タイにおける海外出稼ぎと外国人労働者受入れの現状

カテゴリー:外国人労働者

タイの記事一覧

  • 国別労働トピック:2004年11月

1997年のアジア通貨危機から7年の歳月が経ち、バンコクの市内では当時建設が途中で中止となったビルに再び建設会社の手が入っている。高架鉄道(BTS)や新聞にも、新築マンションやコンドミニアムの広告があふれ、今タイでは小さな建設バブルが起きているとも言われている。

経済回復は順調で、上記の建設業をはじめとする様々な分野で労働需要が再び伸びている。しかし、建設業をはじめとする重労働が近年、タイ人労働者にとって魅力的な職種ではなくなってきていることは、ミャンマー人をはじめとした外国人労働者の存在から明らかである。

一方、タイ人労働者の海外出稼ぎ人気もいまだ高く、特に台湾を中心として近隣諸国に2年程度出稼ぎし、大金を故郷に送金するものも少なくない。

このように、現在のタイは、タイ人労働者を送り出す減少と、周辺国からの労働者を受け入れる2つの側面を持っているといえる。国際労働移動の文脈において、従来のタイに対する認識は、前者が強かったといえるが、現在では後者の現象が、タイの経済や社会に大きな影響を与えつつある。

そこで本稿では、経済「中進国」としてのタイが労働者「送り出し国」だけではなく、むしろ、「受け入れ国」としての側面を強く持ち始めているという現状をまとめていきたい。

1.タイの労働市場と海外出稼ぎ事情

国家統計局2003年のLabor Force Surveyによると、現在のタイの人口は約6200万人で、そのうち労働人口が約3300万人となっている。部門別では約40%が農業部門に、製造業、商業、サービス業にはそれぞれ約15%程度の労働人口が就業している。

現在、海外で働くタイ人は登録済み労働者で約55万人、不法就労者を含めると約100万人程度とみられている。渡航先は、アジア諸国(台湾、ブルネイ、香港、韓国、日本など)と、中東(サウジアラビア、クウェート、リビアなど)が多い。海外出稼ぎが始まった当初の1980年代は中東のサウジアラビアへの渡航者が多く見られたが、1991年の湾岸戦争以後は、台湾が人気渡航国となっている。

海外渡航を希望する労働者は、全国に約270社あるといわれる民間の海外出稼ぎ斡旋業者(ブローカー)から仕事の斡旋を受ける。しかし海外出稼ぎ労働者の出稼ぎには、ブローカーによる詐欺事件、不法に高い斡旋料、海外渡航先での不利な就労条件、人権侵害問題など様々な問題が取沙汰され、出稼ぎ労働者の保護は十分とはいえない状況にある。

海外へ出稼ぎを希望する者の多くは、経済的に不利な条件を抱える東北地方の農民であり、海外渡航経験は初めてで、海外での文化や語学にハンデを抱えている場合が少なくない。著者がかつて訪れた東北部の農村地帯では、村に回ってくる斡旋業者に20万バーツ(約60万円)程度の斡旋料を支払って、2年の就労契約を結び、渡航するという事例が多く見られた。斡旋料は、複数の親戚から借りて工面するか、渡航先での月収から月賦で返済する方法があるという。

そうして渡航した労働者は、建設業や工場労働者として、月収2~3万バーツを稼ぎ、そのうちのほとんどをタイの家族に仕送っているとのことであった。彼らが仮にバンコクの建設現場で働いても、日給最低賃金である170B、月給にして5000B程度にしかならないのが現状だ。

そして、近隣の世帯が海外出稼ぎによって子供を大学に通わせたり、家を新築したりする様子を見て、村内に海外出稼ぎが伝播していくのである。

2. タイにおける外国人労働者の現状

(1) タイでの外国人の就労状況

一方、タイの「受入国」としての状況を見てみよう。タイが外国人労働者を受け入れてきたのは、1970年代で、1978年に初の外国人労働者法が制定された。次いで1980年代の経済の高成長期に、労働市場が逼迫し、特に労働集約的な建設分野や農業および農業関連産業で労働者不足が起きた。しかし、タイ人の間にもいわゆる3K労働を敬遠する流れがあり、これらの分野の労働者不足は同分野の産業発展を妨げる要因にもなりうる状況であった。また、同分野の使用者からの強い要望もあり、タイ政府はついに1996年から外国人労働者の合法的な雇用登録を開始した。

しかしながら、1997年のアジア経済危機は外国人労働者受け入れの流れを変化させる起点となった。危機以降、タイ経済が低迷、タイ人の失業問題が顕著化するにつれて、タイ国民の雇用確保が優先とされた。そのため、外国人の登録雇用者数を著しく低く制限することとなった。

しかし、外国人労働者の就労していた業種にタイ人を雇用させることで失業問題を緩和するという安易な考えは、現実の労働市場には適切ではなかった。労働市場はすでに二極分化しており、不況時とはいえ3K業種への就業を希望するタイ人は少なく、同産業の使用者らは相変わらずの労働力不足に直面せざるを得なかったのである。

その後経済が回復するにつれて、経済危機後10万人と制限されていた外国人雇用登録の制限も2004年に撤廃された。2003年の登録済み外国人労働者数は表1の通りである。

表1:業種別・臨時許可取得外国人労働者数

表1:業種別による臨時許可取得外国人労働者数

出典:週刊タイ経済2004年10月4日号

表1にあるように、タイ周辺国からの労働者受入れに関しては、単純労働の業種に限定されている。経済危機後に、外国人労働者の雇用が許可された分野は、1.陸・水上運輸、鉱物採掘、陶器・レンガ製造、建設、精米、穀物加工工場、製材、2.漁業・関連産業、魚醤工場、製氷工場、3.未熟練労働者を必要とする労働集約的工場、4.メイド、洗濯作業員、5.畜産、6.果樹園、ゴム・ヤシプランテーションの6業種であった(これらの分野でのタイ人の労働供給が少ないことは先に触れたとおりである)。

2003年12月末時点での登録済み外国人労働者は約28万8000人で、そのうち24万7000人がミャンマー人、ラオス人が2万1000人、カンボジア人が1万9000人となっている。しかし、実際に不法に就労しているこれらの国の労働者は合わせて100万~200万人に上るのではないかとも言われている。

一方、登録制度を変更した2004年の状況は、外国人労働者126万9074人、そのうち90万5881人がミャンマー人、17万3775人がラオス人、15万7332人がカンボジア人であった(2004年7月29日までに労働省外国人労働者管理委員会に登録された数)。地方別ではバンコクでの就業者が19万人と最大で、ついでターク県、サムットサコン県、チェンマイ県、ラノン県、チョンブリ県と続いている。

外国人労働者に関する問題としては、労働者の保護制度がまだ確立していない点が挙げられる。労働者の法定最低賃金は決まっておらず、また労働者保護の認識もあまり高くないようだ。タイ人の労働者に対しても、特に出稼ぎ労働者やスラム労働者に関して労働者の保護政策が行き届かない現在の状況で、外国人に対する保護という認識にまで至らないというのが現状であるように思われる。

また、自由貿易政策を強力に推し進める現政権にとって、外国人労働者を安い賃金で雇用する企業から生産された製品を輸出することは、EUをはじめとする強力な人権団体を持つ国々からの批難、つまり貿易障壁にもなりうる問題である。

とはいえ、外国人労働者による単純労働力はタイの労働市場にとってもはやなくてはならないものとなっている。表2に示すように、大学研究機関の外国人労働者の労働需要予測では、タイの労働市場にとって2003年の登録済み外国人労働者数が適切であると見られている。また、ここ数年ではその需要がそれほど変化しないことも予想されている。ただし、農業分野での労働者不足は今後ますます深刻になることが警告されている。

表2:2004~2006年の外国人労働者需要予測

表3:2004年から2006年の外国人労働者需要予測

出典:チュラロンコン大学、タイ開発研究所、マヒドン大学人口社会研究所

「2003-2005年のタイの国内移動労働者雇用の需要」調査研究

一方、外国人労働者という意味においては、労働許可証を取得した外国人(例:日系企業などの駐在員)も含まれている。そういったいわゆるスキルを持った労働者の就業者数は、表3の通りとなっている。

表3:タイにおける職業別外国人労働者数単位:人

表2:タイにおける職業別外国人労働者数

*注:法律制定者とは、法律を制定する人および政府機関の管理者、企業経営者とその他の機関の支配人を指す。監督管理方法の設定・決定、さまざまな水準における政府方針の提案、法律・規律、公共の職務を政府に変わって政府の名前で行う人を意味する(週刊タイ経済2004年10月4日号より)。

出典:労働社会福祉省職業斡旋局

これら労働許可証を持つ労働者以外の先進国からのヒトの流入問題がタイでは浮上している。特に、日本人の若年者が労働許可証なしにノンイミグラントビザでタイに入国し、現地の日系企業に現地人採用として就職するケースが多々見られる(日系企業の多くは、外国人の就労が許可されない小規模な企業であることが多いため、一般的に社長1人にしか労働許可証が下りない。そのため、自身でビザを延長する必要が生じ、カンボジアやラオスにビザ延長1日ツアーに参加するなどして滞在日数を延長している)。また、タイでは就職せずに日本からの資金を元に、長期滞在するフリーター感覚の日本人も増加しているとのことである。

現在のタクシン政権では、麻薬撲滅に大変力を入れており、不法に滞留している外国人に対しても大変厳しい措置を取っている。日本人に対しても月給6万バーツ(約18万円)以下のものに関しては、ノンイミグラントビザの延長はしないと発表している。

タイの現地紙によると、バンコクには日本人の不法就労者は約3万人程度と見られ、この数は日本大使館に在留届を出している2万8000人(2003年)とほぼ等しい数になっている。

(2) 政府の外国人労働者対策

タイ政府は、外国人労働者に対する高い需要を受け入れつつも、密入国や、不法移民が行う麻薬取引や売春、人身売買などの犯罪、およびエイズなどの公衆衛生の問題を管理していきたいという考えのようだ。

政府はこれまでにラオス(2002年10月)、カンボジア(2003年5月)、ミャンマー(2003年6月)と合意覚書(MOU)を調印し、不法就労者に関する政策協力を行っていくことで合意に達している。

2004年3月の閣議決定においては、各県の知事をこれら3カ国からの労働者の密入国阻止・予防・抑制対策の長とすることとし、外国人労働者管理のための7つの戦略を発表している。その内容は、以下の通りである。

  1. 外国人労働者雇用システム整備戦略
  2. 外国人労働者雇用基準設定戦略
  3. 密入国外国人労働者阻止先着
  4. 密入国外国人労働者逮捕・訴訟戦略
  5. 強制送還戦略
  6. 外国人労働者システム整備広報戦略
  7. 追跡・評価戦略

これらの新戦略を受け、2004年7月の外国人労働者登録から、政府は登録制度を大きく改革した。今回の登録で、登録済みの労働者に13桁のIDナンバーを与え、登録情報(氏名、性別、職種、指紋、出身地などの情報)をデータベース化。登録後、労働者は常にIDカードを携帯することを義務付けられ、所持していない外国人労働者は強制送還されることとした。また、タイでの雇用期間は原則1年で、1度更新可能で、最大2年まで就労できる。また場合によっては、市民権を得られる場合もあるという。

さらに、雇用登録を行った労働者がタイ国内の銀行口座を開設できるようにすることを検討中であるという。仕送りを中間業者などに依存してきたため詐欺や窃盗などの被害に逢うことが多かった労働者を保護する目的からである。

3.まとめ

現在のタイでは、海外に出稼ぎに行くことも、ミャンマー人をはじめとする外国人を目にすることも通常のこととして受け入れられている。海外に出稼ぎに行く労働者が登録済み人数で約55万人(推定100万人)、タイで働く外国人労働者が約130万人(推定200万人)ということを勘案すると、タイはもはや送り出し国としてだけではなく、受入国としても様々な対策を必要としている。

タイにとって単純労働力としての外国人労働者がもはや必要不可欠なものとなっている以上、労働者を受け入れつつも、労働者の流入に伴う様々な問題を解決するための制度作りが今後更に必要となってくるであろう。

とはいえ、すでに30年以上海外に人材を送り出している歴史があるにもかかわらず、出稼ぎ労働者の保護政策がいまだ十分とはいえないのが現状である。また国内のマイノリティー(タイ国内の農村出稼ぎ労働者やスラムの労働者)への保護対策もまだ整備されていない。

両者の問題とも、今後のタイの労働政策の重要な課題となると予想される。

出所

関連情報