在米メキシコ人移民問題をめぐる動向

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2004年12月

メキシコで11月9日、第21回米墨二国間委員会が開催された。この会合でメキシコ側が期待していた、400万人といわれる在米移民の合法化の問題については、進展はほとんどみられなかった。ブッシュ大統領は対メキシコ関係における移民問題について、比較的前向きな姿勢を示している。しかし、メキシコが求める二国間協定の締結などの見通しは全く立っていない。メキシコ国内では、実現の見込みのない不法移民の合法化を求め続ける政府の姿勢を国民向けのパフォーマンスとして批判する見方も出ている。

フォックス政権最大の課題:在米メキシコ人不法移民の問題

メキシコの対米依存は輸出入、外国投資、移民による送金額のいずれをとっても極めて大きい。一方メキシコ人労働者が米国に提供している安い労働力や税収への貢献を考えると、両国の間には相互依存関係が存在するといえる。

他方、政治・外交政策の観点から見ると、メキシコでは伝統的に米国に対する独立性・独自性を意識することがナショナリズムの基盤になってきたという背景がある。そうした中、2001年に政権をとった国民行動党(PAN)のフォックス大統領の親米姿勢は、従来の外交方針を変えるものとして、国内的には賛否両論のようである。2006年の次期大統領選挙戦まで残り時間が少なくなってきたフォックス大統領は、政権の大きな課題の一つである在米メキシコ人移民に関する米国との交渉を、在任中に前進させる希望を強く持っている。

現在米国内に在住するメキシコ人は1500万人を越え、米国内で生れた子孫まで含めると2500万人にのぼる。そのうち不法移民は400万から500万人に達するという。3200Km近くある長い国境は米国の政策転換により94年に閉ざされたが、現在でもメキシコ国境を越えて米国に入る不法移民は毎年40万人に達する。不法移民の密入国を幇助するマフィアの存在や、米国内での移民の不安定な人権保護が問題視される中で、フォックス政権は米国に対し不法移民400万人の合法化を一貫して求め続けてきた。しかし米国では9.11事件以来、テロ攻撃に対する国土安全保障を最大の優先事項に掲げ、出入国管理を一層厳しくしており、メキシコ側の要請に簡単に応ずる気配はない。実際米国は、不法移民の大半が通過するメキシコ国境がテロリストの入口にもなりうる可能性の方にもっぱら関心を集中させているという。

それでもメキシコ側が期待をつなぐ要因が皆無というわけではない。ブッシュ大統領は今年1月、「米国経済の発展に貢献するメキシコ人に対しては、3年毎に更新可能な労働許可を与える」との提案を行った。これは議会に拒否されたが、大統領自らがこのようなイニシャティブをとったことを、メキシコ側は重要視している。

米国大統領選挙でのブッシュ大統領再選も、メキシコ側は米国における政策の継続性が約束されるという点で、移民問題をめぐる交渉にとって有利な条件であると評価した。フォックス大統領は早速ブッシュ大統領に電話で祝辞を伝えるとともに、移民問題を始めとする二国間の懸案事項の推進を改めて呼びかけた。一方クリール内相は、米大統領選と同時に、メキシコと接する米国アリゾナ州で不法移民による医療その他の公共サービス受益を事実上不可能にする内容の法案が住民投票にかけられ、医療機関関係者や労組、移民支援団体の反対にもかかわらず多数の賛成票を得たことに対して懸念を表明し、こうした動きを避けるためにも両国間の移民協定締結が早急に必要であると訴えた。

移民協定の実現は困難な見通し

しかし、11月9日にメキシコシティーで開催された第21回米墨二国間委員会会合における成果は、移民協定の早期の実現を予想させるようなものではなかった。パウエル米国務長官は開会の挨拶で、ブッシュ大統領が移民政策の大幅改正を政権第二期の優先課題の一つとする旨述べたものの、実際には季節労働者受け入れ枠拡大等の面で何らかの進展があるかもしれないとの漠然とした約束にとどまり、メキシコが求めている不法メキシコ人移民の大量合法化についての言及はなかった。

フォックス大統領は21日、チリのサンティアゴで開催されたAPEC首脳会談の機会を利用してブッシュ米大統領と会談したが、そこでも「移民問題については具体的には何も約束できないが、テーマとしてはとりあげる」との回答を得たのみだった。ブッシュ大統領のスタンスは、「メキシコ人労働者を雇用する意志のある雇用主がいて、しかも米国人労働者が見つからない場合には、合法的な雇用契約として認めるべき」というものだが、いずれにせよ移民政策は大統領の一存で決まるものでなく、議会の判断如何である。

以上を総合してみると、ブッシュ政権は対メキシコ関係において移民問題を取り上げる前向きな姿勢を持っているが、具体的な日程は未定であり(二国間会合に出席したリッジ国土安全長官によれば「全ては来年以降」)、メキシコ側の最大の要求である不法移民の合法化が取上げられるとしてもそれはかなり先のことになりそうだ。

厳しい移民政策の改正に最も難色を示しているのは与党共和党であり、ブッシュ大統領がどこまで党を説得できるかが今後の鍵となりそうである。

主要各紙の論調

政府が不法移民400万人の合法化を含む広範な移民協定の実現をあくまであきらめないのに対して、メキシコ主要各紙は社説・論説を通してかなり冷めた見方を示している。

例えばラ・ホルナーダ紙は、米国がメキシコ人の不法移民に同情を寄せ、合法化措置をとるなどの可能性はゼロで、それは最低限の常識があれば一目瞭然として、フォックス政権が国民に過大な期待を持たせようとするのは他の分野における政策プロジェクトの失敗から国民の目をそらすために過ぎないと断言している。

エクセルシオール紙は、最初から無理であることが明らかな要求をメキシコがあえて続けるのは、「頼んでみるだけならタダ」である上、うまく行かなくても国民向けには責任を米国に帰することができるとの計算があるからとしている。そして、フォックス政権にとって不法移民合法化の要求は2006年大統領選挙をにらんだ(在米メキシコ人も含む)有権者向けのメッセージであって、次期選挙でPANからの立候補を狙うクリール内相にしても同じ思惑であろうと分析している。

また同誌によれば、不法移民を合法化すればメキシコの移民問題が解決されると考えるのは問題のすりかえである。真の解決は国境の自由化か米国へ行こうとするメキシコ人がいなくなるかのいずれかだという。たしかに、長期的に見た場合、北米統合プロセスの中で人の移動の自由の実現はひとつの理想かもしれない。しかし同時にメキシコ国内で充分な雇用機会が保証されなければ、国境を越えるメキシコ人は後を絶たないであろう。

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