SPD党大会、企業の訓練職創出懈怠に対する課徴金を承認

カテゴリー:人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2004年2月

ドイツ独自の職業訓練に関するデュアル・システムの下では、訓練生は就業者にカウントされるので、企業の訓練職創出は若年者の雇用問題として労働側から常に要求があり、シュレーダー首相(社会民主党SPD)もハルツ委員会答申とそれを受けた2003年3月の施政方針演説以来、就労意欲ある若年者のための訓練職創出の努力を企業側に要請してきた。だが、企業の訓練職創出の懈怠に対して立法的に課徴金を企業に課する措置をとるか否かについては、労働側の強い要求にもかかわらず、野党、経済界は強く反対し、同首相自身も初めは反対で、クレーメント経済労働相の強い反対意見やゲルスター連邦雇用庁理事長の反対を含めて、SPD内部でも意見の対立があった。しかし、同首相が賛成に転じ、11月のSPD党大会では同経済労働相の強い反対を押し切って、課徴金の立法による導入が承認された。

以下、連邦雇用庁発表の訓練職市場に関する統計、SPD党大会までの経緯と決定内容、これに対する各界の反応を記する。

(1)訓練職市場に関する統計

訓練職市場は毎年9月からの1年間を基準期間とするが、連邦雇用庁の統計では、訓練職の開始月である2003年9月末には前年同月比で同市場は悪化し、職安で未仲介の訓練職の求職者数は3万5000人で、前年同月比で約2万人増加し、残余求人数は1万4800人だったので、訓練職の不足数は2万200人だった。

ハルツ委員会答申やシュレーダー首相の施政方針演説以来その改善が強調されたにもかかわらず、このように改善しない訓練職市場に対して、SPDと労働側から立法による課徴金導入の声が強まるなかで、11月6日に発表された連邦雇用庁の10月の統計では、未仲介者数は3万7800人、残余求人数は1万3800人となり、訓練職の不足数は2万4000人で、前月比で3900人の増加となった。

だが、この統計に対しては、労働側がこれを額面どおりに受け取るのに対して、使用者側は、訓練職数の不足は実際は減少しているのに、これは不足数を人工的に増加させるものだと猛烈に批判した。すなわち、9月末の未仲介者数3万5000人のうち、10月末の未仲介者数は2万8442人であり、したがって訓練職数の不足は1万4642人で、状況は9月末より改善しているとしている。使用者側は、連邦雇用庁は10月に新たに加わった求職者数を自動的に加算しているが、彼らのほとんどは成立した訓練職契約を途中で打ち切ったか、訓練職に就かなかったか、支給される育児手当を目当てに単に職安に登録した者で、これらの求職者に対して経済界は責任を持てず、同庁がこれを統計に組み入れることは不公正だとしている。

(2)党大会までの経緯と決定内容

シュレーダー首相も連邦雇用庁の10月の統計を受けて、状況が2003年末までに好転しなければ課徴金導入もやむをえないとし、IGメタルやVerdi等の有力労組の声を背後にSPD内部でも導入の声がさらに強まった。そして11月10日にSPD幹部会が導入に賛成し、これを受けて翌11日、SPD連邦議会会派が導入に賛成の決議を行った。

SPD内部では、オラフ・ショルツ幹事長をはじめとして、訓練職を求める若年者には職が与えられるべきで、若年者が学校卒業後の職業生活を失業者として始めることがあってはならず、訓練職は景気に関係なく創設されるべきだとの意見が強かった。だが、クレーメント経済労働相は、課徴金の導入は租税や賃金外コストを下げるべき時には誤ったやり方で、訓練職の創出については、立法ではなく、まずは建設業界のように労使間の賃金協約による自由意志にゆだねるべきだと、最後まで反対した(同業界では1976年以来、訓練職創出のために賃金協約によって企業から賦課金を徴収して基金を設定し、一定の成果を収めている)。しかし、シュレーダー首相もSPD幹部会で賛成に回り、結局クレーメント経済労働相の反対意見は押し切られ、18日の党大会で課徴金導入立法を承認する決議が行われた(なおシュレーダー首相は、この党大会で80.83%の代議員の得票率でSPD党首に再任されたが、SPD党首としては第2次大戦後3番目に低い得票率で、2年前の88.58%をも下回った)。

課徴金立法の詳細は今後さらに連立与党(SPDと緑の党)内で検討されるが、SPDによって予定されているのは、概略以下の内容である。

  • 訓練職を設けないか、その創出が不十分な企業は、新たに設けられる基金(Fonds)に一定額を課徴金として払い込まなければならない。
  • 訓練職創出が不十分か否かは、訓練職創出率(当該企業の全従業員数に対する訓練生数の割合)を達成しているかどうかで決定され、従業員50人までの小企業ではこの率が8%未満の場合に不十分とされる。企業規模が大きくなるほどこの率が低くなり、500人を超える大企業ではこの率は4%となる。これによって実質的には中小企業の負担が大きくなる。ただし、小企業と中小の起業家に対しては例外措置を認め、また、労使の賃金協約で優先的に取り決めることも認められる。
  • この一定額は、企業の名目賃金総額の1%程度とされ、これを賃金協約締結当事者である労使が管理して、訓練職のために補助金として支出されるが、基金総額は90億ユーロ程度になる。
  • 基準月である毎年9月の訓練職市場の統計にしたがって、課徴金の額を増額する等の調整が行われる。
  • この立法は最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が多数派を占める州代表である連邦参議院の同意を必要とせず、法案の詳細が決定すれば、早ければ2004年初めに施行される可能性がある。ただし、遡及はしない。

(3)各界の反応

  1. 労働側は、10月初めに課徴金立法の具体化に関して労働総同盟(DGB)が独自の提言を行うなどしてきたが、ここからも従来の主張に沿うものとしてSPDの決定に賛成している。ミヒャエル・ゾマーDGB会長は、訓練職を設けている企業は2003年には前年の30%から23%に減少しており、4分の3以上の企業がドイツのデュアル・システムの下で訓練職の創出を怠っていることは社会的に放置できないとして、立法による課徴金導入を当然のことと支持している。

  2. 経済界は、上述のごとく連邦雇用庁の統計自体が訓練職市場の実態を反映していないと批判してきたが、SPDの決定に対して、ルートビッヒ・ゲオルグ・ブラウン商工会議所会長は、立法による課徴金の強制で企業が訓練職を設けることはありえず、この決定は党内左派と労組の圧力に歩み寄るもので、「雇用のための同盟」等の話し合いに基づいて訓練職を増やすようにしてきた従来の企業努力を無にするものだと強く憤りを示している。また、ディーター・フィリップ手工業連盟会長は、課徴金の支払いでかえって企業が訓練職設置義務を免れることになる可能性があり、これは訓練職の増加ではなく減少を招くから、この決定はドイツのデュアル・システムに弔鐘を鳴らすことになりかねないと、強く批判している。また一部の地区商工会議所は、課徴金は中小企業を圧迫する「刑罰税」であり、企業規模に応じて扱いが不平等になるとして、立法に対して連邦憲法裁判所に違憲の提訴をする意向を示している。

    とはいえ、2002年同様、2003年末にも1万2000人ほど残ると予測される訓練職の未仲介者について、経済界もこれを無視しているわけではない。ブラウン商工会議所会長は、未仲介者として残っているのは、ドイツの学生の学力低下により(ピサ国際学力比較で示されたドイツの学生の学力低下は、ドイツ社会の深刻な問題として、対策が検討されている)、職業訓練コースに対応できない者がほとんどで、労組は以前からこれに反対しているが、この低学力の未仲介者のために、訓練職への橋渡しの役目を果たす数カ月の短期資格コースを設けることを連邦政府に提案している。

  3. 野党は、経済界とほぼ同様、終始この課徴金の立法化に反対してきたが、最大野党CDU・CSUも強く反対し、特に経済界にも近い保守派のバイエルン州首相エドモンド・シュトイバーCSU党首は、このSPDの決定は根本的に誤った決定であると厳しく批判しており、CDU・CSUは今後も争う姿勢を示している。

  4. 学界も、経済界、野党と同様、概ねSPDの決定に反対である。5賢人会議は、いち早くこの決定に批判を表明したが、そのメンバーの1人ヴォルフガンク・フランツ欧州経済研究センター所長は、この決定で訓練職が増加することはないと断言している。また、上述のフィリップ手工業連盟会長と同様、逆に企業が訓練職設置義務を免れることになりうると批判するとともに、仮に企業が課徴金支払いを免れるために訓練職を設置しても、このままでは企業が低学力の訓練生に適切な訓練を行わないことになる危険性を指摘している。また同所長は、SPDの決定により、雇用を増やしても訓練職を増やさない企業が課徴金を課されることになる可能性を指摘し、これは従来の政府によるドイツの企業立地条件改善の努力を逆行させるもので、国民経済面からもマイナス効果であり、労働市場の改善にも逆行するとしている。

概略以上のような今回のSPDの課徴金立法導入の決定は、労使の意見が真っ向から対立しており、与野党もこれに応じて鋭く対立しているが、これに対しては、シュレーダー政権の労働市場改革で労組との溝ができたので、SPDがこの部分で労組に歩み寄ったとの指摘もなされている。しかし、事がドイツの職業教育制度の根幹である伝統的なデュアル・システムとかかわるだけに、今後の進展が大いに注目される。

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