週35時間労働制の見直し議論が活発化

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  • 国別労働トピック:2004年9月

7月19日、自動車部品メーカーのボッシュ社のヴェニシュー工場(リヨン郊外)で、賃金据え置きによる労働時間の1時間延長が決まった。工場移転回避と雇用維持がその理由。また、大手家庭用品メーカーのセブ社も、7月22日、雇用維持を理由に、2工場で所定労働時間を引き上げる意向を表明。経営側は、9月から組合と労使交渉を始める予定である。食肉製品グループのドゥーも、1999年締結の時短協約を5月に破棄し、31-39時間の変形労働時間制への復帰等を計画している。企業がこうした「時長」の動きをみせるなか、フランスでは35時間労働制の見直しに関する議論が、この数ヶ月の間に急速に強まっている。ある世論調査によれば、国民の半数(51%)が同制度の見直しに賛成。しかし、同制度を導入した社会党(現在は野党)や労働組合は、見直しの動きに強く反発している。

1)政府内での議論

5月26日、ラファラン首相は、35時間労働制に関する法律を「悪法」と断じ、「非常に多くの困難を生み出した」と痛烈に批判。同法で恩恵を受けたのは一部の個人に過ぎず、社会全体ではマイナス面が多かったとし、同制度の柔軟な運用(例えば、産業レベルでの労使交渉を促し、時間外労働の上限を引き上げる等)を提案した。ボルロー雇用・社会統合相は、同制度を維持しつつも、労使交渉を通じて緩和されるべきとの考えを示している。

サルコジー経済・財務・産業大臣は、「35時間労働制は、企業の労務費負担を重くし、国際競争力の低下や雇用の妨げとなっている」として、抜本的改革を主張。財政赤字縮小のためには、年間160億ユーロに達する時短関連支出を削減するべきとの考えを示した。また、同制度の導入による昇給の凍結・抑制や時間外労働の減少は、基本月給の減少にはなっていないものの実収入の伸びを抑えてしまい、結果的に個人消費の低迷につながっているとし、超過勤務に関する制限の緩和を求めた。

同大臣は、「時間外労働の増加により、企業の柔軟性、賃金労働者の購買力、社会保険の財源が増す」という考えを示し、「収入増を望む労働者が、現在の所定労働時間を引き上げ、時間外労働を増やせる」という政策を提唱した。ただし、ここでいう「労働者」とは、「フルタイム労働者」を意味し、パートタイム労働者や臨時労働者、失業者はその対象とされていない。その背景には、「企業負担を軽くし、比較的高所得であるフルタイム労働者の購買力を高めることが、経済の活性化につながる」という考え方が存在する。

2)労働組合・野党の反応

政府のこうした35時間労働制見直しの動きに対して、労働組合や同制度を導入した現野党の社会党は、強く反発している。

労働総同盟(CGT)のデュマ氏は、特に、フルタイム労働者を対象とした「収入増を望む者が、現在の所定労働時間を引き上げ、時間外労働を増やせる」という政策案を批判。パートタイム労働者や臨時労働者のなかには、フルタイムへの転換、常勤化というかたちで「労働時間の延長」とそれに伴う収入増を望む人が多く、また、失業者にいたっては、時間の長短以前にまず「就業」することが第一であるというのが、組合側の主張である。同氏は、比較的恵まれているフルタイム労働者の労働時間をさらに伸ばすのではなく、パートタイム労働者や臨時労働者、失業者を対象に労働時間の引き上げを実施し、彼等の収入を増加させるべきだと主張している。こうした主張は、「低所得者の購買力を高めることが景気刺激になる」という考え方に基づいている。

社会党(PS)党首のフランソワ・オランド氏は、「政府の見直しの動きは『35時間労働制の終焉』である。時間外労働の拡大と、その影響による雇用機会減少の可能性がある」として、経済的な危険を伴うと主張している。

また、35時間労働制を導入した当時の雇用連帯相であるオブリ氏は、「同制度の廃止は、45万人の失業者を生む」とし、時短の維持を強く求めている。同氏は、「時短により、企業は労務管理の柔軟性が広がり、賃金労働者には時間的なゆとりが生まれ、失業者には再就職の道が開けた」と、同制度の有効性を強調している。

3)経営側の反応

経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)は、以前から「35時間労働制の見直し」を主張していた。政府内で35時間労働制を見直す動きが本格化してきたことを受け、「喜ばしいことである」と歓迎している。ただし、MEDEFは、同制度の改革によって「社会保険料雇用主負担軽減措置」が撤廃される等、企業負担が増加することについて警戒している。

4)国民の反応

7月6日と7日、パリジャン誌は「35時間労働制の見直し」について、18歳以上の800人を対象とした電話による世論調査を行った。それによると、国民の過半数(51%)が、同制度の見直しを「望ましい」と回答している(反対は45%)。しかし、「企業移転などの恐れがある場合の、賃金据え置きによる労働時間の延長」については、60%の国民が「容認できない」としている。また、35時間労働制の見直しの議論については、「労働組合に信頼をおく」という意見が49%と、「政府及びMEDEFを信頼する」(29%)を大きく上回った。

2002年の政権交代以降、失業率の悪化や、3年連続で財政赤字がGDPの3%を突破する見通しが判明するなど、フランスは厳しい雇用情勢と景気の後退を経験してきた。景気が上昇傾向を見せている今日でも、失業は増加している(注1)。こうしたなか政府は、失業と闘うために「労働の再評価」「労働時間の弾力化」「雇用形態の多様化」を第一目標に掲げ、「労働時間の増加」を優先課題として位置付けてきた。ラファラン首相は、7月28日の記者会見で「失業削減の次に、政府は労働時間の一層の弾力化に取り組むつもりである」と発表。政府は、「ワークシェアリングの論理」を拒否するとともに、雇用再生の条件として「35時間労働制の緩和」を挙げている。しかし、35時間労働制を享受している国民や労働組合の反発もあり、同制度の見直しには紆余曲折が予想される。

  1. 特に、2001年半ばから工業部門における雇用減少傾向が続いている。

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