製造業の海外移転とEU拡大の影響

カテゴリー:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2004年6月

スペイン北東部のバルセロナ市を中心とするカタルーニャ州は、国内で最も早くから産業が発達した地方だ。現在でも日系企業を含む多くの外国企業の工場が立地しているが、最近はそれらの縮少・閉鎖、移転が相次いでいる。その口火を切ったのはサムスンとフィリップスで、ともに2004年1月に工場閉鎖の決定を発表し、地元に大きな衝撃を引き起こした。

サムスンのコスト削減戦略

サムスンの工場ではテレビ、パソコンの画面製造を行っている。現時点では利益を出しているが2004年~2006年にかけて損失に転じる恐れがあるとして、いわば「予防的」に閉鎖を決定した。これはコスト削減のためにアジア(中国)や東欧に生産拠点を移転するという、サムスングループの戦略の一環である。工場の閉鎖により400人以上の労働者及び100人以上の派遣労働者が影響を受ける。労働者側は会社が現時点で利益を上げているにもかかわらずあくまで「予防的」に工場を閉鎖すること、R&D投資を行わずにコスト削減だけを追及することを批判し、会社側と全面的に対決する姿勢を見せた。結局、2月半ばに会社が労働者側の求める解雇条件を全面的に受け入れる形で決着したが、これは今後同じようなケースが発生した場合の先例になるものと見られている。

サムスンはカタルーニャ州政府からその投資の2割の助成を受け、また工場用地として州の公有地を市価の半値で供与されていた。また科学技術省からもR&D支援という名目で補助金を受けていた。サムスンの撤退は、公的な外資誘致政策のあり方を問い直すきっかけともなりそうである。

カタルーニャ州政権は昨年11月の州議会選挙を経て、23年間政権の座にあった中道右派の民族主義政権から左派3党連合政権へと、初めての政権交代が行われた。左派政権の誕生が外国企業のカタルーニャ離れを引き起こした可能性を指摘する声もある。撤退の直接の原因とはならないまでも、サムスンのようにコスト削減を考えている企業が「口実」として利用する可能性はあるだろう。

フィリップス工場は需要減による閉鎖

フィリップスのバルセロナ近郊の工場では照明器具を製造しているが、規模が小さく競争力が弱いため需要減に陥り、既に多数の企業と工場売却の交渉を行ってきた。しかし売却相手が見つからず6月の閉鎖が決定され、100人余りの労働者が解雇されることとなった。これに対してカタルーニャ州政府関係者から同社の製品のボイコット発言が出るなど一時は緊張した雰囲気となったが、2月に入り州政府の仲介で労働者側と会社側との合意が成立した。早期退職を含む解雇の条件は会社が全労働者に対して最低2万4000ユーロを支払い、また再就職の斡旋サービスを負担するというものである。

激化する東欧諸国との競争

サムスン工場の生産はスロバキアに移転される見通しだ。スロバキア当局は昨年11月から同社と接触していることを認めている。1993年にチェコ共和国から平和的に分離独立したスロバキアは積極的な外資誘致活動を展開しており、1991年のフォルクスワーゲン社を皮切りに自動車産業、銀行、通信等の外国企業の進出が目覚しい。フォルクスワーゲン社は小型車「イビサ」の生産を、バルセロナから同国にすでに移転した。スロバキアの安くて質の高い労働力に加え、本年5月1日のEU加盟に向けて同国が政治的安定や経済的改革を実現させてきたことも投資企業にとっての魅力となっている。

このスロバキアを含む中東欧10カ国の新たなEU加盟について、スペイン企業の多くは新たな市場獲得の好期として前向きに評価している。しかしEU拡大の最大の影響は、新規加盟国からの新たな労働力供給とそれへの需要の増加にある。スペインの二大労組の一つである労働者総同盟(UGT)のメンデス書記長はEU拡大式典が行われたメーデー当日、「スペインの労働者はEU拡大を大きな試練であると同時に大きなチャンスであると考え、立ち向かわなければならない」と述べた。

期待されるカタルーニャ州のクラスター

コスト削減と技術革新という企業戦略のもとで求められる安い労働力、優秀な人材、活発な研究開発活動に支えられた高い技術。今後、これらに関してスペインは東欧諸国との競争を強いられる。拡大後のEUにおけるスペインの生き残りの道は、生産性の向上、労働力の質の向上、技術力の向上等、あらゆる側面でその競争力を高めて行くことにかかっている。

すでにカタルーニャ州では、電子機器、通信、バイオ産業等の分野においてイノベーションの拠点となるクラスターが形成され、世界的な注目を集めている。企業、大学、政府等多くの機関が参加し、より競争の促進につながるような取り組みが検討されている。今後の発展が期待される。

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