ブレア労働党勝利も三期目は前途多難

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  • 国別労働トピック:2005年6月

2005年5月5日、ブレア労働党は英下院選挙で勝利し、三期目の政権確保を果たした。英国の近代史上、連続三選を果たしたのは保守党サッチャー元首相だけであり、ブレア首相が会見で「歴史的な日」と胸を張ったように、労働党にとっては歴史に残る勝利であったと言える。しかし、イラク戦争への批判票が膨らむなど、大幅に議席数を減らす結果となり、かつてのブレア人気にも翳りが見える。今回の勝利は順調な経済が追い風になったものと見られるが、EU憲法の批准やユーロの導入など欧州との関係、また国内においては年金改革や移民問題など、三期目の船出は順風であるものの、いつ風向きが変わるか判らない。

労働党の勝利というより保守党の敗北

1997年に43歳で颯爽と登場して8年。ブレア首相は「ニューレーバー」を合言葉に労働党のイメージを一新した。党是だった国有化政策を放棄し、市場重視のサッチャー路線を継承。党の表看板としてそれまで低迷していた党を中道寄りに変身させた。結果は政権を獲得して以降、経済は一貫してプラス成長。低金利が住宅購入熱を呼び、資産価格の上昇がさらに消費を刺激するという好循環が続いている。経済の好調を背景に雇用市場も安定し、失業率は4%台にまで低下、10%前後の独仏と比して国民の不満は少ない。手堅い経済運営で、欧州先進国の中でも安定度は群を抜く。

2001年の総選挙で地滑り的大勝利を収めたのも、ブレア首相本人の功績が大きかった。しかし、今回の選挙では野党との議席差は一気に半減、ブレア人気の「神通力」がもはや通じないことを露呈する格好となった。52回目の誕生日を迎えたその日は丁度、自身の6回目の下院当選発表の日と重なったが、首相の表情は厳しく笑顔は少なかったという。ブラウン管を通しても、白髪は増え、眉間の立て皺は深くなったように見える。人気低落の要因としては、まずイラク戦争への対応が挙げられようが、国民が労働党政権に次第に飽きつつあるのも事実。しかし対する保守党は、イラク参戦では同一の立場であり、経済ではブレア政権を攻めにくく、移民規制など社会不安の解消に重点を置く戦術をとったが、今ひとつ攻め手に欠けた。今回の勝利はそうした意味で、労働党の勝利というより、保守党の敗北といった色彩が強い。また、今回の労働党の勝利は、ブレアの勝利ではなく、経済の舵取りをしてきた影の立役者ブラウン財務相の勝利だという声も聞かれる。白いワイシャツにしか袖を通さないと言われる清貧の徒ブラウン氏の堅実な経済運営手腕は誰もが認めるところ。イラク戦争で人気失墜したブレアから、地味だが国民の人気の高いブラウン氏に禅譲する日は案外近いのかもしれない。

ブレア首相は6日、首相官邸前で声明を発表、「国民の声は謙虚に受け止めていく」と述べ、これまで以上に世論を重視する姿勢を示した。イラク戦争の代償として支持率の低下を甘受した三期目のブレア政権には、EU憲法批准問題、年金問題、育児法改正、移民問題など、今回の選挙ではあまり議論されなかった重い課題が残されたことになる。

EU憲法の批准

最大の難関はEU憲法の批准問題。英国は2006年春にもEU憲法批准の是非を問う国民投票を実施する予定だったが、6月6日、先のフランス・オランダの否決を受けて、批准手続きの凍結を決めた。憲法発効にはEU加盟25カ国すべての批准が必要だが、英国世論はフランス以上に懐疑的。三期目に入るブレア政権は、イラク戦争をめぐり米国と協調路線をとることの多かった二期目に対して、仏独など大陸欧州との関係を重視する「親欧州路線」に軸足を移していくと見られている。ブレア首相は、「批准に失敗すれば英国は孤立する」として、国民に向けた啓蒙活動を今後強化していく方針だったが、今回の凍結で先行きは読みづらくなった。

一方、労働時間に関しては、域内における週48時間労働の厳格な運用を図る欧州議会に対して反発の姿勢をとっている。英国では48時間の規制は1993年に施行されているが、政府は「英国経済が直面する競争力の問題を考えれば、労働時間の柔軟性は放棄できない」という産業界の立場を擁護、適用除外(オプトアウト)を活用し、長時間労働を認めてきた。「労働者を保護する必要がある」として適用除外を削除するとした欧州議会の決定に関しても、ブレア首相は「議決は間違っている」と発言、今後も引き続き適用除外を行使する考えを示している。

年金改革

年金改革を担当しているCBI(英国産業連盟)の元理事長、アデール・ターナー(Adair Turner)氏は、自身の報告書の提出期限を11月30日としている。同氏が検討している主要な選択肢は、第一に国家第二年金(second state pension)を国家基礎年金(basic state pension)に統合し年金額を引き上げること。もう一つの選択肢は、第二年金を強制とし、受給者が受け取る額と拠出した額とを直接リンクさせることだ。しかし、この第二の選択肢に関しては、国民に貯蓄や長時間労働を強いることになるのではないかとの指摘があり、第三次ブレア内閣で労働・年金担当相として返り咲いたブランケット(Blunkett)氏が調整にこぎつけることは困難との見方もある。影の年金大臣サー・マルコム・リフキンド(Sir Malcolm Rifkind)氏は、「退職後のための貯蓄を国民に強要することは、税金の引き上げと同じ」と主張、同案を批判している。

移民問題

英国への移入を希望する外国人労働者向けに新たなポイント制度が実施される。高度の技能を身につけ、英語を流暢に話すことのできる移住者のみが、さらに彼らが英国移民テスト(Britishness test)に合格した場合に限り永住を許可される。過去に不正があった国からの入国者については、担保金を提出しなければならず、出国しなかった場合には没収される。不法就労が発覚すると、雇用主は、雇用した不法労働者一人につき2,000ポンドの罰金を科され、職場の立ち入り検査を受けなければならないとするより厳格な制度が導入される。この法案は2ヶ月以内に下院に提出される見通し。

育児法改正

育児法改正のポイントは二つ。第一に、 2007年より産休手当が26週から39週に延長される。但しこれについては、一部の親に対する明らかな優遇措置による他の従業員へのマイナスの影響があるとして懸念する向きもある。第二のポイントは、必要とするすべての家族に対し、14歳以下の児童を対象に、手ごろで質の高い育児の場を提供することである。この改正により、地方自治体は十分な育児施設を提供する責任を負うことになる。2010年までに、少なくとも3,500ヵ所の育児ケアセンターの設置が必要と見られている。

就労不能給付法改正

就労不能給付法案は、1)あまり重度の障害でない受給者については、職に就かせるための面談に出頭しない場合に給付を削減、2)重度の受給者(受給者全体の約2割)にはより高い給付率を導入という二方向の改正が行われる見込み。現在財政当局は、就労不能給付の受給者数の増加に不安を募らせている。低失業率にもかかわらず、現在、受給者の総数は270万人、年間費用は77億ポンドに達しているからだ。

この改正案は、就労を希望する者を職場に戻すよう支援し、一方で、就労不能者への長期的な支援を提供しようとするもの。しかし、制度の改革は実質的な給付金の切り下げにつながるため、激しい論議を呼びそうだ。ブランケット担当相は、就労不能給付の提案は懲罰的なものを目指しているのではなく、建設的なものであることを強調、まだ議論の余地があるとの姿勢を示している。同相は、提案に関する広範な協議を約束した。

平等・人権委員会の設立

平等・人権法案は、2007年までに、単一の平等・人権委員会を設立することを目指している。これは、2007年10月に、男女機会均等委員会(Equal Opportunities Commission)と障害者権利委員会(Disability Rights Commission)を統合しようというもの。さらに二年後には、人種平等委員会(Commission for Racial Equality) との合併も視野に入れている。新しい委員会は、現在の枠組みよりもさらに強力に差別に取り組む権限を持つことになろう。商品とサービスの提供における宗教的差別を禁止し、性的指向、宗教、年齢を根拠とした差別に取り組む。新委員会は人権向上も担当し、設立後直ちに、現在の法律における抜け道を塞ぐために新たな法案の作成に着手することになる。

改選議席数
  今回獲得議席 解散時 増減
労働党 356 408 △52
保守党 197 160 37
自由民主党 65 54 8
その他 30 37 △7
合計 645 659 △14

第三次ブレア内閣の主な顔ぶれ
役職 名前
首相 トニー・ブレア
副首相 ジョン・プレスコット(再任)
財務省 ゴードン・ブラウン(再任)
外相 ジャック・ストロー(再任)
内相 チャールズ・クラーク(再任)
労働・年金相 デービッド・ブランケット
教育・職業技能相 ルース・ケリー(再任)

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