「出稼ぎ労働者不足に関する調査報告」
―民工荒の実態

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  • 国別労働トピック:2004年12月

今夏、東南沿海地域の一帯の都市部を中心に、「民工」(出稼ぎ労働者)の求人難が、中国の新聞各紙により報道された。そういった事態をうけ、労働社会保障部は、「出稼ぎ労働者不足についての調査」を実施し、調査報告を発表している。

この調査は、珠江デルタ地区、長江デルタ地区、福建省東南部、浙江省東南部の経済特別区として労働集約的企業が多数あり、主要な労働力を必要とする地域と四川省、江西省、安徽省など農村部から労働力を多数送り出してきた地域について重点的に調査を行ったものである。

「民工荒」(労働者不足)の現状

今回の調査報告書によると、「民工荒」現象とよばれる出稼ぎ労働者の不足は、一般労働者と若い女性労働者の不足という形で現れている。特に、賃金が低く、きつい仕事では労働者不足が顕著である。以下報告の内容を簡単に紹介すると下記のとおりである。

具体的な労働者不足の状況は、珠江デルタ地域、福建省東南部、浙江省東南部当の加工製造業が集中した地域で発生しており、重点地区での不足率は10%程度と推測されている。広東省珠江デルタ地帯は、現在1900万人の出稼ぎ労働者を抱えるが、専門家の予測では200万人の労働力が不足しており、この地区での労働者不足が最も深刻であると報告されている。一方、深センでは、現在420万人の出稼ぎ労働者が働いているが、さらに40万人の労働力が不足している。福建省泉洲市、鶩田市では、両市で10万人が不足している。また、東莞市で実施した1万5000社を対象とした調査結果では、17%の企業が労働者の不足を訴えており、27万人の労働者を必要としていることが明らかになっている。

労働者不足が深刻なものとなっているのは、賃金待遇が低く、労働環境が劣悪な労働集約型企業である。特に、1カ月の賃金が700元を下回る企業での求人は難しい。調査結果によると、労働者の不足の兆候は、2、3年前からすでに起こっていたことが明らかになっている。それが特に昨年以降、深刻化している。産業としては、製靴、玩具製造、電子部品、服装加工、プラスティック製造加工などの業界での労働者の不足が著しく、台湾資本企業や中小私営企業での不足が深刻である。

これらの産業や企業では、下請け企業とし発注企業から大きく制約をうけ、利潤が少ないため、一件あたりの人件費が低く抑えられており、納期に間に合わせるため、恒常的に残業もあるなど毎日の労働時間も10時間から12時間の長時間労働を労働者に強いている。しかし、毎月の賃金は600元から700元しか支払われない。このような過酷な労働条件の下での就業のため、従業員が転職してしまうことを恐れた経営者は、身分証を預かったり、1カ月から二カ月分の給与を担保とするなどして採用を行っていたことも明らかになった。したがって、賃金待遇が直接的な求人難につながっていたことは、1000元以上の賃金を支払う企業では、同地区でも労働者不足に悩まないことからも明らかである。

この地域での企業の求人に対するニーズは、18歳から25歳までの若い女性と熟練の技能労働者である。広東省での調査では78%の企業が若い女性労働者を必要としていた。また、福建省では晋江市の紡績服装関係で80%の企業が若い女性労働者を必要としており、電子工業有限公司は、現在雇用者の85%を女性が占め、さらに2000名を募集しようとしている。

一部の地域や企業での労働者不足は、現地や周辺地区の同業種の企業の生産活動にかなり影響を及ぼしている。調査結果によると、一部の企業は、自社の生き残りのため手段を選ばず、他の企業や周辺地区の労働者を横取りし、労働者不足問題を他のそれぞれの企業へと拡散させている。この労働者の奪い合いが労働者不足の問題を激化させている。また企業によっては労働者不足から生産量が減少し、受注を受けられず操業が困難となったことから、低コストの優位を維持するために他地域への移転を考慮しはじめている。

労働者不足はなぜ起きたのか

今回の調査は、東南沿海地域での労働者不足の原因について以下のとおり分析している。

  1. 低賃金と劣悪な労働条件のもとでの労働。

    珠江デルタ地区では、過去12年間に月あたり賃金が68元しかアップしていない。佛山市の多くの企業で働く他地域から来た労働者の賃金は、10年前にすでに600元から1000元に達していたが、現在も同様水準のままである。一方で、消費物価の全体水準は明らかに上昇している。

    また、広東省や福建省でも実質的な賃金レベルは停滞したまま上昇していない。むしろ下降しているケースも多い。広東省労働者の月平均賃金は、江蘇省より160元も低い。珠江デルタ地帯の最低賃金のレベルは、広州市が510元で山西省や江西省の520元より低い。東莞市では、450元、深セン特区以外の地区では社会保険料の労働者負担分を差し引いた額で388元であり、福建省鶩田市と泉州市の最低給与は350元である。

    労働集約型加工企業は、最低賃金額を従業員の基本給としている場合が多く、残業代の支払いをしない企業も多い。これに対して、最近では、中西部地区の企業の賃金と農業の収益が向上し、出稼ぎで外地は行く労働者との賃金格差が縮小したことで、東南沿海部では、賃金額を高くし、労働条件を良くしないと出稼ぎ労働者の出稼ぎへのモティベーションとならなくなっている。ちなみに福建省晋江市で求職を希望する貴州省の青年の希望する最低賃金額は、毎日10時間労働の場合、月600元ということである。四川省自貢布労務輸出公司が毎年扱う求人情報の中で、80%の求人は月収400元から700元で、1000元を超えるものは少ない。

  2. 雇用関係が標準化されていないことや労働者の権益侵害が多く発生していることも労働者不足を招いている。

    2003年末に深セン市は、「企業賃金支払い状況についての大規模調査」を実施した。この結果によると、賃金不払い企業は633社で、調査対象企業の40%以上を占めていた。賃金不払いをうけた従業員も累計10万人以上、不払い賃金総額は1億元以上にのぼっている。また、一部企業は、労働環境も劣悪で、残業時間も長く、社会保険に加入せず、労働契約も取り交わしてもいないため、離職率も非常に高くなっている。

  3. 企業の労働者ニーズが急速に拡大したため、労働者不足を引き起こしている。

    今年春以来、海外からの注文が激増し、労働集約型企業の拡張が急速に進んだことで、労働者の需要も非常に高まった。深セン市の労働力需要はこの3年間、毎年10%ずつ増加している。

    同時に、経済発展は全国各地で進み、農村からの労働者が出稼ぎに行く地域の選択肢が増え、目的地が分散するようになった。珠江デルタ地区の労働者は長江デルタ地区へ多数移動したが、これは長江デルタ地区の経済発展が好調で、労働者の需要が高まっているおり、賃金や労働条件もかなり高く設定されているためと分析される。上海では、この3年間で90万人の労働者が増え、現在も労働力不足は起こっていない。

    また、内陸の中西部地区の経済発展により、新規に企業が設立され、農村労働者のために地元での就業機会を提供している。江西省、安徽省など内陸にある省では、多くの工場が設立され、大量の出稼ぎ労働者に近い場所での就業を実現させている。たとえば、深センにある下着メ―カーは、江西省に新工場を建て6000名を募集したところ、賃金レベルは広東省より多少低いが、農村出稼ぎ労働者たちは収入と支出のバランスを考え、江西省で働くことを選択している。

  4. 東南沿海部ではいま、従来の経済モデルが転換期を迎えている。

    一部沿海地域では、主に技術レベルの低い労働集約的産業に頼り、低コストの生産による競争優位による経済の高度成長を実現してきた。しかし、現状ではこのまま低賃金を継続することは困難となっている。一方で、企業の利益率が低いため賃金アップも無理な状況にもある。労働者不足を企業は生産を継続するために深刻な問題と受け止め、何とか従業員の待遇を改善しようとし始めているが、実際には、加工費自体が限度額に達している企業も多く、賃金を上げることは赤字経営につながるという経営のあり方そのものに困難な状況を抱えている。

政府による対策とその後の動き

過去長期にわたり、農村部からの十分な労働者の供給を前提として、東南沿海部では企業は管理のしやすい18歳から25歳の若い女性を雇用してきた。また、絶えず新しい人材に交換することで人件費の低コスト化を図ってきた。しかし、近年、労働力市場が変化を見せ始めたのである。農村の若い女性労働者も無限に供給されることはなくなり、彼女たちの賃金待遇への希望が高くなった。それにもかかわらず、一部企業では、相変わらずの待遇での求人をおこなっているために、求人難が発生しているわけである。

また、企業にとっては、競争の激しい労働集約的産業の場合、経営管理の点で人件費コストを引き上げることが困難な現実があり、経営の構造を早急に変えることは難しいといえる。

今回の調査は、東南部の労働力不足はしばらく続くと分析している。さらに中長期的視点から、労働者が不足している地区では、企業の賃金レベルアップが促進されるとおもわれるが、低賃金労働を前提とする労働集約的産業は、中西部へ移転することになるだろうと予測している。

また、今回の労働力不足の問題は、政府の政策的問題によるものではなく、労働市場の需要と供給のメカニズムと賃金待遇状況との総合的な影響によるものであり、市場調整機能の結果によるものであると分析している。

状況改善のために今後政府は、以下の3点に力をいれていく。

  1. 労働者の権益の保護に力をいれ、法整備をさらに進めることで、企業の労働者への権益侵害の違法行為を摘発し、賃金不払いや劣悪な労働条件などの深刻な問題の解決にあたる。

  2. 労働者不足問題については、農村出稼ぎ労働者の数やニーズなどその動きにタイムリーに対応できるよう、企業が労働力市場の情報を得られるように制度を整え、企業のためのサービスという視点を持って公共就業サービスの充実に努める。

  3. 社会的信用度の高い調査機関による、企業の労働環境、賃金待遇、労働時間、社会的な責任など公開すべき情報について、定期的な調査と情報の公開を行う。

上記の政府の取り組みを前提としつつ、労働者不足を解消するため、さらに出稼ぎ労働者が熟練工となるための職業訓練の必要性も指摘されている。

今年11月に浙江財経学院、浙江民営経済研究センターは「民営経済発展フォーラム」を開催した。その席上で、浙大経済学院副院長は、「労働者不足の要因のひとつは熟練労働者の不足にある」と指摘し、浙江省の経済発展に貢献してきた出稼ぎ労働者のために技能訓練を積極的に実施すべきであることを説明した。出稼ぎ労働者は、訓練費用を負担する経済能力を持たない場合が多い。同氏は、衢州市が訓練費用を捻出できない農民のために職業訓練を無償で行った事例をモデルに、12億元で100万人の農民工の訓練が可能であること、今後更なる経済発展のためには、企業と政府が訓練費用を負担して出稼ぎ労働者への職業訓練機会を提供すべきであることを強調している。

また、今年に入り最低賃金規定が改定され、最低賃金の見直しは、2年に一度行われることになったが、労働力不足の原因解決のためにも最低賃金の見直しは、各地で行われている。広州市では、現行510元の最低賃金を、労働者が負担する社会保険費(養老、失業保険、医療保険)の負担額がおおよそ155元であることを考慮して684元とすることで最低賃金を見直し、政府に提出している。最低賃金を決定する際に諸外国では、一般的に平均賃金の40%から60%を基準として計算しているが、広州市は社会平均賃金の45%弱の水準で検討している。

ちなみに、今年7月から、北京市では、保険負担を含まない場合の最低賃金を545元、含む場合を677元としており、上海市では635元と739元をそれぞれの場合の最低賃金としている。

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