IGメタル、組合大会で新委員長ペータース氏、新副委員長フーバー氏を選出

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  • 国別労働トピック:2003年12月

東独地域の週35時間労働をめぐるストライキで歴史的敗北を喫した金属労組(IGメタル)では(海外労働時9報2003年月号参照)、その後、改革派と強行派の主導権争いが再燃して、新人事をめぐって執行部の泥沼の権力闘争に発展したが、結局2003年7月のツビッケル委員長の辞任に至り、4月の執行部の指名に沿った新たなトップ人事を、8月末に前倒しした組合大会で承認する運びとなった(2003年10月ドイツ労働情報参照)。そして、8月31日の大会の代議員による選挙では、2007年までの任期で強行派のユルゲン・ペータース副委員長が新委員長に、改革派のベオトルト・フーバー・バーデン・ビュルテンベルグ地区委員長が新副委員長に、予定どおりとはいえ、極めて低い得票率で選出された。

以下、新執行部を選出したIGメタルの組合大会の内容、それとの関連で同労組をめぐる今後の問題につき、その概略を記する。

(1)組合大会の内容

まず注目されるのは、新委員長ペータース氏の組合大会での得票率の低さである。IGメタルでは、代議員による委員長と副委員長選出の得票率は最低80%が目安とされ、それに満たなければ敗北に近いとされているが、今回ペータース氏の得票率は66.1%にすぎず、これはIGメタルの歴史上最低だった(フーバー氏も大差なく、得票率は67.1%と低かった)。改革派と強行派の争いの方向づけもできずに7月に辞任したツビッケル委員長が1999年に委員長に2度目に選出された時も、得票率は87.4%だったから(この時のペータース副委員長の得票率は77.4%)、強行派として現場のブルーカラーを押さえているとはいえ、いかに同労組全体では改革派を中心にペータース氏を支持しない勢力が根強いかが分かる。

次に、この大会では、東独地域の労働時間短縮をめぐるストの歴史的敗北に対する総括が当然行われたが、ペータース氏を総責任者とする賃金政策部局は、コミュニケーション等が執行部によって一部ゆるがせになったことは認めたが、ストの敗北を主に政治的、経済的、メディア的な環境が不利だったことに帰し、責任の所在を明確にすることを避けた。すなわち総括は、3月のシュレーダー首相の「議事日程(アジェンダ)2010年」の施政方針演説以来、特に労組に不利な環境が形成されたこと、ストに対しては与野党、メディアから無責任だと必要以上に批判されたこと、さらに大量失業状況下で現場の労働者がスト決行中に職を失う不安に駆られ、印刷業などで経済状況が予想以上に悪化したこと等を挙げ、東独地域の労働時間短縮の方針とそのためのスト決行自体は間違っていなかったとしている。もっともこのような総括に対しては、IGメタル内部でも多くの組合員から強く疑問視する声が上がっている。

また、ペータース新委員長は、今後の同労組の政策面では、最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を中心に主張され、現在政治的にも争点となっている賃金協約の開放条項(Offnungsklausel)の立法化に強く反対している。すなわち、各企業(事業所)に賃金・労働時間の規制をゆだねるための開放条項の有効活用は、従来から経済界と野党のみならず、連立与党(社会民主党SPDと緑の党)の一部からも支持されているが、経済界と野党は、現在の生産性と技術革新の優位が低下しているドイツの産業構造の下では、従来のように産業別に一律に賃金協約で賃金・労働時間を規制するのではなく、業績の異なる企業(事業所)に応じて、使用者と経営協議会に企業(事業所)ごとの規制をゆだねて弾力性を持たせるべきだとの主張を強めており、そのために開放条項を労働協約法の改正で立法化すべきだとしているが、ペータース氏はこれは協約自治(Tarifautonomie)の原則に反するとの従来の労働側の主張を繰り返し、立法化の主張を強く批判している。そして、シュレーダー政権が労働市場改革に対する野党の譲歩を獲得するために、野党の主張に現在歩み寄りを示していることに対して、対立は不可避だとしている。

さらにペータース氏は、SPDとの関係を新たに調整する必要を唱え、シュレーダー首相の「アジェンダ2010」の社会・労働市場改革路線については従来どおり批判しており、今後政権との対話は行いつつも、必要な対決とそのための行動の用意があることを強調しているが、シュレーダー政権との対決路線と融和路線のいずれを選ぶかの決定については明言を避けた。

(2)今後の問題

IGメタル始まって以来の執行部の混乱の後に、同労組の亀裂を避けて統一を維持するために、組合大会では改革派と強行派の妥協で新執行部人事が決着した形となったが、今後の問題として各方面からいくつかのことが指摘されている。

  1. まず、強行派のペータース氏が新委員長に選出されたことについては、労働問題専門家の間でも支持は少ないが、ドイツ第2テレビ放送(ZDF)の選挙調査部が7月に1272人の有権者を対象としてIGメタルについて行った調査では、有権者の44%が改革派支持、5%が強行派支持、37%が未決定であり(その他は未回答)、これを労働組合員に限って見ると、51%が改革派支持、8%が強行派支持、27%が未決定(その他は未回答)だった。このような調査結果から見ても、ペータース氏選出は世論に逆行する面があり、これによってIGメタル内部の改革派と強行派の争いの決着が先延ばしになったことで、IGメタルがこの内部の問題のために本来の労組の役割を果たせない可能性についての懸念は、同労組内や一部の他の労組からも表明されている。

  2. 次に、開放条項の活用等賃金協約の弾力化に関しては、経済界からの要望は強く、その後もカネギーサー金属連盟会長は、企業の側からも産業別労働協約(賃金協約)のかなめとしての役割を認めつつ、現在のドイツ産業構造の下では、企業(事業所)に選択の幅を広げる賃金協約の弾力化の方向に進むことがぜひとも必要だと改めて強調している。

    ただ労働側は、ペータース新委員長同様、賃金協約の開放条項の立法化に強く反対しており、賃金協約も含めて柔軟路線で知られ、ペータース氏の選出にもそのストライキの総括にも必ずしも賛成していないエーリヒ・クレム・ダイムラー・クライスラー社コンツェルン経営協議会会長も、開放条項の立法化についてはその難点を指摘している。すなわち同氏は、開放条項の立法化で経営協議会に使用者との賃金・労働時間の決定権を一般的に認めるならば、同時に経営協議会にストライキ権も認められねばならず、そうでなければ従業員側が使用者の一方的要求に屈する可能性があるとする。他方同氏は、ストライキ権を認めれば、個々の企業の闘争となるが、これは個々の企業の生産が密接に絡み合っているドイツの産業構造の下で、多大な影響を及ぼすことになるとして、この問題の難点を指摘している。

    ともあれこの問題は、シュレーダー首相の「アジェンダ2010」に関する連邦参議院での審議に関して、野党が取引材料として使う可能性が指摘されており、シュレーダー首相も譲歩の可能性を否定しておらず、今後しばらく論議が続くことになろう。

  3. さらに、今年11月に始まるIGメタルの賃金協約交渉に関しても、同労組の新執行部がいかなる方針で使用者側と向き合うかが注目されている。従来の同労組の実体経済に合わない過度の賃上げ要求と、ストを背後にこれをできるだけ貫徹しようとする強硬路線は、柔軟路線で定評のある化学労組(IG BCE)との比較で批判されてきた。現に2002~2003年の交渉で、IGメタルはこの手法で4.0%、3.1%の2段階の賃上げを獲得したが(海外労働時報2002年8月号参照)、ペータース氏は9月10日、東独地域のスト敗北と関係なく、必ずしも控え目な賃上げ要求はしないと語っており、新執行部の今後の路線を見るうえでもその成り行きが注目されている。

戦後ドイツで現在ほど労働組合の威信が低下している時はなく、組合員の労組離れも進行している。このようななかで、戦後ドイツの労働組合運動を組織力でも資金力でも名実ともにリードしてきたIGメタル執行部の大混乱は一応収束したものの、その地盤低下は明らかであり、改革派と強行派の路線闘争の決着も先送りされた。しかし、シュレーダー政権の改革路線を支持する労働問題専門家も、労働者の適切な利益代表としてのドイツの労組の役割の必要性は強調しており、経済のグローバル化のなかでの一部労組の柔軟性に欠ける抵抗勢力としての姿勢を批判しているのである。また、IGメタルの新執行部選出後、経済界は同労組の開かれた姿勢を重ねて要望し、シュレーダー首相も、ドイツが強い交渉力を持つIGメタルを必要としているとまで述べている。このようななかで、シュレーダー政権の進める社会労働市場改革に対する対応も含めて、IGメタルの将来の路線は、ドイツ労組全体の浮沈との関係でも大きく注目される。

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