大学生の就職先として見直される中国企業
―国有企業改革の進展と人材の動き

カテゴリー:若年者雇用労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2005年11月

就職先として、今、なぜ国有企業なのか

改革開放が20年以上を経った今、大学生の就職先、社会人の転職先として国有企業が見直されつつあり、上海の人材市場では、優秀な人材が外資企業から、国有企業、民営企業へ流入している傾向があることが各種調査で報告されている。今回はこの真相を探ってみたい。

2004年12月7日の北京晨報の報道によると、国有企業の月収の伸び幅が19%に達し、外資系企業の伸び率を上回っていることが「智聯招聘」の統計から分かった。しかし、依然業態別の平均月給のランキングをみると、外資系企業が1位で3,820元、民営企業は2,916元、国有企業は2,789元、国家公務員は2,552元である。

それにもかかわらず、上海市を例に見ると、上海市の大学生の就職先は主に国有企業であり、国有企業の求人は70%超の需要を占めている。かつて、大学卒業生は戸籍制度の制限により、上海の大学を卒業したとしても本人の戸籍所在地に戻るなど、就職は「国家分配」に従わなければならず、「就職先」の決定は全て国の都合で決められていた。それが、2001年から上海市は人材の「ソフト流動」政策を推奨し、上海籍以外の学生が上海の大学或は上海以外の大学を卒業した場合、従来の戸籍制度に制限されず、各々の能力に応じて上海の企業に応募し、上海で就職ができるようになった。そういったなか、安定した職場として国有企業のメリットが大学卒業生に認められ、国有企業への就職を希望するものが増えてきているのではないかと分析される。

また、改革開放初期には、倒産する国有企業が多く、国有企業の先行きは不透明であった。それに比べ、数少ない外資系企業は高報酬、ハイレベルの仕事や効率的業務運営、さらに海外で働けるということが魅力的な就職先であった。多くの大学卒業生が希望する就職先として過激といえる競争が起きていた。

現在、改革開放も20年以上が経過し、国有企業改革も安定な時期に入りつつあるといえる。多くの下崗労働者を生み出し、痛みを伴いながら断行された改革の結果、国有企業や民営企業は凄まじい勢いで力をつけて来たのも事実であり、さらに政治経済的背景として中国がWTOに加盟したことなどにより、益々国有企業もその企業内統治のあり方を民主的、市場的、国際的に変質させ、改革開放前の経営体質を大きく変化させてきた。現在の激しい企業間の国際競争のなかで、優秀な人材を獲得、育成し、成果をあげていくことが国有企業の大命題となっている。そのように経営体質を変容させた国有企業に参加することは、新規学卒者など若者にとって自己の能力を発現するための絶好なチャンレンジ機会とも移るものであり、それが国有企業人気の出所の一つであると考えられる。

経済の国際化と国有企業の現状

1.国有企業の民営化の段階

中国の国有企業は、1998年には23万8千社(大型9,357社.総資産56.4%、中型3.3万社、小型19.5万社)あり、総資産13.5兆元、国有純資産5兆元あった。国有企業改革の結果、2003年には約13万6千社になり、総資産は19.7兆元、国有純資産は8.4兆元になった。この5年間で、企業の倒産率は約43%、その内政策倒産は50%に達している。

民営化の第1段階としては、1997年まで内部組織の効率化で、企業の経済責任制と請負制が行われた。第2段階では、1998年に市場化政策が確立され、1999年に「国有企業改革と発展の若干重大問題の決定」により、国有企業財産権制度の改革(国有独資会社から株主会社への転換)が本格的に行われた。さらに、第3段階として、2003年に国有資産管理委員会が設立され、国有資産運営と管理の統括機能を持ち、国際基準に合った企業統治への改革がなされ、国際競争力を向上させるよう計画された。

現在、中央政府は国有企業の重要モデルとして169社のみを管理している。中央政府が管理している169社は国有企業全体の利益の70%を占めている。

業種としては、主に、エネルギー、社会インフラ、国防.安全等に関する企業である。

国有企業改革は、具体的には国有企業の改制、すなわち、国有独資企業と50%以上の国有持株会社は国有資産の比率を引き下げることである。75%の企業は2000年から2003年の間に改制が行われた。

改制前には、80%以上の企業が国有独資であったが、改制によって国有独資企業は急減し、現在では、国有企業は以下の二つの企業形態へと姿を変えている。

  1. 国有独資企業は50%以上の持株会社へ移行させた。
  2. 50%以上持株会社は50%未満か完全民営企業へ移行させた。
    (2005年時点では、殆どの国有企業は50%以上の持株会社へと移行された。)

2、国有企業の労務管理上の課題と展望

国有企業の競争力を高めるための重要な政策の一つとして、政策的倒産の実施がある。これは赤字体質から脱却できない大型国有企業を強制的に市場から撤退させることによって、競争力のある優良な国有企業の経営基盤を強固にしようというものだ。

国有資産監督管理委員会のトップである李栄融氏は、2005年7月12日の「中国改革トップ論壇」で次のように述べている。更なる国有企業の改革を進め、倒産政策を実施し、2008年には歴史的な遺産である経営難の大中型国有企業を完全に市場から撤退させる。2010年の目標としては、完全な現代的企業制度の建設を目指し、市場での競争能力を向上させ、国有企業が国民経済においての主導地位をより一層確立させようとしている。

このように政府の機能の重点は、公平で、競争力のある市場環境を作ることに転換している。市場経済体制の目標達成のために、政府は競争力のない企業は救済しない方向である。また、WTO加盟により、中国は対外開放をさらに進め、国際経済資源を多く利用することによる発展を目指すようになっている。今後、視点は、国内競争から国際競争へと移り変わる。今後の国有企業の民営化政策は、グローバルカンパニーへの転換の方向に進むと思われる。

このように国有企業は、その選択と集中による民営化、国際化のプロセスにおいて、労務管理上の問題にも直面している。そのひとつは、国有企業の経営者賃金システムが完全に市場化されていないこと、インセンティブの機能が低いことなどが問題視とされる。現在の賃金制度では優秀な人材を吸引できず、意思決定者と経営実行者は短期的な発想での行動に繋がり、長期的な経営ができていないとの指摘がいくつかのメディアを通じて専門家からなされている。賃金水準と賃金構造の改革に取り組むことが急務の課題である。

また、もうひとつの問題は、人材の確保、定着である。国有企業からの人材流出に危機感を感じる国有資産管理委員会は、国有企業の人事の側面からの改革にも力を入れるようになった。次の2側面から改革を実施しようとしている。(1)能力本位の人材登用(具体的には、経営幹部を外部から公開募集によって獲得すること、企業の改革や発展に貢献した人材に対して、相応なインセンティブを与えること)。(2)大型国有企業経営幹部の任期.定年制度の導入を始める。

以下は国有民営化企業(注1)が実際に行っている企業人事労務管理改革事例を紹介したいと思う。

人事労務管理改革事例紹介

1.マイクロソフト(中国有限公司)総裁の転職

昨年、マイクロソフト(中国有限公司)総裁の唐駿氏(日本、アメリカに長年の留学経験があり、博士学位の持ち主でもある彼は、1994年からマイクロソフト社で輝かしい業績を残してきた。)が上海新興民営IT企業盛大有限公司の総裁となったことは、世の中を驚かせた。世界的知名度の高いマイクロソフトと中国の民営企業、中国人からみるとこの二社の実力は比較できないほど差がある。改革開放後、社会主義の中国に資本主義の市場原理を導入し、大学卒業生の就職が自由になったなかで、民営企業、国有企業から所得の高い優良な外資系企業へと優秀な人材が流れていくのが一般的な風潮であり、現象だと考えられてきた。したがって、今回のような人材の逆流がもたらす影響は大きいといえる。中国経済や中国の優秀人材市場のあり方への再考をすべきであることが提起されたといえる。

2.海尓(ハイアール)集団の人材確保

周知の通り、海尓(ハイアール)集団は中国の体表的な民族企業であり、家電生産、販売を主要事業として、近年はその製品が欧米へ、日本へも進出している。その前進は洗濯機をあつかう郷鎮企業であり、旧中国的経営管理により経営不振に陥っているところをハイアールが買い取り、吸収した。ハイアールの旧中国的経営管理を脱却したその労務管理においては能力主義を導入していることでも有名である。徹底あいた競争原理と機会平等主義の中で、海尓では一般労働者として採用された者でも、改善アイディアの提出や具体的な実績などに応じ、管理者コースに移行することができる。これは、中国の国有企業管理制度としては、極めて斬新な改革であると言えよう。

3.聯想(レノボ)集団有限公司がとった人材確保の措置

聯想(レノボ)集団有限公司の人材雇用、人材育成での努力はどのようなものであるか。周知の通り、聯想集団有限公司はIT系で企業形態は国有民営化企業である。聯想のような大型民族系企業にとって最大の脅威は米国の世界的IT企業の中国進出であった。99年に「微軟(マイクロソフト)中国研究院」を北京で立ち上げたのに対し、聯想は直ちに「聯想研究院」を立ち上げ、対抗姿勢を鮮明にした。また、従業員のモチベーション管理については、革命的な手法をとった。国有企業である社員のモチベーションを上げる為、聯想はストックオプション制度を全社的に実施している。(具体的には下図ご参照)

このようなストックオプション制度は企業の功労者、功績者を報い、能力の発揮に応じて賃金格差がつくというスタイルは、もっとも中国人に適応している体制だと考えられ、人材流出を防ぐ為に極めて重要である。

株主構成図

中国において有効な人的資源管理とは

優秀な人材が就職や転職する場合、以前は外資系企業での高い報酬を期待する傾向が強かったが、最近では自身の能力が発揮できるかどうか、また、企業の将来性があるかどうかを重要な要件とする傾向がみられるようになっており、その意味で外資系企業のみでなく、国有企業を含め中国資本の企業であっても要件がみたされていれば、優秀な人材はそのようなポストに殺到する傾向にある。

人材サービスを提供する専門業者である上海対外服務公司の統計によると、2003年は就職の厳しい年であったにもかかわらず、中国国内の優秀人材の労働市場は相変らず需要が供給を上回っていた。上海、北京、広州などの経済中心都市の優秀人材の労働市場では、営業収入は2002年より3倍ないし5倍まで伸びた。

外資企業で依然需要と供給の双方とも増加傾向にあるなか、優秀人材に関する需要と供給には下記のような変化が見られるようになっている。

  1. 中国企業が(主には民営企業)優秀な人材が求め始める傾向
  2. 優良な国有企業は優秀な人材の希望就職企業先として、ランキングが上がってきた。
  3. 一部の留学生は、海外での企業管理者としてのポジションを放棄し、帰国し、中国で事業を展開されている。但し、一部の短期留学経験を持つ留学生は就職難に直面しているのも事実である。

浙江省の万馬集団、四川省の新希望集団など知名度の高い民営企業は、優秀な人材をリクルートするため、経済中心都市での人材募集を展開している。民営企業の企業規模の拡大、発展等によって、採用人員のターゲットは以前の技術研究開発者、品質管理者、資産運用専門職等のミドル管理者から企業総裁、企業財務責任代表者、部署責任者へと高級管理職として適切な優秀な人材を募集する傾向が現れるようになっている。それは、改革開放後、民営企業が約20年間の操業期間を経て、安定的な成長期を向えようとしている為、伝統的な家族企業の観念を改め、経済社会にマッチした企業統治に必要な優秀人材をもとめるようになっているからである。

また、国有企業にとっては、今まで、優秀な人材を確保できなかった理由は、主に、一律的で変らぬ固定した待遇、生産効率の低下及び人事関係の複雑さなどが原因であったが、最近では、自動車、電信、インフォメーション関連の科学技術、不動産などの産業は、急速に発展していることから、将来性のある業種の国有企業においては、報酬と福利の面に関して外資企業の待遇水準と変らなくなってきている。そうしたことから、外資系企業で豊富な管理経験を積んだエリート達でも、自分の能力を思う存分発揮でき、公正な経営の下で理にかなった報酬を得ることができるのであれば、国有企業に転職することも選択肢としてなんら抵抗のあることではなくなっている。

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