・ショップ制度は、このような「デンマーク流労働制度」の重要な要素を担ってきた。
1970年代以降になると、個人の自由や人権を重視する傾向が一段と高まり、各分野で社会情勢の変化に見合った必要な法・規定の改正や構造改革作業が実施されてきた。
クローズド・ショップ制度については、1982年に国民議会において、「使用者は、1)被雇用者が(特定の)労働組合に加入していること、若しくは2)被雇用者が(特定の)労働組合に加入していないことを事由に解雇することができない。ただし、当該規定はクローズド・ショップ条項が当該労働者の雇用後に採用された場合に限る」を掲げた改正規定が採択された。
さらに、1990年の国民議会では、「民間の労働市場において『特定の組合の組合員である、若しくは組合員でない』が理由で解雇された場合、当該解雇は無効とされ、被雇用者が希望する場合には従前の雇用を保持若しくは当該者を再雇用しなくてはならない」とするクローズド・ショップ条項の改正案が採択された。
このような一連の規定改正を背景に最高裁判所は1999年、デンマークの民間労働市場におけるクローズド・ショップ条項は、国内法及び国際法を犯すものではないとの判断を提示した。しかし、この判決を不服とするキリスト教労働組合及びデンマーク自由労働組合は、クローズド・ショップ規定は人権を侵害するとして欧州人権裁判所にデンマーク政府を提訴した。
古典的な労働組合の終焉
欧州人権裁判所が下した判決について、LO中央執行委員長のハンス・イェンセン氏は、「今回の判決を真摯に受け止め、政府と協力し、必要な法改正作業に着手しなくてはならないだろう」との見解を述べている。
最盛期には90%を超えていた組織率は、特に過去10年間においては減少傾向が続いており、現時点では75%。このような状況の中、近年においては伝統的な職業(能)別組合だけではなく、職業・職種を問わない専門横断的組合や極めて安い組合費を売り物にした『ディスカウント組合(注5)』も結成されている。こうした傾向は年々強まってきており、今多くの組合に対し、新しい時代の新しいニーズに応えるため、組織体制やサービス内容を改善することが強く求められている。
注
- 特定の労働組合の組合員であることを当初から雇用条件とする組織強制的な労使間の協定。
- 集会及び結社の自由を定めた条項
- KF(Kristelige Fagforening:キリスト教主義労働組合)。1931年に結成された専門横断的な労働組合で、失業保険基金も設置している。デンマークでは一般的な「同一職業の労働者により結成される職業(能)別組合」と一線を画し、職業、経歴、専門教育等に係わらず、誰でも加入できる。LO傘下の組合ではない。
- DFF(Danmarks Frie Fagfoening):デンマーク自由労働組合。クローズド・ショップ制度にみられるような組織強制的な労働組合運動の廃止をスローガンに1983年に結成された。
- 2005年末に発足した自由労働組合「2B」の組合費(月額)は、70クローネ。一方、LO傘下の組合の平均組合費(月額)は、約470クローネ。
出所
- 当機構委託調査員レポート
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