「雇用創出のための社会協約案」と政労使の取り組み

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  • 国別労働トピック:2004年4月

4月の総選挙を前に、雇用創出に対する社会的関心が急速に高まることにプレッシャーを感じたのか、労使政委員会は2月8日に「雇用創出のための社会協約案」に合意し、続いて、政府は2月19日に大統領主宰の「雇用創出のための経済指導者会議(関係省庁大臣のほか、政界、経済界、労働界、市民団体などの代表出席)」を開いて、「今後5年間200万人分の雇用を創り出すことを主な内容とする雇用創出総合対策」を発表するなど、雇用創出に向けた政労使の取り組みが本格化している。

これに対して、労使政委員会に参加していない民主労総は早くも社会協約案の実効性を疑問視し、独自の雇用創出案を提言する構えを見せている。そして政府の雇用創出総合対策に対しても「実績を急ぐあまり、単なる量的拡大に偏ってしまい、良質の雇用を創り出す案は見当たらない」との声が上がっている。

以下、労使政委員会の社会協約案と政府の雇用創出総合対策を中心に、雇用創出に向けた政労使の取り組みを詳しく見てみよう。

労使政委員会の「雇用創出のための社会協約案」

労使政委員会は2月8日、「労働側の“賃金安定への協力”と経営側の“雇用調整の抑制”を主な柱とする社会協約案」に合意したと発表した。今回の合意は1998年2月の「通貨危機克服のため社会協約」以来の試みで、政労使が雇用問題に対して危機意識を共有していることの表れである。同委員会は2003年12月26日に社会協約づくりに取り組むことで合意してから8回にわたって話し合いを重ねた末、次のような項目を盛り込んだ社会協約案を見いだしたのである。

第1に、労働側にかかわる項目;

  1. 非正規労働者や中小企業の労働者に比べて賃金が相対的に高い大企業の場合、今後2年間「賃金の安定」に協力する。
  2. 賃金および労働時間の調整、配置転換の円滑化など企業内部労働市場の柔軟性向上に協力する。
  3. 職場組織改革および品質・生産性向上に協力する。
  4. 生産施設の占拠や操業妨害などの不法行為を禁止する。

第2に、経営側にかかわる項目;

  1. 投資の拡大を通じて雇用創出に努める。
  2. 「人為的な雇用調整」をできるだけ抑制し、やむをえない場合は労組と誠実に協議し、人員削減の最少化に努める。
  3. 大企業は下請け協約会社の労働者の雇用安定および処遇改善などを支援する。
  4. 不当解雇や不当労働行為を禁止する。
  5. 経営情報の公開や不法政治献金の禁止など経営の透明性向上や経営倫理を実践する。
  6. 賃金・労働条件・教育訓練・福利厚生などで非正規労働者に対する差別を禁止する。

第3に、政府にかかわる項目;

  1. 企業の投資拡大を誘引するための規制緩和のほか、企業の雇用拡大に対する税制および雇用保険上の優遇、研究開発人材の育成費用に対する税額控除範囲の拡大などに取り掛かる。
  2. 中小企業向けに新規事業開拓および雇用環境改善を支援するための助成金や専門人材の採用奨励金などを新たに設ける。
  3. 非正規労働者の雇用安定および職業能力開発を支援するための対策を講じる。
  4. 消費者物価水準を3%台に抑え、不動産価格の安定および教育費の軽減に努める。
  5. 低所得労働者の所得向上策を講じる。
  6. 国民基礎生活保障制度・賃金債権保障制度の適用対象の段階的な拡大など、ソーシャルセーフティネットを拡充する。
  7. 社会福祉・公的サービス部門での新規採用を拡大する。

第4に、政労使にともにかかわる項目;

  1. ワークシェアリングに向けて、労使は労働時間の短縮やシフト勤務制度などの利用に努め、政府は支援策を講じる。
  2. 非正規労働者問題の解決に向けて、経営側は非正規労働者に対する差別を禁止し、正規職採用の際には既存の非正規労働者を優先的に採用する。労働側は非正規労働者に配慮した労働運動を展開する。政府は非正規労働者に対する不合理な差別を是正するための対策、とりわけ公共部門における非正規労働者の処遇改善策を先んじて講じる。
  3. 協調的労使関係に向けて、労使は事業所レベルでの情報共有および労働者参加の活性化に努め、政府は労使が実施する労使関係改革プログラムに対する支援を拡大する。
  4. 雇用創出のための地域別連帯事業を推進する。

以上のように今回の社会協約案には55項目にわたって幅広い約束事が盛り込まれており、「直接の雇用創出案」というよりは「雇用創出に有効な道筋」として、労働者階層別・企業規模別賃金および労働条件の格差是正や経営・投資環境の改善、法の支配に基づく協調的労使関係の構築などに政労使が協力して取り組むことを公に約束したところに大きな特徴がある。言い換えれば、ソーシャル・パートナーシップに基づいて雇用創出に向けての政労使の役割分担および協力関係をより明確に定義することで、政労使関係の新たな方向づけを示したところにその意義があるといえる。

もう1つの特徴は、社会協約案の核になる「賃金と雇用」についてはその文言をめぐって最後まで労使の駆け引きが続き、合意に至った後もその文言をめぐる対立は消えず、今なおくすぶっているなど、政労使間の話し合いはこれで終わったというより、むしろようやく出発点に立ったということである。例えば、賃金については、話し合いを重ねるにつれ、“賃金の凍結”から“賃上げの抑制”へ、さらに“賃金の安定”へとだんだん曖昧な表現、つまり労働側にとってより受け入れやすい文言に変わった。ここでの“賃金の安定”とは「過度な賃上げを控え、生産性上昇率と物価上昇率の範囲内に賃上げ率を抑える」ことを指すという。それも賃金が相対的に高い大企業を主な対象にすることを明確にし、労働者階層別・企業規模別賃金格差の是正を通じて非正規職や中小企業への雇用を誘引するところに落ち着いている。次に雇用については「人為的な雇用調整をできるだけ抑制し、賃金・労働時間の調整や配置転換の円滑化など企業内部労働市場の柔軟性向上を通じて人員削減の最少化に努める」ことで、“雇用の安定”を図るところに重点を置いている。

労使政委員会は今回の社会協約案について「雇用創出のためには賃金の安定と雇用の安定が今最も求められているとの認識を労使が共有し、痛みを分かち合うという見地からそれぞれの役割を果たすことを約束した」という点で「今回は雇用創出のためのグランドデザインの性格が強い。今後具体的な方策についてさらに話し合いを進めていく」ことを強調している。

これに対して、労使政委員会に参加していない民主労総は「大企業労働者の大半が加盟している民主労総抜きに合意したものにいかなる実効性があるのか疑問である。具体的な方策に乏しい今回の社会協約案は、大企業が雇用を創り出すことなく、賃上げのみを抑制するのに悪用される恐れがある」と批判し、それに代わる独自の雇用創出案として、週休2日制の導入に合わせて「時間外労働を減らす運動」を展開していく方針を打ち出す。とともに、「産別交渉での決定を踏まえたうえで社会協約案について話し合うことや、高賃金労働者の賃金削減ではなく低賃金労働者の所得補填、非正規労働者に対する差別撤廃、損害賠償および資産仮差押訴訟問題の解決などに取り組む」ことを政府と経営側に要求した。

そして全国経済人連合会も「社会協約案のうち、企業の競争力強化に逆行するような項目については再検討すべきである」と注文をつけている。例えば、賃金の安定に関する項目について、「中小企業は賃金水準を相対的に低く抑えざるをえないという現実が反映されていないので、“賃金の安定”を“賃金の凍結”に変えるか、または“非正規労働者や中小企業の労働者との賃金格差を解消するために”という文言を削除すべきである」、また雇用調整の抑制についても「経営上の理由による雇用調整はすべて人為的なものにならざるをえないため、“人為的な雇用調整”を“過度なまたは不合理な雇用調整”に変えるべきである」と主張している。

いずれにせよ、今回の社会協約案は労使政委員会も認めているように「雇用創出のためのグランドデザイン」としての性格が強いだけに、その成否は政府がイニシアチブをとってどこまで直接の雇用創出につながるような具体的な方策を見いだすことができるか、また「賃金の安定・雇用の安定・協調的労使関係」の好循環を企業現場にいかに浸透させるかにかかっている。民主労総の参加はその実効性を高めるためのさらなる一歩となるに違いない。社会協約案の成立を前後にして、民主労総執行部と労働大臣の交代が相次ぎ、「労働運動や労働政策が国民世論や国家経済とともに歩む中道・穏健路線を志向する」との見方が先行きへの希望的観測をもたらしている。民主労総の参加を取りつけることができるかどうか、新任の労働大臣のかじ取りに早くも高い関心が寄せられているのである。

ちなみに、韓国労総が傘下労組107カ所を対象に「雇用創出のための社会協約」に関するアンケート調査を実施したところよると、その91.5%が「雇用創出そのものに意義がある」ことを理由に労使政委員会での話し合いに賛成したのに対して、7.5%のみが「雇用創出どころか、賃金交渉で譲歩を強いられかねない」ことを理由に反対している。そして労使政委員会での話し合いの過程で経営側が生産性向上、賃上げの抑制、ノースト宣言などを要求することに対しても、半数以上が「条件付きで受け入れるべきである」と答えている。そのほかに、68.1%が「雇用不安」を感じており、50.5%は「事業所レベルで雇用創出のための交渉に臨むことを検討する」と答えている。

政府の雇用創出総合対策

4月の総選挙を前に、関係省庁が先を競うように雇用創出策を相次いで発表したこともあって、同政策の信頼性や実効性を疑問視する声が高まっている。新任の労働大臣は就任早々「関係省庁間の協議を経て重複する部分を整理し、実現可能性の高い雇用創出策に絞っていくとともに、雇用の数だけでなく、その質も視野に入れていく」ことを明らかにし、「雇用創出策の実効性を高めることが課題である」という認識とともに、「前述のような“雇用創出のための社会協約案”は社会的コンセンサスを背景に見いだされただけに、それを成功させるためにその中身をつめていく作業が必要である」との見解を示した。

2月19日の大統領主宰の「雇用創出のための経済指導者会議」で発表された「雇用創出総合対策」は、同社会協約案の実効性を高めるための政策の一つと位置付けられ、それにはいままでの雇用創出策が網羅されている。その目玉は今後5年間にわたって200万人分の雇用を創り出すことである。

その内訳を見ると、まず、毎年経済成長率5%台を達成し、年間平均30万人分(経済成長率1%の雇用創出効果6万人と仮定)、今後5年間合わせて150万人分の雇用を創り出す。第2に、雇用創出効果の大きいサービス業部門、例えば、週休2日制の恩恵を受ける観光・レジャー産業などで10万人分、次世代成長産業および中小ベンチャー企業の育成などで10万~15万人分の雇用をそれぞれ創り出す。第3に、週休2日制の導入に伴うワークシェアリングで17万人分、深刻な人手不足状態にある中小企業の雇用環境改善で3万~4万人分、社会福祉・公的サービス部門で4万8000人分の雇用をそれぞれ創り出すということである。

政府としては、このような雇用創出目標を達成するために、サービス産業の競争力強化、成長基盤の拡充、ワークシェアリングおよび中小企業の人手不足解消の支援、労働市場インフラの拡充、人材育成などに力を入れることにしている。

そのほかに、政府の雇用創出策のうち、ひときわ目を引くのは財政経済部が2004年度の業務計画に盛り込んだ「雇用増大特別税額控除制度」である。これは、最近2年間の平均常用労働者数(3カ月以上雇用された者)より1人でも多く雇用を増やす企業を対象に追加雇用分1人当たり100万ウォンの法人税減免措置を3年間の時限付きで実施するというものである。

このような政府の雇用創出策に対して、早くも労働界からは「短期実績重視で、雇用の量的拡大のみに集中し、非正規労働者の量産につながるような政策に終始している。良質の雇用を創り出すためには、非正規労働者や中小企業の労働者の処遇改善(賃金格差是正)に取り組むことが何より肝要である」と主張している。

そのほか、研究機関の間でも、「新規採用に対する法人税減免措置や、公共部門での雇用創出などは非効率的で一時的な効果しか期待できない。長期的な観点からの良質の雇用創出のためには、企業の投資拡大を誘引するための投資環境の改善や、雇用創出効果が大きい中小ベンチャー企業や高付加価値サービス業の育成などに力を入れるべきである」という向きが多い。

いずれにせよ、雇用創出への社会的関心が急速に高まるなかで、政労使の間で雇用創出に向けての役割分担および協力に関する社会的合意が形成されたことは、経済の効率性と社会統合の両立を目指す方向への労働関係パラダイムの転換につながる可能性を秘めているという点でその意義は大きい。その実効性を高めるために、政府は急いで雇用創出策をまとめて新たな社会協約の試みにこたえようとしている。これからは雇用の数のみでなく、その中身も問われることになるだけに、今後中央レベルでの政労使が見いだす具体的な方策が、企業現場で良質の雇用を創り出す取り組みに結びつくかどうかが注目されるところである。

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