セウタ市及びメリリャ市における不法移民問題が激化
北アフリカに位置するセウタ市及びメリリャ市(注1)の国境の柵を乗り越えて、スペインに入国しようとするモロッコからの不法移民が増加している。特に、(1)2005年8月末から国境越えを試みる移民が命を落とすケースが続いたこと、(2)越境に際し移民自身が、スペイン側の治安警備隊に投石等の暴力行為に訴えたこと――等から、マスコミでも大きく取上げられ、世論の注目を集めるようになった。しかし、この現象自体は、決して新しいことでない。
セウタ市及びメリリャ市の周辺のモロッコ住民は、身分証明書を提示するだけで、市内に入ることができる。パスポートは必要ない。こうした状況から、両市には、以前から多くの不法移民が流入していた。彼らは、(1)セウタやメリリャの周辺でない地域に住み、本来ならば入国にパスポートが必要であるにもかかわらず、国境の警備をかいくぐって入国するモロッコ人(未成年が多く、簡単に国外追放処分できない)、(2)モロッコ人と外見が似ていることを利用し、身分証明書を偽造して入国するアルジェリア人、(3)マフィアに金を払い、自動車のトランクに隠れるなどして入国するサブサハラ出身者――に大別される。
従来は、こうした「正規の国境通過地点を通って入国する」ケースがほとんどであったが、今回は、国境に沿って張り巡らされた柵を、木の枝で梯子を作るなどして乗り越えようとする不法移民が急激に増加したことで注目された。この柵は、有刺鉄線が張り巡らされており、ほとんど全員が負傷している。それでもなお、この柵を越えようとする不法移民は後を絶たない。今回、このような不法移民が急激に増加した理由について、地元メリリャ市の新聞では、移民自身に取材し、以下のように報じている。
- 海路密入国の難しさ
数年前から、マグレブ系またはサハラ以南出身の不法移民が、粗末なボートでジブラルタル海峡を越えてアンダルシア南岸、もしくは大西洋のカナリアス諸島に漂着するケースが増加。多数の遭難者・死亡者が出ていることに加え、海上警備も強化。「陸の国境を目指す方が安全」と判断する者が増えた。
- 国境の柵の高さ
スペイン政府は、2004年6月、不法移民対策の一環として両市の国境の柵の高さを3メートルから6メートルにすることを決定するも、実行に移されてはいなかった。しかし、最近の状況を受けて、急遽、柵の高さを増す作業を開始。作業が完全に終わる前に、入国を試みる人々が殺到した(注2)。
- スペイン国内での不法移民合法化政策
スペインでは、2005年1月から施行された外国人法施行規則に基づき、同年2月~5月にかけて、国内に在住する不法移民の合法化手続を実施。サブサハラ出身の不法移民の中にも、合法化されて家族を呼び寄せるケースが出ている。こうした情報が伝わり、「スペインでは、今後再び合法化プロセスが繰り返される可能性が期待できる」という気持ちでスペインを目指す移民が増加した。
特に(3)については、スペインの移民政策そのものが、不法移民を惹きつける原因となっているという皮肉な内容といえる。 スペインの外国人法では、たとえ不法移民であっても、一定の条件を満たせば、合法化され、労働を許可される(注3)。また、移民のほとんどは国籍や氏名を確認できる証明書(パスポート等)を持参していない上に、スペインは彼らの出身国と、移民追放に関する協定を締結しておらず、本国への送還はほとんど不可能に近い(注4)。さらに、スペイン国内での違法滞在自体は、犯罪ではなく、あくまでも行政上の違反行為としかみなされない。不法移民は一定期間を過ぎると、国外追放令を手に収容施設を出て、そのままスペイン国内にとどまるか、もしくは他の欧州諸国へと向うことになる。彼らにとって、スペインは、「常に合法化のある国」であり、さらに、国境越えに成功しさえすれば、「国外追放手続を受ける=国内通行許可証を入手する」ということになる。
スペインの不法移民は、数字上では、「空港経由で入国したまま出国せずに不法移民化する」ケースが最大とされる。今回注目されているセウタ市及びメリリャ市の国境を越えるケースは、少数派に過ぎない。にもかかわらず、この問題がこれほど注目を集めるのは、国境越えの前後の長いプロセスに渡り、サブサハラ移民がおかれている人道上の深刻な状況によるものといわれている(注5)。
不法移民を防ぐために、移民政策を厳しくし国境警備を厳重にすべきか、それとも移民の出身国であるアフリカ諸国の貧困を解決するため、先進国がより多額の経済協力を行うべきか――世論は、この二つの議論の間で揺れ動いており、政府の対応も固まっていないというのが現状である。自国の移民問題にもつながるとして、スペインの移民政策に常々懸念を示してきた欧州のシェンゲン協定各国からの批判も高まりをみせている。
一方、スペインのマスコミでは、「スペイン(あるいはヨーロッパ)だけで移民出身国の問題のすべてを引き受け解決することは物理的に不可能」としながらも、「アフリカの農産物に対する欧州市場の開放こそが、欧州が今すぐにも手をつけるべき課題である」との声が出始めている。
いずれにせよ、「貧困との闘い」、「文明間の同盟」を掲げている現社労党政権にとっては、今回のセウタ市及びメリリャ市における不法移民問題激化は、厳しい現実を突きつけられたといわざるを得ないであろう。
注
- 両市は、行政的にはスペインの他の17の自治州に準ずる自治都市の地位を有する。スペイン領としての歴史はともに長く、スペインとモロッコ、いいかえればヨーロッパとアフリカが陸の国境を接する唯一の地点でもある。
- スペイン政府は、現在、二重の柵の内側に更に障害物を設けることも検討している。
- 「スペインに少なくとも3年間在住していたことを証明でき、スペイン労働市場に実質的に参入している、あるいはスペイン人もしくはスペインに合法的に在住している外国人との家族関係から、定着の事実が特別に認められる」場合には、合法化され、労働を許可される(第31条第3項)。
- スペインでは、モロッコとの間で、モロッコを通ってスペインに入ってきた第三国出身の不法移民の引渡しに関する協定を92年に結んでいる。しかしモロッコ側はこれを適用せず、スペインからの第三国出身不法移民の引渡しに応じていない。これまでもスペイン政府はモロッコに対して、協定の適用を再三にわたり求めてきているが、今回の問題を受けて野党や一般世論、セウタ・メリリャ両市当局などを中心に「モロッコの真摯な協力をもっと強く要求すべき」との声があがった。そうした中、スペイン政府は、モロッコへのマリ共和国出身者73名の即時引渡し決定を発表(2005年10月6日)。しかし、同時に、モロッコ警備隊の暴行等、移民の「人権擁護」問題が浮上し、世論の関心も高まっている。
- サブサハラ移民の出身国は、セネガル、カメルーン、リベリア、ニジェール、コンゴ、スーダン、マリ、ナイジェリア等。彼等は、何カ月も苦しい旅を続け、通過国で働きながら何年もかけて「最後の国境」であるスペイン国境に辿り着く者もいる。国境付近では、モロッコ側山林に隠れて柵を越える機会を待つ間に、出身国ごとに一定の階層構造を持ったグループを組識。食糧探しやモロッコ警察からの隠れ場の確保、柵越えの実行もこうしたグループ単位で行っているとされる。
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