中国共産党、農村余剰労働力の労働移動政策を転換

中国共産党と政府は、農村の余剰労働力の都市への移動について、より肯定的にとらえ、重要視する決定を下した。この背景には、1.都市で就労する出稼ぎ労働者が9400万人を超え社会的に無視できない勢力になってきたこと、2.東部の経済発展地域に農村からの比較的低賃金の労働者を送り込む必要があること、3.農村の「一人っ子政策」が十分機能していないため余剰労働力が年々増大しつつあること、4.農村の経済が余剰労働力を十分吸収するほど成長していないこと、などの背景がある。

この結果、労働集約型事業を展開する日系進出企業にとっては、農村からの低賃金の労働者を採用する機会が増大することが予想される。

1.中国共産党の方針

2003年10月に開催された中国共産党第16期中央委員会第3回全体会議で、「中国共産党中央委員会の社会主義市場経済体制を改善する若干の問題に関する決定」が決議され、この中で、農村の余剰労働力に就職の機会を与える諸制度を改善することが決定された。

この決定の主な内容は、次の通りである。

  • 農村の余剰労働力を都市に移動させ就職させることは、農民の増収をはかり、都市化を推進する上で重要な方法である。
  • 農村の余剰労働力の技能訓練機関を建設し、郷鎮企業の企業改革を推進し、各県の経済を発展させ、農村の就業機会を増大させる。
  • 都市と農村の労働市場を統一し、都市の労働者と農村の労働者の平等な就業制度を成立させる。
  • 戸籍制度改革を進め、人口移動を管理しつつ、農村の余剰労働力を秩序を保ちながら都市に移動させる。
  • 都市化を加速させ、農村からの出稼ぎ労働者が都市に安定した職業と住所を持つ場合において、当該地域の規定に基づき、就労地又は居住地に戸籍登録をさせる。

2.農村出稼ぎ労働者が9400万人を超える

今回の中国共産党の決定の背景には、都市で就労する出稼ぎ労働者の増大がある。

農業部の発表によると、1990年代から農村から都市に出て働く出稼ぎ労働者は増加傾向にあり、ついに9400万人を超え、今後毎年500万人前後増加すると推計されている。

また、現在中国の農村の労働力は4億8500万人に達し、このうちの1億5000万人が余剰労働力と推定されている。中国共産党と政府は、この農村余剰労働力の都市への移動を円滑に進めることは、「小康社会」を築く上で重要な政治的任務であると発表するまでに至っている。

農業部及び国家発展・改革委員会の最近の調査によると、農村の余剰労働者には次のような特徴がある。

  • 低学歴で技能水準の低い労働者が多く、都市で安定した職業に就ける者は限られている。農村の余剰労働力のうち、専門的な職業訓練を受けた者は約1割と予想される。
  • 近年、農民労働者は広東省などの南部地域より、主として長江経済圏などの東部経済発展地域に移動する傾向が強い。ただし、省外へ出稼ぎ労働をした者は25%のみで、省外へ出稼ぎ労働した者のうち、東部地域への出稼ぎ労働者は85.7%を占めた。
  • 1990年代は建設業で就労する出稼ぎ労働者が圧倒的に多かったが、近年、飲食業、流通業などの第3次産業で就労する出稼ぎ労働者が増加傾向にある。
  • 出稼ぎ労働収入が、農民の全収入に占める比率が増加傾向にある。2002年の全国の農民1人当たりの平均出稼ぎ労働収入(月収)は、2001年より45.6元増加し438.2元に達し、農民の増収部分の41.8%を占めるまでになった。
  • 都市への出稼ぎ労働の影響は、単に経済的なものだけにとどまらず、農村に根強く残っている封建的な思想の解消などに影響を与え、農村でも肯定的に取り入れられるようになった。

3.遵守されない労働者としての権利

農村からの出稼ぎ労働者は、その労働環境において、労働者として弱い立場に置かれ、都市に戸籍を持つ労働者と比較し様々な不利益を受けてきた。

その主なものを列挙してみる。

(1)労働者としての合法的権益の侵害

  1. 未払い賃金問題

    労働社会保障部の調査によると、2002年、全国の出稼ぎ労働者の比較的多い23の省で未払い賃金を調査したところ、理由なく賃金の支払いを延滞していた案件は1万3000件、金額にして3億5000万元、不利益を受けた労働者は62万6000人に及んでいた。

    延滞していた企業は、私営企業、香港・マカオ・台湾系企業、外資系企業に多く、業種では建設業が突出して多く、次いでサービス業、製造業に多かった。

  2. 政府による不合理な手続き費の徴収

    各地方政府は、出稼ぎ労働者に対し様々な手続きを要求している。「労働省証書」、「臨時居留証書」、「健康診断証書」、「就業証書」、「婚姻証書」、「職業資格証書」などである。これらの費用は年間数百元に達している。また、地域的に就労地において高額の人口管理費、清掃費を徴収される場合もある。

    この背景には、出稼ぎ労働者に対し、社会不安、治安の悪化、公衆衛生の悪化をもたらすものというマイナス面のみ強調され、政府が厳しい管理を強いてきた要因がある。

  3. 守られない労働契約

    労働市場の現況は供給過剰であり、使用者側が有利な立場にある。加えて、農村の余剰労働者が都市で公式な職業紹介機関を通じて職を得ようとすると、「所得技術」、「学歴」、「計画出産証書」、「出境就労許可証」などの提示が求められるが、多くの出稼ぎ労働希望者は使用者側の要求水準に達しない。このため、出稼ぎ労働希望者は、「託関係」(知人や親戚などに頼む)や「黒職介」(非合法に職業斡旋事業を展開している業者)を通じて職を探すことになる。労働者が不運にも悪徳な使用者の下で就労することになった場合、出稼ぎ労働者の弱い立場に付け込み、正式な労働契約を交わさず、低賃金で就労させ、支払いさえ定期に行わないという問題が発生している。

(2)法・制度の未整備

賃金支払い関係の法律は、労働法、企業最低賃金規定、賃金支払い暫定規定などである。現行法の内容は、原則や手続きを定めたものが多く、未払い者に対する処罰を定めてはいない。労働者側がたとえ労働保障監察部門に訴えても、現行法では行政的な指導が出されるだけで、処罰権はない。企業が行政指導を受けても不履行の場合には、労働保障監察部門が裁判所に強制執行を申請することになるが、労働者は、裁判受理費、執行費、執行担保金等の支払いが必要になる。労働者は、時間と費用をかけて争うことを躊躇する傾向が強い。

労働保障監察組織は、大都市では整備されつつあるが、各地方都市では組織が未整備なことが多い。組織名はあっても兼職の職員が多く、発生した案件に対する処理能力が低く、機能していないのが実情である。

(3)認められていない市民としての権利

最近の傾向として、都市で就労する出稼ぎ労働者は、妻子を連れて移住している場合が増加している。

中国の労働者は女性でも結婚後働き続けることが普通である。しかし、国有企業は、従来運営している託児所、老人ホームを経費節減により廃止している。また新興の民営の企業は、こうした施設を設けない。このため、こうした労働者は、家事、育児、年老いた両親の世話などをしてもらうために低賃金で働く家政婦を雇用する場合が多く、出稼ぎ労働者の妻も家政婦としての就業機会は増加している。

両親が都市に出ると、子供も連れてくる場合が多い。現在、こうした労働者の子供の中で、就学年齢に達している者が約700万人いると推計されている。児童は戸籍がないため公立の教育を受ける権利がなく、私立の小学校で教育水準の低い授業を受けているのが実情である。このため、こうした児童の中学への進学率は、20%以下と推計されている。

4.政府の新しい取り組み

いくつかの新しい政策、制度は既に開始されている。

(1)農村の労働者に対する技能訓練計画

都市に移動する農村からの労働者の地位向上には、労働者としての付加価値を高める必要がある。

農業部、労働社会保障部などの6つの関係部門が、「2003-2010年全国農民労働者訓練計画」を制定した。この計画は、農民労働者の教養と職業技術の向上、非農業部門での就業能力の向上、農村の余剰労働者の合理的で秩序のある都市への移動の実現、などを目的にしている。この計画では、2003年から2010年までに、農村に在住する労働者のなかで、農業以外の職業を希望する労働者6000万人を対象に簡単な就業訓練を実施し、このうち3500万人に技術訓練を実施し、さらに既に農業以外の職業に従事している約2億人の農民労働者に対しても技能訓練を実施するとしている。

これには、2003年9月26、27日に重慶市で開催された「全国農村余剰労働力の技能訓練経験交流会」での結果が影響している。この会議で討議された内容によると、近年、政府は余剰労働力に対し職業訓練を実施してきたが、2001年、新たに他の地域へ出稼ぎに出た労働者のうち、技能訓練を受けていた者は18.6%にすぎなかった。今後、一層経済発展により、企業が労働者の採用において要求する技能水準は今以上に高くなると予想され、低学歴・低技能の出稼ぎ労働者に対する就業の機会は限られてくると予想している。

(2)先進地域の出現

一部の地域では、国より早く、新しい出稼ぎ労働者の権益保護政策の実施を開始している。その1つが、江西省である。

江西省は、2003年11月1日、全国に先駆けて「江西省労働保障監察条例」を施行開始した。この条例により、労働保障監察局が、賃金未払いおよび各種社会保険の掛金の未払い企業、不法な就職斡旋事業者に対し、財産の差し押さえ、並びに売却が可能になった。同条例は、労働保障監察の適用範囲、所轄制度、職権内容、監察内容、監察経費の保証などに関して明確な規定を設けている。また労働保障監察局に、労働契約を結ばずに労働者を雇用する使用者に対し行政処罰を下す権利を授与している。

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