海外フィリピン人労働者(OFW):就業者数は減少傾向にあるも送金額は増加、一方で、続く看護師の海外流出

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2004年2月

BSP(フィリピン中央銀行)の発表によると、2003年1-9月のOFW(海外フィリピン人労働者)からの送金額は、56億6300万ドルと前年同期比の5.1%増であったが、OFW就業者数については、前年同期比で5.6%減の66万9419人にとどまった。送金額の上昇には、看護師や介護士等の医療関係職や事務職など、比較的賃金の高い職種に就く陸上ベースの労働者数の増加が影響しているが、看護師の海外流出が続き、国内における人材不足および医療体制の危機が懸念されている。

フィリピンのOFW(海外出稼ぎ労働者)からの送金は、フィリピン国内の経済を支えているといっても過言ではない。イラク戦争や新型肺炎(SARS)などの影響を受けた2003年1月から9月のOFW就業者数は、前年同期比で5.6%減の66万9419人にとどまった。それとは対照的に、OFWからの送金額は上昇傾向にある。BSP(フィリピン中央銀行)の発表によれば、2003年1月から9月のOFW送金額は、前年同期比の5.1%増で56億6300万ドルであった。これは、看護師(看護婦・看護士の総称)や介護士、事務職等の比較的賃金の高い職に就く陸上ベースの労働者数が増加しているためとされる。

送金の大部分は、米国・サウジアラビア・日本・英国・香港・シンガポール・アラブ首長国連邦・イタリア・クウェート・台湾からであるが、特にアジアからの送金が増加傾向にあるのが近年の特徴である。その背景には、1980年代以降の経済成長とともに、外国人労働力の導入に踏み切ったシンガポールや香港、台湾などのアジアNIESの動きがある。

こうしたなか、フィリピン国内における看護師の不足がひとつの社会問題になっている。POEA(海外雇用庁)によれば、今日までにおよそ30万人のフィリピン人看護師が海外で働いている。2001年には1万3536人の看護師が131の国々で働き、2003年では1月から8月の期間だけで、7855人の看護師が海外での職を求めて国を去っている。

なぜ看護師たちは、海外を目指すのか。そこには、低賃金など国内の看護師の待遇の悪さが存在する。例えば、カナダでの2週間分の給与(各種手当を含む)が、フィリピン国内の看護師のほぼ1年分の給与に相当する。2、3年のキャリアの看護師の場合、アメリカであれば1日で144~360ドルになるが、フィリピン国内では1月で120~198ドルにしかならない。海外で働く看護師の月給は、平均3000~4000ドルといわれるが、フィリピンの都市部では平均169ドルである。地方ではさらに低く、ビサヤ地方の看護師の給与は月72~90ドルだという。

賃金だけでなく、その就業環境の過酷さも彼らの目を海外へ向けさせている。フィリピン国内ではほとんどの看護師が、1シフトで100人以上の患者の世話を課せられている。これは、1人の看護師が1シフトで看るのに理想とされる15人をはるかに超えている。一方、研修医にいたっては、しばしば36時間勤務になり、平均月収も300~800ドルで、米国やヨーロッパの看護師の月給と比較してもかなり低い。このような就業環境の悪さから、海外での職を求める医師も増加している。医師のなかには、アメリカの就労ビザ取得のために看護学校に入学し、新たに看護師の資格を取得する者もいるという。POEAによれば、ビコール地方の医師の20%が、海外での職を得たいがために看護師に転向している。

少子化・高齢化が進む先進国では、肉体的にも精神的にも重労働で、HIV感染などの危険性と隣り合わせの看護師という専門職に就こうとする若者が少ない。こうした看護師の不足を先進諸国では、外国からの移民看護師で補おうとする動きが顕著だ。米国ではおよそ1万人、英国・アイルランド・オランダやその他のヨーロッパの国々に至っては、2万人の看護師が毎年必要になると、各政府は発表している。

こうした先進国の需要にこたえて、フィリピン人看護師たちが海外へ渡ることは、結果的には自国の経済に貢献しているといえる。しかし、このままでいくと、近い将来フィリピン国内では看護師の人材不足という問題に直面する。特に地方では、地元よりも高い賃金を求めて看護師たちは、まず都市部を目指す。そして都市部から、さらに高賃金・好条件を求めて国外へ出てしまう。地方では常に看護師が不足し、そのためにさらに就業環境が悪化するという悪循環を引き起こしている。

このような看護師や医師の海外流出は、単なる人材不足の問題にとどまらず、フィリピンの医療体制そのものを危機的状況に陥れる恐れがあるとして、PNA(フィリピン看護師協会)は、看護師の待遇の改善を主張している。政府も同様の指摘をしており、ギンゴナ副大統領は「政府主導による制度の見直しの必要性」を説き、ダイリット保健相は現行の看護師教育・育成制度を見直さなければならないとして、その第一歩が「国内の看護師の給与水準の引き上げである」という見解を示した。同相は、「国内の経済状況と就業機会の不足」が問題であり、少しでも早く職場経験を積めるように、看護師の育成過程を早めるよう現行制度を変更する意向だという。

フィリピンでは年間1万人以上の看護師が新しく輩出されるが、そのうち国内に就業するのは数百人程度とされる。しかし、この数だけが問題なのではない。経験豊かなベテラン看護師や優秀な看護師たちが、海外でのよりよい就業環境を求めて国を去ることは、いわゆる“二流”の看護師が国内に残されることを、そして同時に、看護師の育成を担うべき人材の不足を意味する。現在のように看護師養成の学校がただ増えるだけでは、その質は向上しない。より高度な技術と高い能力を持つ看護師を育成するためにも、優秀な指導者・育成者が必要である。彼らが国内にとどまるように、さらには、一度海外へ出てしまった優秀な人材が、指導者として安心しかつやりがいを感じて国内へ戻ってくることができるように、国内の看護師の就業環境の改善が必要であろう。

フィリピン人の看護師は「情が深く、気立てがよく、技術もあり、献身的に働く」という特長から、海外で好まれるといわれるが、移住先の環境に何も問題がないわけではない。もちろん賃金はフィリピン国内よりもかなり高いが、診療所勤務での低賃金や長時間労働の強要も報告されている。そこには、外国人看護師を“二級市民”扱いする待遇問題が存在するという。また最近では、POEAに正式に登録していない米国の斡旋業者が新聞などに広告を出し、仕事の斡旋だけでなく技術評価や試験なども違法に行っているとして、POEAでは米国での就業機会を探す看護師に対して注意を呼びかけている。このような海外労働者を取り巻く環境や、移住先での待遇問題も決して無視できない。

グローバリゼーションが進むなか、看護師や介護士等の医療分野の専門職や事務職などの賃金の高い職種に就く者だけでなく、単純労働者も含めて、フィリピンの海外労働者は今後も増加していくであろう。確かにフィリピン国内の経済は、彼らからの送金に頼るところが大きい。しかし、自国の揺るぎない経済社会体制の確立のためには、課題は未だ多く存在するといえる。

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