盧武鉉政権の労使関係法制改革案と労使の反応

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2003年12月

盧武鉉政権の労使関係法制改革の方向性を示す試案が、9月4日に労使政委員会に報告された。同試案は「労使関係制度先進化研究委員会(学識経験者15人で構成)」が労働部の委託を受けて中間報告としてまとめたものであるが、それには盧武鉉政権の危機感が色濃く反映されているといわれる。

すなわち、労働界の期待を背負いながら誕生した盧武鉉政権は、早速社会統合の観点から労使間の力関係の均衡化や対話および妥協による労働問題の解決、労働市場の柔軟性向上などを実現するために労使関係法制の改革に取り組む方針を打ち出した。しかし、関連法制の改革を前に早くも労働界の攻勢が目立ち、頻発する不法ストへの対応をめぐって労政間の対立が激しさを増すなど、盧武鉉政権の思惑とは裏腹に、徐々に大統領持論の「対話および妥協路線」よりは「法の支配および原則順守路線」を優先し、労働界の攻勢に断固として立ち向かう姿を見せることを迫られた。それに経済情勢が厳しさを増すなか、経済界や外資系企業の間で、不安定な労使関係による投資環境の急速な悪化を危惧する声が日増しに高まった。さらに独寡占大企業や公共部門などを中心に労働界の攻勢は、個別事業所の経営のみでなく、国民経済や社会の安定をも脅かしかねないところまで達した。このように労使・労政関係が急速に悪化し、経済の足を引っ張るだけでなく、政権の統治能力そのものさえ問われるような事態に発展することに危機感を覚える盧武鉉政権は、予定を繰り上げ、労使関係法制の改革を急がざるをえなかったのである。

特に、大統領は9月4日の労使政委員会に出席し、2003年末までの労使合意を経て2004年には法制化を目指す旨を明らかにしたのに続いて、9月26、30日には相次いで韓国労総と民主労総の代表との懇談会を開いて労使政委員会への参加や政府方針への協力などを要請し、さらに10月13日には施政方針演説で労使関係法制改革の旨を再び強調し、2004年から労使紛争の発生件数を毎年半減させていくことを約束するなど、労使関係のパラダイム転換に向けて明確な道筋をつけることに全力で取り組む構えを見せている。

では、労使関係法制改革試案には主な争点をめぐってどのような方向性が示されているのか、そしてそれに対して労使はどのような反応を示しているのか見てみよう。

労使関係法制改革試案の主な内容

まず、改革試案には労使関係改革の目標として、労使紛争による社会的費用の最少化、労働市場の柔軟かつ安定化、労働者階層間の格差緩和などが挙げられている。この目標を実現するために、国際基準に基づいて労働基本権と経営権(使用者側の対抗措置)をバランスよく保障する方向で労使関係法制の改革に取り組むことが主旨となっている。

ただし、国際基準が具体的に何を根拠に設定されるのかが1つの鍵を握るが、今のところ、労働基本権(主に集団的労使関係にかかわるもの)をめぐってはILOやOECDなどの国際機関からの勧告や指摘、そして経営権(主に個別的労使関係にかかわるもの)をめぐっては、英米型グローバルスタンダードが用いられているようである。

では、改革試案にはどのような方向性が示されているのか、争点別に見てみよう。第1に、団結および団体交渉をめぐって:

  1. 産別や地域別労組などに限って失業者にも労組に加入し、役員に就任する資格を与える(企業内労組には現行どおり制限)。
  2. 2007年から禁止される労組専従者への賃金支給を労組規模別に法令で定められる基準内(支給対象の専従者数)で認める。
  3. 現在最長2年と定められている労働協約有効期間を労使の自治にゆだねるが、その有効期間が3年以上の場合、3年が過ぎた時点で労使どちらかの一方が6カ月前に通知し、有効期限切れにすることができる。
  4. 第三者支援申告制度(上部団体ではない第三者が労使交渉や争議行為を支援する際に労働大臣にその旨を申告しなければならず、それを違反する場合罰則が科される)を廃止する。
  5. 現在労働条件の決定に限られている労使交渉および争議行為の対象に、新たに組合費の天引き、組合活動の保障、労組への便宜供与などの組合活動に関する事項を加える。
  6. 2007年から認められる事業所レベルでの複数労組体制に対応してユニオンショップ制度の見直しや労使交渉窓口の統一などを図る。

第2に、争議行為および争議調整制度をめぐって:

  1. 現在合法ストに限って認められている職場閉鎖措置を不法ストに対しても認める。
  2. 現在事業所内労働者にしか認められていない争議期間中の代替労働を、公益事業に限って外部の労働者にまで広げる(派遣労働者による代替は禁止)。
  3. 不法ストの責任追及の一環として労組および組合員に対して資産仮差押や損害賠償を請求する際に、身元保証人の連帯責任を有限とし、労組の存立や組合員の生計を最低限保障するための金額は対象外とする。
  4. 現行の調停前置制度(いわゆる冷却期間として一般事業所10日間、公益事業所15日間労働委員会による調停期間を設ける措置)を廃止する代わりに、公益事業に限って7日前までの争議の予告を義務づけ、労働委員会は労使交渉開始の通知をもらってから調停に入ることができるようにする。
  5. 必須公益事業に適用される職権仲裁制度(労働委員会による仲裁期間中の争議禁止)を廃止する代わりに、争議の際に最小限に維持されなければならない必須業務を列挙し、同業務に従事する者が争議に参加した場合は業務復帰命令を出すことができるようにする。
  6. 国民経済への影響が大きい公共部門や大企業における争議行為に対して適用される緊急調整制度において、争議中止の期間を現行の30日から60日に延長する。

第3に、労使協議会をめぐって:

  1. 労使協議会の労働側委員の選出方法を労組による委嘱(組合員が従業員の過半数の場合)から従業員による直接選挙に変える。
  2. 派遣労働者や製造ライン請負労働者など非正規労働者にも労使協議会に出席し、発言することを認める。
  3. 会議の事前通知期間を現行の7日前から10日前に延長し、労働側に協議・議決事項に関する資料を事前に要請する権限を与えるとともに、守秘義務に反する場合の罰則条項を設ける。
  4. 議決した案件は就業規則と同様の効力を持つ旨を明記する。

第4に、個別的労使関係をめぐって:

  1. 不当解雇に対して現行の5年以下の懲役または3000万ウォン以下の罰金などを科す刑事罰則条項を削除する代わりに、和解制度や金銭的補償制度などを新たに導入する。
  2. 整理解雇を行う際の従業員代表への事前通知期限を現行の60日前から解雇の規模に応じて弾力的に短縮することができるようにし、倒産処理中の企業に対しては整理解雇の要件を緩和するか、またはその適用を排除する。
  3. 事業譲渡に伴う雇用継承の原則を明記し、労働者の債権保護を強化する。

その他に、今回の改革試案には盛り込まれていないが、今後論議を巻き起こしそうな新たな争点として注目されているのは、上部団体や大企業労組の財政の透明性を高める案(例えば、外部の会計法人による会計監査結果の公表)や、使用者側が経営上の困難を理由に賃金削減などの労働条件の変更案を提示した際に長い間それを拒否し続ける労働者に対しては、一方的に雇用契約の中止を通知することができるようにする制度などである。

労使の反応

以上のように、今回の労使関係法制改革試案は国際基準、とりわけ労使自治の原則に基づいて労使双方の責任権限の明確化や労働市場の柔軟かつ安定化を図ることにより、労使紛争を未然に防ぐとともに、労働基本権の向上と企業の競争力強化を同時に実現することを新たな方向として打ち出している。しかし、同改革試案をまとめるに当たって、研究委員会はILOやOECDなどの国際機関からの勧告や外国の事例を踏まえ、今までの労使双方の言い分や力関係、公正さ(取引の可能性)なども考慮したうえで、妥協案を模索した節(争点別に委員の間で意見の対立が激しかったため、表決で最終案を決めることが多かったという)もあって、結果的に労使双方からは「片方に偏っている」として強い反発を買っている。

まず民主労総は「(改革試案は)解雇を容易にする反面、争議行為は難しくし、また労組を弱体化させ、使用者の対抗措置を強化しようとするもので、労使関係を後退させ、労使の対立に火をつけるもう1つの道になるだけである」と批判した。

そして韓国労総も「使用者側の言い分が多く反映され、使用者側の対抗措置(特に合法スト中の代替労働許容や不当解雇に対する罰則条項削除など)は大幅に強化される反面、労働基本権の保障は単なる見せかけにすぎず、期待外れである」と反発した。特に韓国労総内部では対応策の1つとして労使政委員会からの脱退も議論されたが、最終的には次のような条件付きで労使政委員会に引き続き参加することに落ち着いた。つまり、第1に、改革試案の内容は広すぎるうえ、労働側に不利なものになっているため、もう一度調整する必要がある。第2に、十分時間をかけて議論することができるよう2003年末までの最終期限は設けないということである。そのうえで、もし労使政委員会が労使合意を待たずに議論の結果のみを政府に送付しようとしたり、政府が一方的に法制化を推進する場合、労使政委員会を脱退し、対政府闘争を展開することも明らかにした。

これに対して、経済界では韓国経総と全国経済人連合会の間で改革試案に対する評価に食い違いが見られる。まず韓国経総は「(改革試案には)労使関係を悪化させる恐れのある要素が多く、企業経営をさらに難しくする内容になっているため、受け入れられない。特に労組専従者への賃金支給を一部認める案は不合理な慣行をそのまま放置することにほかならない。また調停前置制度や必須公益事業に適用される職権仲裁制度の廃止などはストを助長する要因になる。そのほか、労働市場の柔軟性を向上すると同時に安定化を図るというのは相矛盾する」と批判した。その反面、全国経済人連合会は「(改革試案は)国際基準に基づいて労使関係法制の改革に取り組むことで、産業平和を実現する意志を明確に示すという点で望ましい」と前向きに評価した。

このような労使の反応を踏まえ、労使政委員会はとりあえず政労使の代表による小委員会を開いて争点別に労使合意を目指すことにしている。労使政委員会は「あらかじめ最終期限を決めて議論に入るという議論終結制度」を取り入れているため、最終期限(今のところ2003年末)まで労使合意が得られない場合は争点別にその旨を明示し、政府にそこまでの議論の結果を送付することにしている。それを受けて政府は2004年には法制化を完了する方針である。今のところ週休2日制関連法案と同様に、労使政委員会では労使合意が得られず、最終的には政府主導の法制化で決着が着く可能性が高いと見られている。

ただし、「与小野大」の政局で政権の舵取りに行き詰まりを感じたのか、大統領は前例のない打開策として、2004年4月の総選挙に合わせて自らの信任を問うための国民投票を実施することを明らかにしており、総選挙を前に政局は混迷を極めることが予想される。それに、労働界は早くも徹底抗戦の構えを見せている。労使関係法制改革案の法制化は盧武鉉政権の命取りになるのか、それとも現在の危機的状況を打開する切り札になるのか、新しい時代を切り開くための盧武鉉政権のかけはすでに始まったといえる。

  1. 直接の引き金になった側近の政治献金スキャンダルが与野党を巻き込む形で政治改革論議に発展すると共に、同スキャンダルに対する特別検査関連法案が国会を通過するなど、予断を許さない状況が続いている。

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