対日感情と中国進出日本企業の労務管理

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2005年5月

日中間では、近年、政冷経熱の状態が続いている。今年4月には、反日感情の高まりから現地に進出している日系企業が抗議のターゲットとなり、日中関係が一段と悪化したようにマスメディアなどで報じられている。日本企業については、反日感情から不買運動や製品ボイコットが騒がれ、一度沈静化されたものの、その再発については楽観視することはできない。

ボイコット対象メーカーに指名された日本企業は、インターネットで調べる限り、富士通、ソニー、松下、東芝、カシオ、キャノン、AIWA、KENWOOD、SEIKO、NIKON、日立、RICOH、八重洲、シャープ、エプソン、京セラ、ミノルタ、三洋、ヤマハ、本田、トヨタ、鈴木、三菱、日産、マツダ、カネボウ、KOSE、ポーラ、資生堂、花王、ライオン、イトーヨーカー堂、ジャスコ、セブンイレブン、吉野家、ローソン、西友等、今まで中国でも高い売り上げを誇る一流メーカーばかりである。イトーヨーカ堂とイオンの中国進出の現状を見ると、イトーヨーカ堂は総合スーパーを北京に4店、成都に2店舗展開し、すでに1店舗あたりの年間高は約80億円に達し、日本の1店舗あたりの年間売上高と肩を並べる水準となっている。またイオンについても広州や深センなどを重要拠点化している。良好な経営状態にもかかわらず、政治的な理由でおきた今回の製品ボイコット、不買運動騒動のような問題については、一企業では妨げることは困難である。

一般に日本企業からみてチャイナリスクは、WTO加盟後の自由化圧力に対する国内産業構造調整の問題、銀行部門の不良債権処理とその裏側の国有企業改革問題、経済改革の途上で生じる財政負担をどこまで行うかなどの問題のほか、社会面では、農民問題、農村と都市の間の経済格差.不均衡の問題、あるいは農村と都市をつなぐ産業配置をどうするかという問題が挙げられる。社会不安で、地域間所得格差が先進国と最貧国並みに拡大し、同時に地域間、産業間、民族間といったグループ間の摩擦が増大した場合、政治.社会の不安定化リスクが高まることもが指摘されている。実際に今回の反日騒動の渦中、広東省を中心に労働集約型の生産を行っている太陽誘電、ユニデンなど日系企業電気製造機器メーカーの現地工場で労働条件を巡る2000人規模以上の大規模なストライキが発生し、現地での操業に多大な影響がでていることが報じられている。

どのようにすればそのようなリスクを回避できるのか、「世界の工場」と「巨大な市場」の性質を併せ持つ中国へ現在進出している企業、あるいはこれから進出しようとしている企業にとって、この問題は最大の関心であると思われる。

今回の反日デモの教訓による事実関係の共通理解の一助として、中国人就業者は日本企業をどのように評価しているのかという労務管理の視点から日中関係の原点を探ってみたい。

中国における労務管理の本質と人材の獲得

最近の中国における日本企業の評価の例として、中華英才ネットが発表した「2004年大学生が選ぶ雇用企業人気ランキング」の調査結果が非常に興味深い。この調査結果によるとソニーと松下の2社以外は大学生人気雇用企業トップ50に残ることができず、就職先としての日本企業に対する人気が低下している傾向がみられた。これについては、日本企業の多くが全体的に実力のある企業が多いにもかかわらず、中国市場では製品品質へのアピールを懸命にする一方で、企業としての全体的イメージ構築が軽視されがちであるため、人材をひきつける求心力に欠けるという点が指摘されている。この問題は、日本企業の中国での地位の獲得と優秀人材確保のために中長期的に見て深刻である。同調査結果は、日系企業が現地に根を張った事業を行うためには、中国の改革開放前後における労働制度や現在の複雑な社会要因を理解.把握し、高度な能力と意欲を持つ優秀な人材を確保し、成果を達成できる人材マネジメント戦略を展開することがリスク回避のためにも重要性であることを示唆している。

中国において人事労務管理を成功させるためには、人材を真に尊重し、適切な教育、能力開発への支援を通じて個々の人材の職務上の成長を促し、その価値を潜在能力一杯まで高め、公平、公正に処遇し、人材の満足感、モチベーション、仕事へのコミットメントを最大に導いていく必要がある。特に、日本企業の現地化における経営スタイルについて、当該進出企業の中国戦略を明確にし、その戦略を現地側に理解させ、認識を共有する姿勢が重要であることが指摘される。

社会主義体制下改革開放以前の中国の雇用制度においては、雇用形態は「固定工制度」をとっていた。これは、国家により統一的に配属され、企業に採用されるものであった。また、賃金は国により決められた等級制度に基づいて支給され、基本的に勤続年数に応じて決定されてきた。しかし、1978年12月に鄧小平の「改革開放」政策を契機として、「1992年に市場の競争原理を導入する社会主義市場経済の確立が宣言され、国有企業改革が進められたことで、中国における企業構造は大きく変化することになった。地方経済を牽引すべく郷鎮企業を含む私営企業が多数創出され、市場経済化は急速に進んだ。外国企業の進出も急速に増え、その影響で企業は終身雇用による「固定工」を廃止するとともに、採用においても国からの配属ではなく、「労働契約」に基づく自主的募集、採用を行うようになった。企業では原則的に所有権と経営権は分離された。伝統的な等級制に基づく賃金制度は廃止され、従業員の賃金、昇給、昇進などは企業独自の判断で決定するようになった。また、企業各分野での新技術の導入により、優秀人材の獲得競争も激しくなってきたため、企業は、従来の統一管理に変わって教育、訓練、採用、考課、昇進、奨励、報酬、退職などの視点から、市場経済に見合うような新しい労務.人事管理を率先して行うようになっている。つまり、中国では改革開放前と同じような横並びの評価や処遇は通用しなくなっているということである。

この点に関して中国と日本では就業や評価、処遇に関する意識が大きく異なる。

労務管理と中国人就業者への理解の基本として、日本の「長期雇用」「年功賃金」制度と中国の「雇用」「賃金」制度を同じ内容として見る傾向があるが、元来本質的に両者は異なるものであることをまず理解することは重要である。

そして、現在の中国人就業者は、成果に応じて評価されることを好む。企業が社員を惹きつけて、意欲的に働いてもらうためには、中国の社員に対して自社の魅力をアピールする必要がある。また、日系企業は、欧米企業に比べると賃金水準が低く、結果を出しても出さなくても就業者間に大きな差がない、中国の従業員の中にはもっと成果や実力に応じ差をつけるべきだという声がある。昇進スピードの遅さも、日系企業に対して就業者が持つ不満の一つであるとみられる。

中国人の日本企業離れはなぜ起きるのか

今年、上海交通大学と日本能率協会がダイキン、オムロン、ミノルタ、住友、三井化学等大手日系企業に勤めている1万名以上の従業員を対象に行った共同調査によると、日系企業は欧米系企業と異なり、知識集約分野型の企業が少なく、その多くがアパレル業、家電製品業、汎用商品業など労働集約分野型の企業であることが明らかになった。欧米系企業では知識集約分野で優秀な人材を求めるに対し、日系企業は製造業のマネジャー、単純労働者の需要が大きい。また、日系企業の初任給は欧米企業に比べ低く、日系企業では博士取得者の初任給は月額が4000元、修士取得者は月額が3200元、大卒は月額が2200元に対して、欧米系企業では博士取得者の月額が7800元、修士取得者は月額が4700元、大卒は月額が3000元に達する。離職率についても、日系企業は欧米企業より高く、2004年末までに、欧米企業の平均離職率が14.8%に対し、日系企業の平均離職率は24.3%と高い確率で転職者がでていることが明らかになっている。日系企業のマネジャーや技術者が離職する主な原因は、自己実現のためであり、事務職、営業職、普通従業員が離職する主な原因は報酬と福利による問題である。

こういった日本企業離れという現象は、日本企業が単純労働者を低コストで大量に雇用することができるが、知識集約分野では優秀な人材が魅力を感じるような人材資源管理体制が必ずしも構築できていないことを示唆している。日系企業は企業内従業員の協調性を重視するあまり、従業員の個人能力の発揮を軽視する傾向があり、福利に対しても、中国の社会保険部門の規定に従い、保険料を納付するのみで、それ以上の付加福利の改善は、重視しない現象がある。また、日系企業では、部長、課長以上のクラスは殆ど日本本社からの日本籍出向社員がポストを占めているため、中国現地の従業員は、いくら努力をして成果をあげても、昇給や昇進スピードなどの処遇への反映が小さく遅いという不満が多い。それらは今後の中国事業展開を推進する上で大きな障害にもなっていると考えられる。

日本企業の中国戦略強化のための根本的課題

では、中国において、どのような人材資源管理体制を構築したらよいか、もちろん、成果主義を主体とするトータル人事制度確立、基準を明確とする人事賃金枠組の構築、業績連動型の賞与制度の構築、能力開発、教育訓練制度の構築、厚生福利制度とコミュニケーション制度の構築、多彩な研修制度、多くの昇進機会等を組み入れ制度の構築はもちろんのことであるが、企業の中国への進出理念及び日中双方のお互い得ようとするメリットをしっかりと確認した上で、人事制度を設ける際に日本本社の人事制度そのままを中国に移植するのではなく、中国現地事情、同業他社の人材資源管理状況などに焦点を合わせて制度設計を行うことが重要であろう。能力等級制度、目標管理制度、人事考課制度、昇給昇格制度などを通じて企業は従業員に対して求める役割、能力、知識技術などといった人材像を明示すると共に、従業員に努力すれば報われるというメッセージを明確に伝え能力、意欲ある者にチャンスを与え頑張れば報われる制度としなければならない。また、報酬と業績を連動し、個人の創造性を尊重し、働きがい、生き甲斐のある職場作り、生産性の向上などの制度に組み入れることも重要であろう。さらに企業は優秀な人材の日本研修を含む多くの研修プログラムを用意し、従業員に能力向上のための環境作りに努める、成果主義を完全に貫徹するため、会社の営業、収益状況などを含む経営情況を従業員に適時に開示し、従業員の経営参加と経営の透明化を進めることも従業員の定着と相互理解ために重要である。

日本の水準.やり方をそのまま移植したり、日本人の考え方に固執したりすることなく、中国の法律.社会制度.生活習慣.慣行などを尊重して対応していくことが大切である。特に中国においては、過去百年間の歴史的「負の遺産」を抱えているだけに、常にそれを心の奥底におきながら対応していかなければいけない。企業活動においても、いたわり合いの精神に基づいた「和合と共生の精神」で行動することは忘れてはならないことである。

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