ドイツで労働時間延長の動き
―大企業で顕在化

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2004年8月

ドイツを代表する大企業であるジーメンス社、ダイムラー・クライスラー社などが、一部事業所での週40時間制導入を図り、コストダウンと労働時間を巡る動向が注目されている。労働時間延長の動きは、時短の国ドイツでも最も短い週35時間労働制が普及している金属産業が中心で、同産業の労働者を幅広く組織するIGメタル(金属産業労組)は企業側に強く反発。労使交渉の結果、ダイムラー・クライスラーでは、労働時間延長は生産部門には波及しないことになった。ジーメンスの事例のように週40時間労働を容認した場合でも、交渉を通じて事業所を限定し、雇用維持などの条件をつけたうえで、週35時間制を原則として定めた産業別労働協約を補う補完協約を結んでいる。大企業の一連の動きを受けて、マスコミや研究者などの間でも、労働時間延長の是非を巡る議論が活発化している。

労働時間延長の動きは、今年3月末に、まずジーメンス社が、一部の事業所における大幅なコスト削減と週40時間への労働時間延長を提起したことによって、大きな注目を集めた。同社は、最大5000人の雇用を、事業所のハンガリーや中国への移転によって削減する可能性があるとし、これを回避するためには、労働時間延長を含む大幅なコスト削減が必要だと主張した。

4月2日付で「ジーメンス、週40時間への力比べを挑む」というトップ記事を載せた独ハンデルスブラット紙によると、IGメタル本部およびジーメンス本社のあるバイエルン支部は会社側提案に強く反発。これに対して、同社事業所を束ねる全体事業所委員会の代表は、強い失望を示しながらも「雇用維持のために闘う」とコメントし、ニュアンスの違いを感じさせた。同紙はこの時点で、6月に最終的に労働時間延長を取り決めることになるノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州の事業所の一部の部門で、同地の事業所委員会とIGメタル支部が、週40時間制導入と、クリスマスおよび休暇手当の廃止で同意したと報じた。この背景として、ジーメンス社が現在全世界で41万4000人の従業員を抱えるなかで、本国では16万7000人までスリム化していることや、他の国の労働条件との格差(たとえば検討対象となった事業所の移転候補先のハンガリーでは、平均で週42.9時間労働・月当たり480ユーロの所得に過ぎない)といった国際競争の現状が、併せて解説されている。

IGメタル本部はその後、ジーメンス社に雇用維持を強く迫る方針を取り、抗議行動とともに解決の糸口を探った。B・フーバー副委員長は「計画された生産拠点の移転に係わる事業所理由の解雇を決して表明させてはならない」と述べている。労使交渉が煮詰まってきた6月18日には、ドイツ国内2万5000人の同社従業員を動員して抗議デモを行った。

こうして同月24日、ジーメンス社とIGメタルは協定を結び、携帯電話製造に携わるNRW州のカンプ・リントフォルトおよびボッホルトの2事業所の4000人余りの従業員を対象とする、週40時間制導入が合意された。延長分の賃金補填はない。クリスマスおよび休暇手当も廃止され、業績に連動する手当に一本化された。これらの施策と引き換えに、会社側は当面2年間の雇用を保障する。

IGメタルのNRW支部は、同州の金属産業使用者団体と、通常の金属産業労働協約(産業レベルで原則として週35時間労働を取り決めている)に対し、労働時間延長を可能にする「補完協約」を結んだ。これに加え、ジーメンス社、同社全体事業所委員会、IGメタル本部の三者は「雇用・競争力・イノベーションのための安定と発展に向けた協定」を締結。その内容には、雇用と労使関係の重視、産業別労働協約の尊重などが含まれている。同労組にとっては、雇用の国外流失やコスト削減・労働時間延長に対する一定の歯止めが必要だったといえる。

ジーメンスにおける合意からわずかの時を経た6月下旬、ダイムラークライスラー社が主力のジンデルフィンゲン工場(ドイツ南西部)で週40時間制を導入する意向を示し、労働時間延長を巡る議論はさらに激しさを増すことになった。会社側の提起は、新規設備投資のためにコスト削減が不可欠だとし、ダイムラークライスラーのドイツ国内生産部門で合計50億ユーロの経費削減を計画するというもの。具体策としては、ジンデルフィンゲン工場の生産部門における週40時間制導入や、1時間につき5分の休憩時間、さらに交代制勤務手当の廃止などをあげている。従業員側が同意しなければ、Cクラス(同社の小型車の製品カテゴリー)のモデルチェンジがある2007年以降、新モデルの生産拠点をブレーメンの同社工場および南アフリカに移すとした。

会社側は、生産移管の場合6000人の職が失われるとしているが、従業員を代表する事業所委員会によれば、その数は1万人にのぼるという。この危機感を背景に、事業所委員会側は、ERA(報酬基本労働協約=労働者と、事務職等職員の賃金格差を是正する取り決め)による賃金上昇分を放棄することで18億ユーロのコスト削減に協力するなどの案を示し、IGメタルとともに、経営側と交渉を続けた。事業所委員会とIGメタルは、すでにジーメンス社の事例を強く認識していたこと、影響を受ける従業員の数が多いことなどから、交渉の過程で激しい抗議行動を展開。7月10日以降、ジンデルフィンゲン工場を中心として時間を限った職場放棄を繰り返したほか、他工場も含めた多くの従業員が抗議行動に参加している。

その後、会社側は役員層の報酬一部カット、従業員側は研究開発部門などの高資格者に対する週40時間制の拡大容認(今年2月に合意された産業別協約でも、高資格者について一定の労働時間延長が盛り込まれている)などを示し歩み寄りを図った。その結果、7月23日に交渉がまとまり、現業部門の労働時間延長は回避された。ERAによる賃金上昇分の放棄は、対象従業員にとって06年に2.79%の賃下げとなる。約16万人とされるドイツ国内の同社従業員に対して、2012年までの雇用保障が取り決められた。

7月21日には、フォルクスワーゲン(VW)社が2011年までに3割のコスト削減を実施する方針であることを、ドイツの各メディアが報じている。同社はすでに5月の段階でこの意向を打ち出しており、他の金属産業とは別個に結ばれるVW労働協約の期限切れ(今年9月)を控えて、どのような提案が出されるかが注目される。労働時間制度の見直しが争点となる可能性もある。ドイツではこのほかにも、労働時間延長を検討している企業が多いといわれている。当面は、現行の産業労働協約の仕組みの枠内で、事業所単位での取り決めを図るケースが多くなりそうだ。

相次ぐ大企業の提起に、ドイツでは、政治家や専門家、ジャーナリストなどが、労働時間のあり方について発言し、議論が激しくなっている。賃金補填なしの労働時間延長が、企業の競争力強化、雇用の安定などにどのようにつながるのかが、生産拠点の海外移転や経済情勢などを交えて論じられている。将来的には、制度の弾力化を含む労働時間のあり方論議が、実際の労働条件決定にどのように影響していくかが焦点となる。

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