抜本的な公的年金改革案を提示
―ブッシュ大統領一般教書演説

カテゴリー:高齢者雇用労働条件・就業環境勤労者生活・意識

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  • 国別労働トピック:2005年3月

ブッシュ大統領は2月2日、現行の公的年金制度を改革し、個人勘定を導入する確定拠出方式の新年金制度を創設する強い意志を明らかにした。現行の制度では、現役の就労者は給与所得の6.2%を社会保険料として支払っているが、新年金制度の下では、加入は任意であるものの、給与の最高4%までを各自の個人勘定に振分け、株式・基金運用が可能となる。ブッシュ政権は、今年中に関連法案を可決し、2009年から新年金制度に移行したい考えだ。同大統領は、高齢化の進展がもたらす財政破綻に言及し、年金改革の早期実現の必要を国民に呼びかけた。

<公的年金改革案骨子>
適用対象 55歳(1950年生)以上は除外
個人勘定 1950年以降生まれの者は、年間1000ドルを上限に個人勘定化が可能。上限は漸次解消。
導入時期 2009年から2011年の間に導入
個人勘定制限 個人勘定年金口座は退職前の引き出しが不可。担保としても利用不可。
個人勘定管理・監督 連邦政府

ブッシュ提案は、現役世代が退職者の年金を負担する現行の世代循環型年金制度を自己責任型へ転換するもの。米国では、企業年金について既に各自が運用先を選択する確定拠出年金制度が導入されているが、公的年金制度の改革は、ルーズベルト政権下の1935年の制度創設以来はじめて。新年金制度の下では、年金負担の世代間付回しや後継世代の受給額減額などの不公平が解消され、若年層の年金制度への不信感が払拭できるメリットがある一方で、民主党や米国労働総同盟-産別会議(AFL-CIO)などの反対派は、個人勘定導入に伴うリスクにより老後の生活基盤が危機にさらされると懸念を顕わにしている。また、ブッシュ政権の公的年金案では、2040年には破綻が必須である公的年金の建て直しが可能となるものの、今後10年間に見込まれる移行費の試算は約6640億ドルに及び、膨大な財政負担増が問題点のひとつに挙がっている。

個人勘定の導入については、「賛成」55%、「反対」41%と、世論も大きく割れている(ワシントンポスト世論調査)。専門家の見解では、「これまでの世代の積み重ねが我々のインフラを築き、技術投資を行ってきた。若い世代が親の世代を支えるために増税は当然だ」(ディーン・ベーカー・経済政策研究リベラルセンター共同所長)との声もあるが、少数派に過ぎない。イザベル・V・ソーヒル・ブルッキング研究所経済研究部長は、「民主党議員は断固として高齢者に向けた各種制度の削減を認めないが、自滅的だといわざるをえない。現状維持では、教育費や貧困救済制度が逼迫する」と述べている。

このように、今回のブッシュ提案が論争を巻き起こしていることは事実だが、ワシントンポストなどのメディアは、「社会保障の財政危機や年金改革は、高齢化がもたらす問題の氷山の一角に過ぎない」と報じている。確かに、年金のみならず、医療保険制度、連邦職員年金、退役軍人医療保険制度、退役軍人年金、炭鉱労働者給付、補足的社会保障給付、フードスタンプ(低所得の高齢者、障害者、失業者などに支給される食券)、光熱費・住宅補助など高齢者向け諸制度のコスト増問題は山積みだ。

リチャード・ジャクソン戦略国際研究センター(CSIS)・グローバル高齢化イニシアチブ部長は、「最大の論点は、高齢者の良好な生活水準の維持が、若年層に法外な負担を課すことなく維持できるかにかかっている」と語る。連邦議会予算事務局の試算によると、高齢者向け諸制度の連邦総予算に占める割合は1990年時点で29%、2000年時点で35%に過ぎなかったが、2010年までに43%(1兆ドル)に上昇するという。ブルッキング研究所の試算では、2015年にはさらに50%(1兆8000億ドル)にまで膨れ上がる。

コスト増の大半は、医療保険制度のメディケア(高齢者向け公的保険)及びメディケイド(障害者・低所得者向け公的保険)関連だ。2004年時点で4730億ドルであったメディケア及びメディケイドへの連邦歳出は、2015年には1兆2000億ドルに膨れ上がる。ちなみに、同期間の社会保障関連歳出も、4920億ドルから8880億ドルへと上昇する試算だ。また、2003年に成立したメディケア改革法で導入された外来用処方箋薬への給付だけでも、75年間に8兆1000億ドルものコスト増を招き、これにより、3兆7000億ドルの社会保障不足額が生じるとの試算もある。

これと対照的に、成年未満の児童に投入する連邦予算は、2000年時点で8.4%(1480億ドル)で、2010年までに9.4%(2290億ドル)に上昇するに過ぎない。また、所得の推移をみても、65歳以上世帯では1975年以降30%以上アップし、米国平均と同等の所得水準を維持。かつての貧困層のイメージは薄れている。その陰で、45歳以下世帯の所得は伸び悩んでいる。ソーヒル氏は、「社会に必要なものは何か。我々は財源をどこに費やしたいのか。高齢者なのか若者なのかを真剣に見極める必要がある」と語る。また、CSISジャクソン氏も、「年齢が補助金・社会扶助の要件は妥当か。年齢という要素が貧困の象徴だった1935年、1965年というならばわかる。だが、今はそうではない」などと現行制度の歪みに警鐘を鳴らしている。

こうした深刻なコスト増に拍車をかけるのが、これまで米国の貿易・財政赤字を肩代わりしてきた国々の高齢化だ。米国では、2040年までに人口の26%が60歳を超えるとの予測がなされているが、同時期までに、日本、スペイン、イタリアでは45%以上が60歳以上となる。貯蓄の積み上げや金融資産取得によって形成された巨大な個人金融資産を誇り、米国債投資の40%強のシェアを占める日本も、米国以上の勢いで高齢化が進展。マッキンゼー・グローバル研究所は、20年以内に日本の個人金融資産は減少し始め、2025年には、現在の成長率を維持した場合に比して、47%(8兆ドル)落ち込むと試算。「米国はこれまで、生産性向上・拡大に必要な資本を、特に日本の貯蓄に求めてきた。だが、高齢化で日本の成長が鈍化するに伴い、このシナリオは将来には当てはまり得ない」と分析している。急成長を遂げる中国も一人っ子政策により将来的な高齢化が見込まれ、依然として人口増のインドには、世界経済を支えるだけの資本蓄積を期待できない。先進国共通の高齢化問題は、世界の生活水準やビジネス拡大のドライバーの活力停滞という深刻な様相を呈している。CSISは、「世界的な高齢化ほど、大規模かつ困難な挑戦を強いられたことがこれまであっただろうか。米国連邦財源規模や生活水準の向上のみならず、世界経済や世界秩序の安定にも深刻な影響を及ぼす問題だ」と分析している。

参考資料

  1. Washingtonpost.com “Aging Population Poses Global Challenges: Health Care, Other Rising Costs to Strain Budgets in U.S. and Abroad”, Feb. 2, 2005.
  2. Wathingtonpost.com “Bush Makes Cases for Social Security Plan: Changes Needed to Save Program, He Tells Nation”, Feb. 3, 2005.
  3. Nytimes.com “State of the Union: Retirement Plans; Introducing Private Investments to the Safety Net”, Feb. 3, 2005.
  4. Nytimes.com “State of the Union; ‘We Must Pass Reforms That Solve the Financial Problems of Social security’, Feb. 3, 2005.
  5. 読売新聞(2005年2月4日)

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