政府の社会保障制度改革案、激しい抗議にあう

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  • 国別労働トピック:2004年12月

オランダでは、1980年代前半の深刻な経済不況の下、若年者の雇用を優先するため、高齢者の早期引退奨励策を導入し、以降早期引退文化が定着してきた。しかし、大量の早期引退者の発生は、労働力不足を引き起こし、福祉国家を財政難に陥らせることが予想された。オランダ政府は、1990年代後半、高齢者を積極的に活用する方向に政策を大転換し、それまで早期引退を可能としてきた社会保障制度の見直しに乗り出した。その一環として、政府は、2004年9月、早期引退、失業保険、解雇にかかわる給付の削減を盛り込んだ2005年予算計画を発表した。これに猛反発した労働組合側は、政府案の撤回を求め、大規模な抗議行動を展開した。11月初旬、政府の改革案の内容を和らげる修正に関する政労使合意が成立し、労働組合の抗議行動は収束に向かった。

政府が2005年予算計画を発表

オランダ政府は、9月21日、早期引退、障害保険、解雇手当等にかかわる給付の削減を盛り込んだ2005年予算計画を発表した。オランダ経済は不況にあえいでいるにもかかわらず、予算計画には数多くのさらに厳しい緊縮策が盛り込まれていた。

労使関係、雇用分野については、1)2005年の公務員給与の凍結、2)障害保険の対象者を、重度または長期の障害者とある程度働くことが可能な障害者の2種類に分け、後者の支給要件を厳格化すること、3)2005年1月より直前52週のうち39週働いていることを失業手当の受給要件とすること(現在は26週)、4)2006年1月より早期引退スキームによる税優遇措置の適用を2005年1月1日時点で57歳以上の労働者に限定し、その他の労働者には新設する「生涯休暇制度(life-span leave arrangement)」が利用できるようにすること、5)解雇手当相当額をその後に受給する失業手当から控除すること――などを盛り込んでいた。

障害保険の改正は、2006年1月から年間の障害者新規登録数の上限を、就業が完全に不可能な障害者2万5000人、部分的に就業が可能な障害者を含めた合計で6万人に抑えるとともに、部分的に就業が可能な障害者に対しては職業紹介及び賃金助成を提供しできるだけ職に就いてもらうことを目的とするもの。前者に対しては、最終の給与額に基づく手当が支給されるが、後者は働けば働くほど総収入が増加する仕組みとなっている。

早期引退スキームの改変は、集団的制度から個人の自由な選択を可能とする制度への移行を意味する。労働者は、2006年1月1日から先行年金制度(pre-pension=労使の取り決めによる公的年金に先行する年金制度)に拠出する義務がなくなり、脱退を希望する者は直ちに過去の積立金を受け取ることができる。先行年金制度に対する税優遇措置は、2006年1月から廃止される。ただし2005年1月1日現在57歳以上の労働者には経過措置が適用され、現行どおり制度が利用できる。その他の労働者については、介護、能力開発、早期引退など、様々な目的に利用できる貯蓄制度として「生涯休暇制度」が新たに導入される。これは、労働者が年収の一定割合を長期休暇のために貯蓄し、年金基金ではなく、銀行や生命保険会社が運用するものである。

失業保険制度については、近年、合理化のため長期の継続給付が廃止されてきた。今回の提案はこれに加え、直前52週のうち39週働いていることを失業手当の受給要件とすること(現在は26週)、雇用契約の終了に伴い使用者から労働者に支払われる解雇手当相当額をその後に受給する失業手当から控除することなど、短期の失業給付の合理化策を盛り込んだ。その目的は、失業者をできるだけ早く労働市場に呼び戻すことであり、特に高齢者の早期引退に活用されている失業保険制度を魅力の薄いものとし、高齢者の労働市場への参入を促進することであった。

しかし、この解雇手当にかかわる失業保険制度の改変はオランダの解雇制度に重大な影響を及ぼすことが懸念された。解雇された労働者は、現在、下級裁判所の手続を経て、労使協議に基づき裁判所判事が裁定した通常数カ月から1年分の賃金に相当する額の解雇手当を受け取ることができる。労働者は、多くの場合、期待利益の喪失に見合う解雇手当が支払われるがゆえに解雇に同意する。もし解雇手当分が失業手当から控除されるとすると、労働者ははるかに解雇に非協力的となり、裁判に訴える可能性が高まると予想された。

この提案に対し、労働組合側は、解雇手当の交渉によって解雇の衝撃を和らげる手段を労働組合から奪い去り、整理解雇を困難にするものであると批判した。

使用者側は、労働組合の激しい抵抗により人員整理が著しく困難となることを警戒し、解雇手当相当額を失業手当から差し引かない現行制度の維持を主張した。

政治家の多くもこの提案に懐疑的であり、与党のキリスト教民主同盟及び民主66党も反対を表明した。

戦後第2の規模の労組抗議行動

政府は、9月末、野党が議会に提出した社会保障制度改革に関する修正案に同意した。修正案は、早期引退スキームの変更に関する経過措置の拡大、解雇手当相当額をその後に受給する失業手当から減額する改正案の部分撤回(ただし年収1年分を上限とする)等を内容としていた。しかしこの修正案も社会保障制度改革に対する市民の反発を和らげることはできなかった。

オランダ労働組合連盟(FNV)、オランダキリスト教労働者全国連盟(CNV)及びホワイトカラー系労組(MHP)は、10月2日、政府の社会保障制度改革案に反対するための抗議集会を開催した。集会場所のアルステルダムには、実に戦後2番目の規模となる約30万人の大衆が集結し、労働組合側の主張が国民から高い支持を受けていることを裏付けた。FNVは、さらに社会保障制度改革案の賛否を問う国民投票を実施するための署名運動を実施することを表明した。

10月2日の大衆抗議行動に続き、労働組合側は、10月から11月にかけて幾多の循環ストライキを実施すると発表した。デンマーク鉄道における広範なストライキに続いて、10月27日には、金属産業においてここ15年間で最大規模の200社、2万2000人の労働者が参加するストライキが実施された。さらなるストライキが加工、建設、教育、医療及び公務等の産業で予定され、11月29日には、全国規模の抗議集会が計画された。

政労使合意の成立

こうして政府の社会保障制度改革案に対する抗議行動がさかんに行われる中、政府と労使の話し合いが再開され、最終的に11月6日政労使の合意が成立した。

政府は、改革案の根幹はこの政労使合意の下でも維持されると主張しているが、合意内容には、1)生涯休暇制度を拡充し、労働者が給与の70%の支給を受けつつ、3年から4年の長期休暇(早期退職にも利用可能)が取得できるようにすること、2)2006年1月1日からの早期退職スキームに対する税優遇措置廃止に伴う経過措置の対象を2005年1月1日現在55歳以上の労働者に拡大すること、3)失業保険制度の改革を政労使による社会経済審議会(SER)の答申が出るまで延期すること、4)障害保険制度の障害者区分により柔軟な評価に基づく新たな基準を導入し、これらに対応する新しい手当支給基準を設定すること――など、改革の影響を和らげる重要な修正が含まれていた。この合意により、2003年秋に締結された2005年の賃金凍結に関する政労使合意については、労使が賃金抑制を厳格に尊重するという前提のもとに、政府は、全産業を拘束する賃金凍結条項の適用を取り下げることとした。

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